碧巌録 / 第五十一則
雪峯在德山會下作飯頭。一日齋晚。德山托鉢下至法堂。峯云。鐘未鳴鼓未響。這老漢。托鉢向什麼處去。山無語低頭歸方丈。雪峯舉似巖頭。頭云。大小德山。不會末後句。山聞令侍者喚至方丈問云。汝不肯老僧那頭密啟其語。山至來日上堂。與尋常不同。頭於僧堂前。撫掌大笑云。且喜老漢會末後句。他後天下人。不奈他何。雖然如是。只得三年。此公案中。如雪峯見德山無語。將謂得便宜。殊不知著賊了也。蓋為他曾著賊來。後來亦解做賊。所以古人道。末後一句。始到牢關。有者道。巖頭勝雪峯。則錯會了也。巖頭常用此機示眾云。明眼漢沒窠臼。却物為上。逐物為下。這末後句。設使親見祖師來。也理會不得。
新字:雪峯在徳山会下作飯頭。一日斎晩。徳山托鉢下至法堂。峯云。鐘未鳴鼓未響。這老漢。托鉢向什麼処去。山無語低頭帰方丈。雪峯舉似巖頭。頭云。大小徳山。不会末後句。山聞令侍者喚至方丈問云。汝不肯老僧那頭密啓其語。山至来日上堂。与尋常不同。頭於僧堂前。撫掌大笑云。且喜老漢会末後句。他後天下人。不奈他何。雖然如是。只得三年。此公案中。如雪峯見徳山無語。将謂得便宜。殊不知著賊了也。蓋為他曽著賊来。後来亦解做賊。所以古人道。末後一句。始到牢関。有者道。巖頭勝雪峯。則錯会了也。巖頭常用此機示衆云。明眼漢没窠臼。却物為上。逐物為下。這末後句。設使親見祖師来。也理会不得。
書き下し
雪峰、徳山の会下に在つて飯頭と作る。一日、斎晩し。徳山、托鉢して下りて法堂に至る。峰云く、「鐘未だ鳴らず鼓未だ響かず、這の老漢、托鉢して什麼の処に向かつてか去る」。山、無語にして低頭して方丈に帰る。雪峰、巌頭に挙似す。頭云く、「大小の徳山、末後の句を会せず」。山聞いて、侍者をして喚んで方丈に至らしめて問うて云く、「汝、老僧を肯はざるか」。頭、密かに其の語を啓す。山、来日に至つて上堂するに、尋常と同じからず。頭、僧堂の前に於て、掌を撫つて大笑して云く、「且喜すらくは老漢、末後の句を会せることを。他後、天下の人、他を奈何ともせじ。是の如くなりと雖も、只だ三年を得るのみ」。此の公案の中、雪峰の徳山の無語を見るが如きは、将に謂へり便宜を得たりと。殊に知らず、賊に著けられ了れることを。蓋し他曽て賊に著けられ来たるが為に、後来亦た賊と做ることを解す。所以に古人道ふ、「末後の一句、始めて牢関に到る」と。有る者は道ふ、「巌頭、雪峰に勝れり」と。則ち錯会し了れり。巌頭常に此の機を用ひて衆に示して云く、「明眼の漢は窠臼没し。物を却くるを上と為し、物を逐ふを下と為す」と。這の末後の句は、設使ひ親しく祖師を見来たるも、也た理会し得ず。
現代語訳
雪峰は徳山の門下で飯頭(炊事係)をしていた。ある日、食事が遅れた。徳山が鉢を持って法堂まで下りてきた。雪峰は「鐘もまだ鳴らず太鼓もまだ響かないのに、この老漢は鉢を持ってどこへ行くのか」と言った。徳山は何も言わず、うつむいて方丈に帰った。雪峰がこれを巌頭に話すと、巌頭は「さすがの徳山も、末後の句がわかっていない」と言った。徳山はこれを聞いて侍者に巌頭を方丈へ呼ばせ、「お前はわしを認めないのか」と問うた。巌頭はひそかにその意を申し上げた。翌日、徳山が上堂すると、いつもとは様子が違った。巌頭は僧堂の前で手をたたいて大笑いし、「めでたいことに老漢は末後の句がわかった。これから先、天下の人も彼をどうにもできまい。とはいえ、あと三年だけだ」と言った。この公案で、雪峰が徳山の無言を見て、うまくやったと思ったのは、実は賊にしてやられたことに気づかなかったのである。かつて賊にやられた経験があったからこそ、後には自分も賊のはたらきができるようになった。だから古人は「末後の一句にして、はじめて堅固な関門に到る」と言う。ある者は「巌頭は雪峰より勝っている」と言うが、それは誤解である。巌頭はいつもこの機を用いて大衆に「眼の明らかな者には決まった型がない。物を退けるのが上で、物を追うのが下だ」と示した。この末後の句は、たとえ祖師にじかに会ったとしても理解できるものではない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『碧巌録』第五十一則徳山、斎晩し、老子自ら鉢を捧げて法堂に下り去る。巌頭道ふ、「大小の徳山、未だ末後の句を会せざること在り」。雪竇拈じて云く、「曽て聞く、箇の独眼竜を説くと。元来只だ一隻眼を具するのみ。殊に知らず、徳山は是れ箇の無歯の大虫なることを。若し是れ巌頭の識破するにあらずんば、争でか昨日と今日と同じからざることを知り得ん」。諸人、末後の句を会せんと要すや。只だ老胡の知るを許して、老胡の会するを許さず。古より今に及ぶまで、公案万別千差、荊棘の林の如くに相似たり。爾若し透得し去らば、天下の人も奈何ともせず、三世の諸仏も下風に立在せん。爾若し透不得ならば、巌頭道ふ、「雪峰は我と同条に生ずと雖も、我と同条に死せず」と。只だ這の一句、自然に出身の処有り。雪竇頌して云く。
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『碧巌録』第五十一則雪峰、嶺南に帰りて庵に住す。這の僧も亦た是れ久参底の人なり。雪峰、来たるを見て、手を以て庵門を托し、身を放ちて出でて云く、「是れ什麼ぞ」と。如今有る底は、恁麼に問著せられて、便ち他の語下に去いて咬嚼す。這の僧も亦た怪し、也た只だ他に向かつて「是れ什麼ぞ」と道ふ。峰、低頭して庵に帰る。往往に喚んで無語の会を作し去る。這の僧便ち摸索不著なり。有る底は道ふ、「雪峰、這の僧に一問せられて、直に無語にして庵に帰ることを得たり」と。殊に知らず、雪峰の意に毒害の処有ることを。雪峰便宜を得たりと雖も、争奈せん身を蔵して影を露はすことを。這の僧、後に雪峰を辞し、此の公案を持して、巌頭をして判ぜしむ。既に彼に到るや、巌頭問ふ、「什麼の処よりか来たる」。僧云く、「嶺南より来たる」。頭云く、「曽て雪峰に到るや」。若し雪峰を見んと要せば、只だ此の一問、也た好し急に眼を著けて看よ。僧云く、「曽て到る」。頭云く、「何の言句か有る」。此の語も亦た空しく過ぎず。這の僧暁らず、只管に他の語脈を逐うて転ず。頭云く、「他、什麼とか道ふ」。僧云く、「他、低頭し無語にして庵に帰る」。這の僧殊に知らず、巌頭草鞋を著けて、他の肚皮裏に在つて行くこと幾回ぞ。巌頭云く、「噫、我当初、悔ゆらくは他に末後の句を道はざりしことを。若し他に道はば、天下の人、雪老を奈何ともせじ」。巌頭も也た是れ強を扶けて弱を扶けず。這の僧依旧として黒漫漫地にして、緇素を分かたず、一肚皮の疑ひを懐いて、真箇に「雪峰会せず」と道ふ。夏末に至り、再び前話を挙して巌頭に請益す。頭云く、「何ぞ早く問はざる」。這の老漢、計較生ぜり。僧云く、「未だ敢へて容易にせず」。頭云く、「雪峰は我と同条に生ずと雖も、我と同条に死せず。末後の句を識らんと要せば、只だ這れ是なり」。巌頭太殺だ眉毛を惜しまず。諸人畢竟作麼生か会せん。
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『無門関』第十三則 德山托缽德山一日缽を托して堂を下る。雪峰の問ふを見る、「者(こ)の老漢、鐘未だ鳴らず鼓未だ響かざるに、缽を托して甚(いづ)れの處に向かひてか去る」。山便ち方丈に回る。峰、巖頭に舉似(こじ)す。頭云く、「大小の德山、未だ末後の句を會せず」。山聞きて、侍者をして巖頭を喚び來らしめ、問ひて曰く、「汝老僧を肯(うべな)はざるか」。巖頭密かに其の意を啟(もう)す。山乃ち休し去る。明日陞座するに、果たして尋常と同じからず。巖頭僧堂前に至り、掌を拊(う)ち大笑して云く、「且(まさ)に喜ぶ、老漢末後の句を會するを得たり。他後天下の人、伊(かれ)を奈何(いかん)ともせず」。
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『碧巌録』第五十一則挙す。雪峰庵に住せし時、両僧有り来たりて礼拝す。峰来たるを見て、手を以て庵門を托し、身を放ちて出でて云く、「是れ什麼ぞ」。僧も亦た云く、「是れ什麼ぞ」。峰、低頭して庵に帰る。僧、後に巌頭に到る。頭問ふ、「什麼の処よりか来たる」。僧云く、「嶺南より来たる」。頭云く、「曽て雪峰に到るや」。僧云く、「曽て到る」。頭云く、「何の言句か有る」。僧、前話を挙す。頭云く、「他、什麼とか道ふ」。僧云く、「他、無語にして低頭して庵に帰る」。頭云く、「噫、我当初、悔ゆらくは他に末後の句を道はざりしことを。若し伊に道はば、天下の人、雪老を奈何ともせじ」。僧、夏末に至り、再び前話を挙して請益す。頭云く、「何ぞ早く問はざる」。僧云く、「未だ敢へて容易にせず」。頭云く、「雪峰は我と同条に生ずと雖も、我と同条に死せず。末後の句を識らんと要せば、只だ這れ是なり」。
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『碧巌録』第五十一則大凡そ宗教を扶竪せんには、須らく是れ箇の当機を弁じ、進退是非を知り、殺活擒縦を明らむべし。若し忽ち眼目迷黎麻羅ならば、到る処問に逢うては便ち問ひ、答に逢うては便ち答へ、殊に知らず、鼻孔の別人の手裏に在ることを。只だ雪峰・巌頭の如きは、同じく徳山に参ず。此の僧、雪峰に参じて、見解只だ恁麼の処に到る。巌頭に見ゆるに及んでも、亦た曽て一事を成し得ず。虚しく他の二老宿を煩はして、一問一答、一擒一縦せしむ。直に如今に至るまで、天下の人、節角誵訛を成して、分疎し下らず。且く道へ、節角誵訛、什麼の処にか在る。雪峰は諸方を遍歴すと雖も、末後、鰲山店に於て、巌頭因つて之を激し、方に勦絶大徹することを得たり。巌頭、後に沙汰に値ひ、湖辺に於て渡子と作る。両岸に各おの一板を懸く。人有り過ぎて板を敲くこと一下すれば、頭云く、「爾、那辺に過ぐるか」と。遂に蘆葦の間より棹を舞はして出づ。
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『碧巌録』第六十六則這箇の公案、龍牙底と一般なり。徳山の方丈に帰るは、則ち暗中に最も妙なり。巌頭の大笑、他の笑中に毒有り。若し人有りて辨得せば、天下に横行せん。這の僧当時若し辨得し出ださば、千古の下、検責を免れ得ん。巌頭の門下に於いて已に是れ一場の蹉過なり。看よ他の雪峰老人は是れ同参、便ち落処を知る。也た他の与に説破せず、只だ打つこと三十棒して院を趕ひ出だす。以て前に光り後を絶すべし。這箇は是れ作家衲僧の鼻孔を拈ずる、為人底の手段なり。更に他の与に如之若何せず、他をして自ら悟り去らしむ。本分の宗師の為人は、有る時は籠罩して伊をして頭を出ださしめず、有る時は放ちて死郎当地ならしむるも、却つて須らく出身の処有るべし。大小大の巌頭・雪峰、倒つて箇の喫飯の禅和に勘破せらる。只だ巌頭の「黄巣過ぎて後、還た剣を収め得たりや」と道ふが如き、諸人且く道へ、這裏合に什麼の語をか下し得て、他の笑ふことを免れ得、又雪峰の棒を行じて趕ひ出だすことを免れ得ん。這裏の誵訛、若し曾て親しく証し親しく悟らずんば、縦使ひ口頭快利なるも、究竟に至りて生死を透脱し得ず。山僧尋常人をして這の機関の転処を覰しむ。若し擬議せば則ち遠きこと之れ遠し。見ずや、投子、塩平の僧に問うて云く、「黄巣過ぎて後、剣を収め得たりや」。僧、手を以て地を指す。投子云く、「三十年馬騎を弄して、今日却つて驢子に撲たる」と。看よ這の僧、也た妨げず是れ箇の作家なることを。也た「収め得たり」と道はず、也た「収め得ず」と道はず。西京の僧と、海を隔つるが如くなること在り。真如拈じて云く、「他の古人、一箇は頭と做り、一箇は尾と做りて定まれり」と。雪竇頌して云く、
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