碧巌録 / 第十七則
智門祚和尚。本浙人。盛聞香林道化。特來入蜀參禮。祚乃雪竇師也。雲門雖接人無數。當代道行者。只香林一派最盛。歸川住院四十年。八十歲方遷化。嘗云。我四十年。方打成一片。凡示眾云。大凡行脚。參尋知識。要帶眼行。須分緇素。看淺深始得。先須立志。而釋迦老子。在因地時。發一言一念。皆是立志。後來僧問。如何是室內一盞燈。林云。三人證龜成鼈。又問。如何是衲衣下事。林云。臘月火燒山。古來答祖師意甚多。唯香林此一則坐斷天下人舌頭。無爾計較作道理處。僧問。如何是祖師西來意。林云。坐久成勞。可謂言無味句無味。無味之談。塞斷人口。無爾出氣處。要見便見。若不見切忌作解會。香林曾遇作家來。所以有雲門手段。有三句體調。人多錯會道。祖師西來。九年面壁。豈不是坐久成勞。有什麼巴鼻。不見他古人得大自在處。他是脚踏實地。無許多佛法知見道理。臨時應用。所謂法隨法行。法幢隨處建立。雪竇因風吹火。傍指出一箇半箇。
新字:智門祚和尚。本浙人。盛聞香林道化。特来入蜀参礼。祚乃雪竇師也。雲門雖接人無数。当代道行者。只香林一派最盛。帰川住院四十年。八十歳方遷化。嘗云。我四十年。方打成一片。凡示衆云。大凡行脚。参尋知識。要帯眼行。須分緇素。看浅深始得。先須立志。而釈迦老子。在因地時。発一言一念。皆是立志。後来僧問。如何是室内一盞灯。林云。三人証亀成鼈。又問。如何是衲衣下事。林云。臘月火焼山。古来答祖師意甚多。唯香林此一則坐断天下人舌頭。無爾計較作道理処。僧問。如何是祖師西来意。林云。坐久成労。可謂言無味句無味。無味之談。塞断人口。無爾出気処。要見便見。若不見切忌作解会。香林曽遇作家来。所以有雲門手段。有三句体調。人多錯会道。祖師西来。九年面壁。豈不是坐久成労。有什麼巴鼻。不見他古人得大自在処。他是脚踏実地。無許多仏法知見道理。臨時応用。所謂法随法行。法幢随処建立。雪竇因風吹火。傍指出一箇半箇。
書き下し
智門の祚和尚、本浙の人、盛んに香林の道化を聞き、特に来たりて蜀に入りて参礼す。祚は乃ち雪竇の師なり。雲門人を接すること無数なりと雖も、当代道行はるる者、只だ香林の一派のみ最も盛んなり。川に帰りて院に住すること四十年、八十歳にして方に遷化す。嘗て云く、我四十年にして方に打成一片す。凡そ衆に示して云く、大凡そ行脚して知識を参尋するには、眼を帯びて行き、須らく緇素を分かち、浅深を看て始めて得べし。先づ須らく志を立つべし。而して釈迦老子、因地に在りし時、一言一念を発するも、皆是れ志を立つ。後来僧問ふ、如何なるか是れ室内の一盞の灯。林云く、三人亀を証して鼈と成す。又問ふ、如何なるか是れ衲衣下の事。林云く、臘月に火山を焼く。古来祖師の意に答ふること甚だ多し。唯だ香林の此の一則のみ天下の人の舌頭を坐断し、爾が計較して道理を作す処無し。僧問ふ、如何なるか是れ祖師西来の意。林云く、坐すること久しうして労を成す。言に味無く句に味無しと謂ひつべし。無味の談、人の口を塞断して、爾が気を出だす処無し。見んと要せば便ち見よ。若し見ずんば、切に忌む、解会を作すことを。香林曾て作家に遇ひ来たる、所以に雲門の手段有り、三句の体調有り。人多く錯つて会して道ふ、祖師西来して九年面壁す、豈に是れ坐すること久しうして労を成すにあらずやと。什麼の巴鼻か有らん。見ずや、他の古人の大自在を得る処、他は是れ脚実地を踏みて、許多の仏法の知見道理無く、時に臨んで応用す。所謂法は法に随つて行じ、法幢随処に建立す。雪竇風に因りて火を吹き、傍らに一箇半箇を指出す。
現代語訳
智門の光祚和尚はもと浙江の人であったが、香林の教化の盛んなことを聞いて、わざわざ蜀に入って参礼した。光祚は雪竇の師である。雲門は数え切れない人を導いたが、当代に道が行われているのは、ただ香林の一派が最も盛んである。香林は四川に帰って寺に住すること四十年、八十歳でようやく遷化した。かつて「わたしは四十年かかって、やっと一つにまとまった」と言った。いつも大衆に示して言った。「およそ行脚して善知識を訪ねるには、眼を持って行き、黒白を分け、浅い深いを見てはじめてよい。まず志を立てなければならない。釈迦老子が修行中であったときも、一言一念を発するのは、みな志を立てることであった」。のちにある僧が「方丈の中の一つの灯火とは何ですか」と問うと、香林は「三人が亀を証明してすっぽんにしてしまう」と言った。また「袈裟の下の事とは何ですか」と問うと、「十二月に火が山を焼く」と言った。昔から祖師の意について答えたものは非常に多い。ただ香林のこの一則だけが天下の人の舌を押さえ込み、お前たちがはからって理屈をこねる余地がない。僧が「祖師が西から来た意図とは何ですか」と問い、香林は「長く座っていたので疲れた」と言った。言葉にも句にも味がないといえよう。味のない話が人の口をふさぎ、息をつく余地もない。見ようとするならすぐに見よ。もし見えなければ、決して解釈をしてはならない。香林はかつて手練れに出会ってきたので、雲門の手並みがあり、三句の格調がある。多くの人は誤って理解して、「祖師は西から来て九年面壁した。まさに長く座っていて疲れたということではないか」と言う。何の手がかりがあろうか。古人が大いなる自在を得たところを見ないのか。彼は足で大地をしっかり踏み、多くの仏法の知見や理屈を持たず、その場その場で用いたのである。いわゆる「法は法に随って行われ、法の旗はどこにでも立てられる」ということである。雪竇は風に乗じて火を吹きおこし、かたわらから一人か半人を指し示したのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『碧巌録』第十七則香林道ふ、坐すること久しうして労を成すと。還た会すや。若し会し得ば、百草頭上に干戈を罷却せん。若也し会せずんば、伏して処分を聴け。古人行脚して、交はりを結び友を択び、同行の道伴と為りて、草を撥ひ風を瞻る。是の時雲門化を広南に旺んにす。香林得得として蜀を出で、鵝湖・鏡清と同時なり。先づ湖南の報慈に参じ、後に方に雲門の会下に至り、侍者と作ること十八年。雲門の処に在りて、親しく得、親しく聞く。他悟る時晩しと雖も、妨げず是れ大根器なることを。雲門の左右に居ること十八年、雲門常に只だ遠侍者と喚ぶ。纔かに応喏すれば、門云く、是れ什麼ぞ。香林当時も也た語を下して見解を呈し精魂を弄すれども、終に相契はず。一日忽ち云く、我会せり。門云く、何ぞ向上に道ひ将ち来たらざる。又住すること三年。雲門室中に大機弁を垂るるは、多半他の遠侍者の為にして、随処に入作す。雲門凡そ一言一句有れば、都て遠侍者の処に収在す。香林後に蜀に帰り、初め導江の水晶宮に住し、後に青城の香林に住す。
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『碧巌録』第六則雲門尋常愛して三字禅を説く、顧鑑咦。又一字禅を説く。僧問ふ、「父を殺し母を殺しては、仏前に懺悔す。仏を殺し祖を殺しては、什麼の処に向つてか懺悔せん」。門云く、「露」。又問ふ、「如何なるか是れ正法眼蔵」。門云く、「普」。直に是れ擬議を容れず。平鋪の処に到つては、又却つて人を罵る。若し一句の語を下せば、鉄橛子の如くに相似たり。後に四哲を出だす。乃ち洞山初・智門寛・徳山密・香林遠、皆大宗師と為る。香林十八年侍者と為る。凡そ他を接するに、只だ「遠侍者」と叫ぶ。遠云く、「喏」。門云く、「是れ什麼ぞ」。此の如くすること十八年、一日方に悟る。門云く、「我今より後更に汝を叫ばず」。雲門尋常人を接するに、多く睦州の手段を用ふ。只だ是れ湊泊を為し難し。釘を抽き楔を抜く底の鉗鎚有り。雪竇道ふ、「我愛す韶陽の新定の機、一生人の与に釘を抽き楔を抜く」。
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『碧巌録』第十七則挙す。僧、香林に問ふ、如何なるか是れ祖師西来の意。林云く、坐すること久しうして労を成す。
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『碧巌録』第八十六則雲門、室中に垂語して人に接す。爾等諸人の脚跟下に、各各一段の光明有り、今古に輝騰して、逈かに見知を絶す。光明なりと雖も、恰も問著するに到つては又た会せず、豈に是れ暗昏昏地ならずや。二十年垂示すれども、都て人の他の意を会する無し。香林、後来代語を請ふ。門云く、「厨庫三門」。又た云く、「好事も無きには如かず」。尋常の代語は只だ一句なり、什麼と為てか這裏には却つて両句なる。前頭の一句は爾が為に略ぼ一線の路を開いて爾をして見せしむ。若し是れ箇の漢ならば、聊か挙著するを聞いて、剔起して便ち行かん。他は人の此に滞在せんことを怕れて、又た云く、「好事も無きには如かず」と。依前として爾が与に掃却す。如今の人、纔かに光明を挙著するを聞いて、便ち去いて眼を瞠りて云く、「那裏か是れ厨庫、那裏か是れ三門」と。且く没交渉なることを得たり。所以に道ふ、「鉤頭の意を識取せよ、定盤星を認むること莫れ」と。此の事は眼上に在らず、亦た境上に在らず。須らく是れ知見を絶し得失を忘れ、浄裸裸、赤灑灑として、各各当人の分上に究取して始めて得べし。
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『碧巌録』第八十三則雲門大師、八十余員の善知識を出す。遷化の後七十余年、塔を開いて之を観るに、儼然として故の如し。他の見地明白にして、機境迅速なり。大凡そ垂語・別語・代語、直下に孤峻なり。只だ這の公案、石火を撃つが如く、閃電光に似たり、直に是れ神出鬼没なり。慶蔵主云く、「一大蔵教に還た這般の説話有りや」と。如今の人、多く情解上に向つて活計を作して道ふ、「仏は是れ三界の導師、四生の慈父なり。既に是れ古仏ならば、什麼と為てか却つて露柱と相交はる」と。若し恁麼に会せば、卒に摸索不著ならん。有る者は喚んで無中に唱出すと作す。殊に知らず、宗師家の説話は、意識を絶し情量を絶し、生死を絶し法塵を絶し、正位に入つて更に一法をも存せざることを。爾纔かに道理計較を作さば、便ち脚を纏ひ手を纏はん。且く道へ、他の古人の意作麼生。但だ只だ心境一如ならしむれば、好悪是非、他を撼動し得ず。便ち有と説くも也た得、無と説くも也た得、有機も也た得、無機も也た得。這裏に到つては拍拍是れ令なり。五祖先師道ふ、「大小の雲門、元来胆小なり。若し是れ山僧ならば、只だ他に向つて第八機と道はん」と。他道ふ、「古仏と露柱と相交はる、是れ第幾機ぞ」と。一時間且く目前に向つて包裹す。僧問ふ、「未審、意旨如何」。門云く、「一条の絛、三十文にて買ふ」。他に乾坤を定むる底の眼有り。既に人の会する無し、後来自ら代はりて云く、「南山に雲を起こし、北山に雨を下す」と。且く後学の与に箇の入路を通ず。所以に雪竇只だ他の乾坤を定むる処を拈じて人をして見せしむ。若し纔かに計較を犯して箇の鋒鋩を露はさば、則ち当面に蹉過せん。只だ他の雲門の宗旨を原ね、他の峻機を明らめんことを要す。所以に頌出して云く、
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『碧巌録』第二十七則凡そ言を出し気を吐くには、須らく是れ鉗の如く鋏の如く、鉤有り鎖有るべし。須らく是れ相続して断えずして始めて得べし。這の僧の問処に宗旨有り、雲門の答処も亦然り。雲門は尋常三句を以て人を接す、此れは是れ極則なり。雪竇の這の公案を頌する、大龍の公案を頌するに相類す。「三句辨ずべし」、一句の中に三句を具す。若し辨得せば則ち三句の外に透出す。「一鏃空を遼かにす」、鏃は乃ち箭鏃なり。射得て太だ遠し、須らく是れ急に眼を著けて看て始めて得べし。若也見得て分明ならば、以て一句の下に大千沙界を開展すべし。此に到って頌し了って、雪竇余才有り、所以に展開して頌出して道ふ、「大野、涼飈颯颯、長天、疎雨濛濛」と。且く道へ、是れ心か是れ境か、是れ玄か是れ妙か。古人道ふ、「法法隠蔵せず、古今常に顕露す」と。他問ふ、「樹凋み葉落つる時如何」。雲門道ふ、「体露金風」。雪竇の意は只だ一境と作す。如今眼前、風拂拂地、是れ東南の風にあらずんば、便ち是れ西北の風。直に須らく便ち恁麼に会して始めて得べし。爾若し更に禅道の会を作さば、便ち交渉没し。「君見ずや、少林に久しく坐して未だ帰らざる客」。達磨未だ西天に帰らざる時、九年面壁して静悄悄地。且く道へ、是れ樹凋み葉落つるか、且く道へ、是れ体露金風か。若し這裏に向かって、尽古今の凡聖、乾坤大地を打して一片と成さば、方に雲門・雪竇の的的たる為人の処を見ん。「静かに熊耳の一叢叢に依る」。熊耳は即ち西京嵩山の少林なり。前山も也た千叢万叢、後山も也た千叢万叢。諸人什麼の処に向かってか見る。還た雪竇の為人の処を見るや。也た是れ霊亀の尾を曳くなり。
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