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碧巌録 / 第六則

雲門尋常愛說三字禪。顧鑒咦。又說一字禪。僧問殺父殺母。佛前懺悔。殺佛殺祖。向什麼處懺悔。門云。露。又問。如何是正法眼藏。門云。普。直是不容擬議。到平鋪處。又却罵人若下一句語。如鐵橛子相似。後出四哲。乃洞山初。智門寬。德山密。香林遠皆為大宗師。香林十八年為侍者。凡接他。只叫遠侍者。遠云。喏。門云。是什麼。如此十八年。一日方悟。門云。我今後更不叫汝。雲門尋常接人。多用睦州手段。只是難為湊泊。有抽釘拔楔底鉗鎚。雪竇道。我愛韶陽新定機。一生與人抽釘拔楔。

新字:雲門尋常愛説三字禅。顧鑒咦。又説一字禅。僧問殺父殺母。仏前懺悔。殺仏殺祖。向什麼処懺悔。門云。露。又問。如何是正法眼蔵。門云。普。直是不容擬議。到平鋪処。又却罵人若下一句語。如鉄橛子相似。後出四哲。乃洞山初。智門寛。徳山密。香林遠皆為大宗師。香林十八年為侍者。凡接他。只叫遠侍者。遠云。喏。門云。是什麼。如此十八年。一日方悟。門云。我今後更不叫汝。雲門尋常接人。多用睦州手段。只是難為湊泊。有抽釘抜楔底鉗鎚。雪竇道。我愛韶陽新定機。一生与人抽釘抜楔。

書き下し

雲門尋常愛して三字禅を説く、顧鑑咦。又一字禅を説く。僧問ふ、「父を殺し母を殺しては、仏前に懺悔す。仏を殺し祖を殺しては、什麼の処に向つてか懺悔せん」。門云く、「露」。又問ふ、「如何なるか是れ正法眼蔵」。門云く、「普」。直に是れ擬議を容れず。平鋪の処に到つては、又却つて人を罵る。若し一句の語を下せば、鉄橛子の如くに相似たり。後に四哲を出だす。乃ち洞山初・智門寛・徳山密・香林遠、皆大宗師と為る。香林十八年侍者と為る。凡そ他を接するに、只だ「遠侍者」と叫ぶ。遠云く、「喏」。門云く、「是れ什麼ぞ」。此の如くすること十八年、一日方に悟る。門云く、「我今より後更に汝を叫ばず」。雲門尋常人を接するに、多く睦州の手段を用ふ。只だ是れ湊泊を為し難し。釘を抽き楔を抜く底の鉗鎚有り。雪竇道ふ、「我愛す韶陽の新定の機、一生人の与に釘を抽き楔を抜く」。

現代語訳

雲門はふだん好んで三字禅を説いた。「顧(かえりみよ)、鑑(見よ)、咦(やっ)」である。また一字禅を説いた。僧が問うた。「父を殺し母を殺したなら、仏の前で懺悔する。仏を殺し祖師を殺したなら、どこで懺悔すればよいのですか」。雲門は言った。「露(あらわ)」。また問うた。「正法眼蔵とは何か」。雲門は言った。「普(あまねし)」。まったくためらいを容れない。平らに敷き広げたところに至っては、かえって人を罵る。一句の言葉を下せば、鉄の杭のようである。後に四人の優れた弟子を出した。洞山守初・智門師寛・徳山縁密・香林澄遠で、皆大宗師となった。香林は十八年間侍者を務めた。雲門は彼を導くのに、ただ「遠侍者」と呼ぶだけであった。澄遠は「はい」と答える。雲門は「これは何か」と言う。このようにして十八年、ある日ようやく悟った。雲門は言った。「わしは今から後、もうお前を呼ばない」。雲門はふだん人を導くのに、多く睦州の手並みを用いた。ただ取りつく島がない。釘を抜き楔を抜くほどの鍛えの手並みがあった。雪竇は言う。「わたしは韶陽(雲門)の新たに定めた機を愛する。一生、人のために釘を抜き楔を抜いた」。

解説

圜悟は雲門の家風を語る。雲門は「顧鑑咦」の三字禅や「露」「普」といった一字禅を好み、ためらいを容れない鉄の杭のような一句で人を導いた。その門下から洞山守初・智門師寛・徳山縁密・香林澄遠の四人の大宗師が出た。香林は十八年侍者を務め、雲門はただ「遠侍者」と呼び、「はい」と答えると「是れ什麼ぞ」と問うことを繰り返した。十八年目に香林は悟り、雲門はもう呼ばないと言った。雪竇はそれを、一生人のために釘を抜き楔を抜いた働きと称える。現代の働く者には、毎日同じ問いを根気よく投げ続け、相手が自ら気づく日を待つ育成の姿として深く響く。

この章句が説くこと

雲門香林一字禅育成根気問い

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