碧巌録 / 第十四則
對一說 太孤絕無孔鐵鎚重下楔閻浮樹下笑呵呵昨夜驪龍拗角折 別別韻陽老人得一橛對一說。太孤絕。雪竇讚之不及。此語獨脫孤危。光前絕後。如萬丈懸崖相似。亦如百萬軍陣。無爾人處。只是忒殺孤危。古人道。欲得親切。莫將問來問。問在答處。答在問端。直是孤峻。且道什麼處是孤峻處。天下人奈何不得。這僧也是箇作家。所以如此問。雲門又恁麼答。大似無孔鐵鎚重下楔相似。雪竇使文言。用得甚巧。閻浮樹下笑呵呵。起世經中說。須彌南畔吠琉璃樹。映閻浮洲中皆青色。此洲乃大樹為名。名閻浮提。其樹縱廣七千由旬。下有閻浮壇金聚。高二十由旬。以金從樹下出生故。號閻浮樹。所以雪竇自說。他在閻浮樹下笑呵呵。且道他笑箇什麼。笑昨夜驪龍拗角折。只得瞻之仰之。讚嘆雲門有分。雲門道。對一說似箇什麼。如拗折驪龍一角相似。到這裏若無恁麼事。焉能恁麼說話。雪竇一時頌了。末後却道。別別。韶陽老人得一橛。何不道全得。如何只得一橛。且道那一橛。在什麼處。直得穿過第二人。
新字:対一説 太孤絶無孔鉄鎚重下楔閻浮樹下笑呵呵昨夜驪竜拗角折 別別韻陽老人得一橛対一説。太孤絶。雪竇讃之不及。此語独脱孤危。光前絶後。如万丈懸崖相似。亦如百万軍陣。無爾人処。只是忒殺孤危。古人道。欲得親切。莫将問来問。問在答処。答在問端。直是孤峻。且道什麼処是孤峻処。天下人奈何不得。這僧也是箇作家。所以如此問。雲門又恁麼答。大似無孔鉄鎚重下楔相似。雪竇使文言。用得甚巧。閻浮樹下笑呵呵。起世経中説。須弥南畔吠琉璃樹。映閻浮洲中皆青色。此洲乃大樹為名。名閻浮提。其樹縦広七千由旬。下有閻浮壇金聚。高二十由旬。以金従樹下出生故。号閻浮樹。所以雪竇自説。他在閻浮樹下笑呵呵。且道他笑箇什麼。笑昨夜驪竜拗角折。只得瞻之仰之。讃嘆雲門有分。雲門道。対一説似箇什麼。如拗折驪竜一角相似。到這裏若無恁麼事。焉能恁麼説話。雪竇一時頌了。末後却道。別別。韶陽老人得一橛。何不道全得。如何只得一橛。且道那一橛。在什麼処。直得穿過第二人。
書き下し
対一説、太だ孤絶。無孔の鉄鎚重ねて楔を下す。閻浮樹下に笑ひ呵呵。昨夜驪龍角を拗折す。別別。韶陽老人一橛を得たり。対一説、太だ孤絶。雪竇之を讃ずるも及ばず。此の語独脱孤危、光前絶後、万丈の懸崖の如くに相似たり。亦た百万の軍陣の如く、爾が入る処無し。只だ是れ忒殺だ孤危なり。古人道ふ、親切を得んと欲せば、問を将ちて来たり問ふこと莫かれ。問は答処に在り、答は問端に在り。直に是れ孤峻なり。且く道へ、什麼の処か是れ孤峻なる処。天下の人奈何ともし得ず。這の僧も也た是れ箇の作家、所以に此の如く問ふ。雲門又恁麼に答ふ。大いに無孔の鉄鎚重ねて楔を下すに似て相似たり。雪竇文言を使ひ、用ゐ得て甚だ巧みなり。閻浮樹下に笑ひ呵呵。起世経の中に説く、須弥の南畔の吠瑠璃樹、閻浮洲の中を映じて皆青色なり。此の洲乃ち大樹を名と為し、閻浮提と名づく。其の樹縦広七千由旬、下に閻浮壇金の聚有り、高さ二十由旬。金の樹下より出生するを以ての故に、閻浮樹と号す。所以に雪竇自ら説く、他閻浮樹下に在りて笑ひ呵呵と。且く道へ、他箇の什麼をか笑ふ。昨夜驪龍角を拗折することを笑ふ。只だ之を瞻、之を仰ぐことを得たり。雲門を讃嘆すること分有り。雲門道ふ、対一説、箇の什麼にか似たる。驪龍の一角を拗折するが如くに相似たり。這裏に到つて若し恁麼の事無くんば、焉んぞ能く恁麼に説話せん。雪竇一時に頌し了りて、末後に却つて道ふ、別別、韶陽老人一橛を得たりと。何ぞ全く得たりと道はざる。如何ぞ只だ一橛を得たる。且く道へ、那の一橛は什麼の処にか在る。直に第二人を穿過することを得たり。
現代語訳
「対一説」、あまりに孤高で隔絶している。穴のない鉄槌に、さらに楔を打ち込む。閻浮樹の下で、からからと笑う。昨夜、黒龍の角がへし折られた。別格だ、別格だ。韶陽の老人(雲門)は一切れを得た。「対一説、あまりに孤高で隔絶している」。雪竇がこれを讃えても讃えきれない。この語は独り抜け出て孤高で危うく、前を照らし後を絶ち、万丈の断崖のようである。また百万の軍勢の陣のようで、お前たちの入り込むところがない。ただあまりにも孤高で危うい。古人は「ぴたりと親しく得たいなら、問いを持って問うてはならない。問いは答えのところにあり、答えは問いの端にある」と言った。まったく孤高で険しい。さあ言ってみよ、どこが孤高で険しいのか。天下の人もどうにもできない。この僧もなかなかの手練れであるから、このように問うた。雲門もまたこのように答えた。まるで穴のない鉄槌にさらに楔を打ち込むようなものだ。雪竇は文の言葉を使い、まことに巧みに用いている。「閻浮樹の下で、からからと笑う」。『起世経』に説くところでは、須弥山の南側の瑠璃の樹が閻浮洲の中を映して、すべて青く見える。この洲は大樹を名として閻浮提という。その樹は縦横七千由旬、下に閻浮檀金の塊があって高さ二十由旬、金が樹の下から生じるので閻浮樹という。だから雪竇は自ら「彼は閻浮樹の下でからからと笑う」と言うのである。さあ言ってみよ、彼は何を笑うのか。昨夜、黒龍の角がへし折られたことを笑うのである。ただ仰ぎ見るほかない。雪竇が雲門を讃えるのにはわけがある。雲門の「対一説」は何に似ているか。黒龍の角を一本へし折ったようなものだ。ここに至って、もしそれだけの事実がなければ、どうしてこのように言えようか。雪竇は一度に頌し終えて、最後にかえって「別格だ、別格だ、韶陽の老人は一切れを得た」と言う。なぜすっかり得たと言わないのか。どうしてただ一切れだけを得たのか。さあ言ってみよ、その一切れはどこにあるのか。まっすぐ二人目を刺し貫いてしまった。
解説
この章句が説くこと
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『甲陽軍鑑』品第四十子細は信玄公わかうまします時より、諸侍のことばをよくきゝ、分別あるも、なきも、つよからんも、よはからんも其人の物いふ儀にてつもり被成たるが、今日にいたるまでも、それがしむけんならくへ堕罪仕らん、少もあひちがはず候、さるほどに、よき事をもほめ所を見いだし、聞付穿鑿の取さたをもつて善をば善と定め、悪をば悪とさだめ、道理をつめてほめそしる武士の作法なり、さなくして、かたはし聞て我贔負の者を虚空によきとばかり批判する事女にあひにたる侍、と信玄公の常々御諚これなり、如此有様にせんさくあそばす故、若手に能武士出くるなりと阿部加賀守申て、金丸助六郎·同惣蔵にをしゆる也、
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