碧巌録 / 第十三則
巴陵眾中謂之鑒多口。常縫坐具行脚。深得他雲門脚跟下大事。所以奇特。後出世法嗣雲門。先住岳州巴陵。更不作法嗣書。只將三轉語上雲門。如何是道。明眼人落井。如何是吹毛劍。珊瑚枝枝撐著月。如何是提婆宗。銀椀裏盛雪。雲門云。他日老僧忌辰只舉此三轉語。報恩足矣。自後果不作忌辰齋。依雲門之囑。只舉此三轉語。然諸方答此話。多就事上答。唯有巴陵恁麼道。極是孤峻。不妨難會。亦不露些子鋒鋩。八面受敵。著著有出身之路。有陷虎之機。脫人情見。若論一色邊事。到這裏須是自家透脫了。却須是遇人始得。所以道。道吾舞笏同人會。石鞏彎弓作者諳。此理若無師印授。擬將何法語玄談。雪竇隨後拈提為人。所以頌出。
新字:巴陵衆中謂之鑒多口。常縫坐具行脚。深得他雲門脚跟下大事。所以奇特。後出世法嗣雲門。先住岳州巴陵。更不作法嗣書。只将三転語上雲門。如何是道。明眼人落井。如何是吹毛剣。珊瑚枝枝撐著月。如何是提婆宗。銀椀裏盛雪。雲門云。他日老僧忌辰只舉此三転語。報恩足矣。自後果不作忌辰斎。依雲門之囑。只舉此三転語。然諸方答此話。多就事上答。唯有巴陵恁麼道。極是孤峻。不妨難会。亦不露些子鋒鋩。八面受敵。著著有出身之路。有陥虎之機。脱人情見。若論一色辺事。到這裏須是自家透脱了。却須是遇人始得。所以道。道吾舞笏同人会。石鞏彎弓作者諳。此理若無師印授。擬将何法語玄談。雪竇随後拈提為人。所以頌出。
書き下し
巴陵、衆中に之を鑒多口と謂ふ。常に坐具を縫うて行脚し、深く他の雲門の脚跟下の大事を得たり。所以に奇特なり。後に出世して雲門に法嗣す。先づ岳州の巴陵に住す。更に法嗣書を作らず、只だ三転語を将ちて雲門に上る。如何なるか是れ道。明眼の人井に落つ。如何なるか是れ吹毛剣。珊瑚の枝枝月を撐著す。如何なるか是れ提婆宗。銀椀裏に雪を盛る。雲門云く、他日老僧が忌辰には只だ此の三転語を挙せよ、恩に報ずること足れり。自後果して忌辰の斎を作さず、雲門の嘱に依りて只だ此の三転語を挙す。然るに諸方此の話に答ふるに、多く事上に就いて答ふ。唯だ巴陵のみ恁麼に道ふ。極めて是れ孤峻にして、妨げず会し難し。亦た些子の鋒鋩を露はさず。八面に敵を受けて、著著に出身の路有り、陥虎の機有りて、人の情見を脱せしむ。若し一色辺の事を論ぜば、這裏に到つて須らく是れ自家透脱し了るべし。却つて須らく是れ人に遇うて始めて得べし。所以に道ふ、道吾の笏を舞はす同人会し、石鞏の弓を彎く作者諳んず。此の理若し師の印授無くんば、何の法を将てか玄談を語らんと擬す。雪竇随後に拈提して人の為にす。所以に頌出す。
現代語訳
巴陵は大衆の中で「鑑多口(おしゃべりの鑑)」と呼ばれていた。いつも坐具を縫いながら行脚し、雲門の足もとにある大事を深く会得していた。だから優れているのである。のちに世に出て雲門の法を嗣ぎ、まず岳州の巴陵に住した。嗣法の書状を出すことはせず、ただ三つの転語を雲門に差し上げた。「道とは何か」「眼の明らかな人が井戸に落ちる」。「吹毛の剣とは何か」「珊瑚の枝の一本一本が月を支えている」。「提婆宗とは何か」「銀の椀に雪を盛る」。雲門は言った。「いつかわしの命日には、ただこの三転語を挙げよ。それで恩に報いるに十分だ」。その後、巴陵は果たして命日の斎を営まず、雲門の言いつけどおり、ただこの三転語を挙げた。ところで諸方でこの問いに答えるときは、多く事柄の上で答える。ただ巴陵だけがこのように言った。きわめて孤高で険しく、なかなか理解しがたい。しかも少しも切っ先を見せない。八方から敵を受けながら、一手一手に抜け出る道があり、虎を落とし穴に陥れる働きがあって、人の情による見解を脱け出させる。もし一色の境地について論じるなら、ここに至って自分自身が透り抜けていなければならず、そのうえで人に出会ってはじめてよいのである。だから「道吾が笏を振って舞うのは同じ境地の人が会得し、石鞏が弓を引くのは手練れが知っている。この道理に師の印可がなければ、何の法で玄妙な話を語ろうとするのか」と言う。雪竇はこの後に取り上げて人のために示した。だから頌に詠んだのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『碧巌録』第一百則巴陵干戈を動ぜず、四海五湖多少の人か舌頭地に落つ。雲門の人を接する、正に此の如し。他は是れ雲門の的子にして、亦た各おの箇の作略を具す。是の故に道ふ、「我は愛す韶陽の新定の機、一生人の与に釘を抽き楔を抜く」と。這箇の話も正に恁麼地なり。一句の中に於て、自然に三句を具す、函蓋乾坤の句、截断衆流の句、随波逐浪の句なり。答へ得て也た妨げず奇特なることを。浮山遠録公云く、「未だ透らざる底の人は、句に参ずるは意に参ずるに如かず。透り得たる底の人は、意に参ずるは句に参ずるに如かず」。雲門下に三尊宿有り、吹毛剣に答へて俱に「了」と云ふ。唯だ是れ巴陵の答へ得たる、了の字に過ぎたり。此れ乃ち句を得たるなり。且く道へ、了の字と珊瑚枝枝月を撐著すと、是れ同じか是れ別か。
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『碧巌録』第一百則前来道ふ、「三句弁ずべし、一鏃遼空なり」と。這の話を会せんと要せば、須らく是れ情塵意想を絶して、浄尽して方に他の「珊瑚枝枝月を撐著す」と道ふを見るべし。若し更に道理を作さば、転た摸索不著なるを見ん。此の語は是れ禅月の友人を懐ふ詩に曰く、「厚きこと鉄囲山上の鉄に似、薄きこと双成仙体の纈に似たり。蜀機の鳳雛動けば蹶蹩たり、珊瑚枝枝月を撐著す。王凱が家中に蔵して掘り難く、顔回は飢漢にして天雪を愁ふ。古檜は筆直にして雷も折らず、雪衣の石女蟠桃欠く。佩びて竜宮に入りて歩むこと遅遅たり、繍簾銀簟何ぞ参差たる。即ち知らず驪竜珠を失ふことを、知るや知らずや」。巴陵句中に於て一句を取りて吹毛剣に答ふ、則ち是れ快なり。剣刃の上に毛を吹きて之を試むるに、其の毛自ら断ず、乃ち利剣之を吹毛と謂ふなり。巴陵只だ他の問ふ処に就いて、便ち這の僧の話に答ふ。頭落つることも也た知らず。頌に云く、
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『碧巌録』第十三則挙す。僧、巴陵に問ふ、如何なるか是れ提婆宗。巴陵云く、銀椀裏に雪を盛る。
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『碧巌録』第一百則挙す。僧巴陵に問ふ、「如何なるか是れ吹毛剣」。陵云く、「珊瑚枝枝月を撐著す」。
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『碧巌録』第十三則老新開、端的別なり。解く道ふ、銀椀裏に雪を盛ると。九十六箇応に自ら知るべし。知らずんば却つて天辺の月に問へ。提婆宗、提婆宗、赤旛の下に清風を起こす。老新開。新開は乃ち院の名なり。端的別なり。雪竇讃歎すること分有り。且く道へ、什麼の処か是れ別なる処。一切の語言は皆是れ仏法。山僧此の如く説話す、什麼の道理をか成し去らん。雪竇微かに些子の意を露はして道ふ、只だ是れ端的別なりと。後面に打開して云く、解く道ふ、銀椀裏に雪を盛ると。更に爾が与に箇の注脚を下す、九十六箇応に自ら知るべし、負墮して始めて得んと。爾若し知らずんば、天辺の月に問取せよ。古人曾て此の話に答へて云く、天辺の月に問取せよと。雪竇頌し了りて、末後須らく活路有るべし。獅子返擲の句有りて、更に提起して爾が与に道ふ、提婆宗、提婆宗、赤旛の下に清風を起こすと。巴陵は銀椀裏に雪を盛ると道ふ。什麼としてか雪竇却つて赤旛の下に清風を起こすと道ふ。還た雪竇の人を殺すに刀を用ゐざることを知るや。
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『碧巌録』第一百則平らかならざるを平らげんと要す、大巧は拙なるが若し。或いは指、或いは掌、天に倚りて雪を照らす。大冶も磨礱し下さず、良工も払拭して未だ歇まず。別別、珊瑚枝枝月を撐著す。蚍蜉。平らかならざるを平らげんと要す、大巧は拙なるが若しとは、古へ俠客有り、路に不平の、強を以て弱を凌ぐを見れば、即ち剣を飛ばして強者の頭を取る。所以に宗師家は、眉に宝剣を蔵し、袖に金鎚を掛けて、以て不平の事を断ず。大巧は拙なるが若しとは、巴陵の答ふる処、不平の事を平らげんと要するも、他の語忒殺だ巧に傷るるが為に、返つて拙に成るに相似たり。何が故ぞ、他は面に当りて揮ひ来らず、却つて僻地裏に去きて、一截に暗に人の頭を取りて、人覚えざるが為なり。或いは指、或いは掌、天に倚りて雪を照らすとは、会得せば則ち天に倚る長剣の凛凛たる神威の如し。古人道ふ、「心月孤り円かにして、光万象を呑む。光は境を照らすに非ず、境も亦た存するに非ず。光境俱に忘ず、復た是れ何物ぞ」。此の宝剣、或いは指上に現在し、忽ち掌中に現ず。昔日慶蔵主説きて這裏に到りて、手を竪てて云く、「還た見るや」。也た必ずしも手指の上に在らず。雪竇路を借りて経過し、爾をして古人の意を見せしむ。且く道へ、一切処是れ吹毛剣ならざるべからざるなり。所以に道ふ、「三級浪高うして魚龍と化す、痴人猶ほ戽む夜塘の水」。
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