碧巌録 / 第六則
雲門初參睦州。州旋機電轉。直是難湊泊。尋常接人。纔跨門便搊住云。道道。擬議不來。便推出云。秦時[車*度]轢鑽。雲門凡去見。至第三回。纔敲門。州云。誰。門云。文偃。纔開門便跳入。州搊住云。道道。門擬議。便被推出門一足在門閫內。被州急合門。拶折雲門脚。門忍痛作聲。忽然大悟。
新字:雲門初参睦州。州旋機電転。直是難湊泊。尋常接人。纔跨門便搊住云。道道。擬議不来。便推出云。秦時[車*度]轢鑽。雲門凡去見。至第三回。纔敲門。州云。誰。門云。文偃。纔開門便跳入。州搊住云。道道。門擬議。便被推出門一足在門閫内。被州急合門。拶折雲門脚。門忍痛作声。忽然大悟。
書き下し
雲門初め睦州に参ず。州は旋機電転、直に是れ湊泊し難し。尋常人を接するに、纔かに門を跨げば便ち搊住して云く、「道へ、道へ」。擬議して来らずんば、便ち推出して云く、「秦時の轆轢鑽」。雲門凡そ去いて見ゆ。第三回に至つて、纔かに門を敲けば、州云く、「誰そ」。門云く、「文偃」。纔かに門を開くや便ち跳び入る。州搊住して云く、「道へ、道へ」。門擬議す。便ち推出せられ、門一足門閫の内に在り、州に急に門を合せられて、雲門の脚を拶折す。門痛みを忍んで声を作す、忽然として大悟す。
現代語訳
雲門は初め睦州に参じた。睦州は機の働きが稲妻のように速く、まったく取りつく島がなかった。ふだん人を導くときは、門をまたぐなり胸ぐらをつかんで「言え、言え」と言った。ためらって答えが出なければ、すぐに突き出して「秦の時代の轆轤錐(役立たずの大道具)め」と言った。雲門はたびたび会いに行った。三度目に門を叩くと、睦州は言った。「誰だ」。雲門は言った。「文偃です」。門が開くなり跳び込んだ。睦州は胸ぐらをつかんで「言え、言え」と言った。雲門はためらった。すぐに突き出され、雲門の片足がまだ敷居の内にあったところを、睦州が急に門を閉めたので、雲門の足は挟まれて折れた。雲門は痛みをこらえて声をあげ、たちまち大悟した。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『碧巌録』第六則師開堂説法するに、鞠常侍有り、問を致す、「霊樹の果子熟せりや也た未だしや」。門云く、「什麼の年中にか信を得て道ふ、生なりと」。復た劉王昔賣香の客為りし等の因縁を引く。劉王後に霊樹に諡して知聖禅師と為す。霊樹は生生通を失はず、雲門は凡そ三生王と為る、所以に通を失す。一日劉王詔して師を内に入れて過夏せしむ。共に数人の尊宿、皆内人の問訊を受けて説法す。唯だ師一人のみ言はず、亦た人の親近する無し。一直殿使有り、一偈を書して碧玉殿上に貼して云く、「大智修行始めて是れ禅、禅門は黙に宜しく喧に宜しからず。万般の巧説争でか実に如かん、輸却す雲門の総て言はざるに」。
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『碧巌録』第六則雲門尋常愛して三字禅を説く、顧鑑咦。又一字禅を説く。僧問ふ、「父を殺し母を殺しては、仏前に懺悔す。仏を殺し祖を殺しては、什麼の処に向つてか懺悔せん」。門云く、「露」。又問ふ、「如何なるか是れ正法眼蔵」。門云く、「普」。直に是れ擬議を容れず。平鋪の処に到つては、又却つて人を罵る。若し一句の語を下せば、鉄橛子の如くに相似たり。後に四哲を出だす。乃ち洞山初・智門寛・徳山密・香林遠、皆大宗師と為る。香林十八年侍者と為る。凡そ他を接するに、只だ「遠侍者」と叫ぶ。遠云く、「喏」。門云く、「是れ什麼ぞ」。此の如くすること十八年、一日方に悟る。門云く、「我今より後更に汝を叫ばず」。雲門尋常人を接するに、多く睦州の手段を用ふ。只だ是れ湊泊を為し難し。釘を抽き楔を抜く底の鉗鎚有り。雪竇道ふ、「我愛す韶陽の新定の機、一生人の与に釘を抽き楔を抜く」。
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『碧巌録』第六則後来語脈人を接するに、一摸に睦州より脱し出づ。後に陳操尚書の宅に於て住すること三年。睦州指して雪峰の処に往き去らしむ。彼に至つて衆を出でて便ち問ふ、「如何なるか是れ仏」。峰云く、「寐語すること莫れ」。雲門便ち礼拝す。一住三年。雪峰一日問ふ、「子が見処如何」。門云く、「某甲が見処、従上の諸聖と、一糸毫許りも移易せず」。霊樹二十年首座を請ぜず。常に云く、「我が首座生まれたり」。又云く、「我が首座牛を牧す」。復た云く、「我が首座行脚す」。忽ち一日鐘を撞かしめて、三門前に首座を接せしむ。衆皆之を訝る。雲門果して至る。便ち請じて首座寮に入れ、包を解かしむ。霊樹は人号して知聖禅師と曰ふ。過去未来の事皆預め知る。一日広主劉王、将に兵を興さんとし、躬ら院に入つて、師に臧否を決せんことを請ふ。霊樹已に先に知つて、怡然として坐化す。広主怒つて曰く、「和尚何れの時か疾を得たる」。侍者対へて曰く、「師曾て疾有らず。適ま一合子を封じて、王の来るを俟つて之を呈せしむ」。広主合を開いて一帖子を得たり、云く、「人天の眼目、堂中の首座」。広主旨を悟り、遂に兵を寝む。雲門を請じて出世せしめ、霊樹に住せしむ。後来方に雲門に住す。
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『碧巌録』第十二則洞山初め雲門に参ず。門問ふ、近離甚れの処ぞ。山云く、渣渡。門云く、夏甚麼の処にか在る。山云く、湖南の報慈。門云く、幾時か彼中を離る。山云く、八月二十五。門云く、爾に三頓の棒を放す。参堂し去れ。師、晩間に入室し、親近して問うて云く、某甲過什麼の処にか在る。門云く、飯袋子、江西湖南、便ち恁麼にし去るか。洞山言下に於て豁然として大悟す。遂に云く、某甲他日人煙無き処に向かつて箇の庵子を卓て、一粒の米を蓄へず、一茎の菜を種ゑず、常に往来の十方の大善知識を接待し、尽く伊が与に釘を抽却し、楔を抜却し、膱脂の帽子を拈却し、鶻臭の布衫を脱却して、各々灑灑落落地として、箇の無事の人と作り去らしめん。門云く、身は椰子の大きさの如くにして、許大の口を開き得たり。洞山便ち辞し去る。他当時の悟処、直下に穎脱す。豈に小見に同じからんや。後来出世して機に応ずる麻三斤の語を、諸方只だ仏に答ふる話の会を作す。如何なるか是れ仏、杖林山下の竹筋鞭、丙丁童子来たりて火を求む。只管に仏上に於て道理を作す。
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『碧巌録』第五十四則雲門、這の僧に問ふ、「近離甚れの処ぞ」。僧云く、「西禅」。這箇は是れ当面の話、閃電の如くに相似たり。門云く、「近日何の言句か有る」。也た只だ是れ平常の説話なり。這の僧も也た妨げず是れ箇の作家なることを。却つて倒に去いて雲門を験し、便ち両手を展ぶ。若し是れ尋常の人ならば、此の一験に遭うて、便ち手忙脚乱を見ん。他の雲門は石火電光の機有り、便ち打つこと一掌す。僧云く、「打つことは即ち故より是なるも、争奈せん某甲の話在ることを」。這の僧転身の処有り。所以に雲門放開して、却つて両手を展ぶ。其の僧無語。門便ち打つ。看よ他の雲門は自ら是れ作家、一歩を行いて一歩の落処を知る。会く前を瞻て亦た解く後を顧み、蹤由を失はず。這の僧は只だ前を瞻ることを解して、後を顧みること能はず。頌に云く。
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『碧巌録』第十則大凡宗教を扶竪するには、須らく是れ本分宗師の眼目有り、本分宗師の作用有るべし。睦州の機鋒は閃電の如くに相似たり。愛んで座主を勘す。尋常一言半句を出す、箇の荊棘叢に似て相似たり、脚手を著け得ず。他纔かに僧の来るを見れば、便ち道ふ、「見成公案、爾に三十棒を放す」。又僧を見て云く、「上座」。僧首を回らす。州云く、「檐板漢」。又衆に示して云く、「未だ箇の入頭の処有らずんば、須らく箇の入頭の処を得べし。既に箇の入頭の処を得ば、老僧に辜負することを得ざれ」。睦州の人の為にすること、多く此の如し。
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