碧巌録 / 第六則
後來語脈接人。一摸脫出睦州。後於陳操尚書宅。住三年。睦州指往雪峯處去。至彼出眾便問。如何是佛。峯云。莫寐語。雲門便禮拜。一住三年。雪峯一日問。子見處如何。門云。某甲見處。與從上諸聖。不移易一絲毫許。靈樹二十年。不請首座。常云。我首座生也。又云。我首座牧牛也。復云。我首座行脚也。忽一日令撞鐘。三門前接首座。眾皆訝之雲門果至。便請入首座寮。解包。靈樹人號曰知聖禪師。過去未來事皆預知。一日廣主劉王。將興兵。躬入院。請師決臧否。靈樹已先知。怡然坐化。廣主怒曰。和尚何時得疾。侍者對曰。師不曾有疾。適封一合子。令俟王來呈之。廣主開合得一帖子云。人天眼目。堂中首座。廣主悟旨。遂寢兵。請雲門出世。住靈樹。後來方住雲門。
新字:後来語脈接人。一摸脱出睦州。後於陳操尚書宅。住三年。睦州指往雪峯処去。至彼出衆便問。如何是仏。峯云。莫寐語。雲門便礼拝。一住三年。雪峯一日問。子見処如何。門云。某甲見処。与従上諸聖。不移易一糸毫許。霊樹二十年。不請首座。常云。我首座生也。又云。我首座牧牛也。復云。我首座行脚也。忽一日令撞鐘。三門前接首座。衆皆訝之雲門果至。便請入首座寮。解包。霊樹人号曰知聖禅師。過去未来事皆預知。一日広主劉王。将興兵。躬入院。請師決臧否。霊樹已先知。怡然坐化。広主怒曰。和尚何時得疾。侍者対曰。師不曽有疾。適封一合子。令俟王来呈之。広主開合得一帖子云。人天眼目。堂中首座。広主悟旨。遂寝兵。請雲門出世。住霊樹。後来方住雲門。
書き下し
後来語脈人を接するに、一摸に睦州より脱し出づ。後に陳操尚書の宅に於て住すること三年。睦州指して雪峰の処に往き去らしむ。彼に至つて衆を出でて便ち問ふ、「如何なるか是れ仏」。峰云く、「寐語すること莫れ」。雲門便ち礼拝す。一住三年。雪峰一日問ふ、「子が見処如何」。門云く、「某甲が見処、従上の諸聖と、一糸毫許りも移易せず」。霊樹二十年首座を請ぜず。常に云く、「我が首座生まれたり」。又云く、「我が首座牛を牧す」。復た云く、「我が首座行脚す」。忽ち一日鐘を撞かしめて、三門前に首座を接せしむ。衆皆之を訝る。雲門果して至る。便ち請じて首座寮に入れ、包を解かしむ。霊樹は人号して知聖禅師と曰ふ。過去未来の事皆預め知る。一日広主劉王、将に兵を興さんとし、躬ら院に入つて、師に臧否を決せんことを請ふ。霊樹已に先に知つて、怡然として坐化す。広主怒つて曰く、「和尚何れの時か疾を得たる」。侍者対へて曰く、「師曾て疾有らず。適ま一合子を封じて、王の来るを俟つて之を呈せしむ」。広主合を開いて一帖子を得たり、云く、「人天の眼目、堂中の首座」。広主旨を悟り、遂に兵を寝む。雲門を請じて出世せしめ、霊樹に住せしむ。後来方に雲門に住す。
現代語訳
後に、言葉の運びで人を導くやり方は、そっくり睦州の型から抜け出たものだった。その後、陳操尚書の邸に三年住んだ。睦州は雪峰のもとへ行くよう指し示した。雪峰のところに着くと、大衆の中から出て問うた。「仏とは何か」。雪峰は言った。「寝言を言うな」。雲門はすぐに礼拝した。そこに三年住んだ。雪峰はある日問うた。「そなたの見るところはどうか」。雲門は言った。「私の見るところは、古来の聖者たちと髪の毛一筋ほども違いません」。霊樹は二十年間、首座を迎えなかった。いつも言っていた。「わしの首座が生まれた」。また言った。「わしの首座が牛を牧っている」。さらに言った。「わしの首座が行脚している」。ある日突然、鐘を撞かせて、山門の前で首座を迎えさせた。大衆は皆いぶかった。果たして雲門がやって来た。すぐに首座寮に招き入れ、旅の包みを解かせた。霊樹は人々から知聖禅師と呼ばれ、過去未来の事をみな前もって知っていた。ある日、広州の主である劉王が兵を起こそうとして、自ら寺に来て、師に吉凶を決してもらおうとした。霊樹はすでに先に知っていて、穏やかに坐ったまま亡くなった。広主は怒って言った。「和尚はいつ病になったのか」。侍者は答えて言った。「師は病気ではありませんでした。ちょうど一つの小箱を封じて、王が来るのを待ってお渡しするようにと言いつけられました」。広主が箱を開けると一枚の書き付けがあり、こう書かれていた。「人天の眼目は、堂中の首座なり」。広主はその意を悟って、兵を起こすのをやめた。雲門を請じて世に出させ、霊樹に住まわせた。後になってようやく雲門山に住んだ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『碧巌録』第六則師開堂説法するに、鞠常侍有り、問を致す、「霊樹の果子熟せりや也た未だしや」。門云く、「什麼の年中にか信を得て道ふ、生なりと」。復た劉王昔賣香の客為りし等の因縁を引く。劉王後に霊樹に諡して知聖禅師と為す。霊樹は生生通を失はず、雲門は凡そ三生王と為る、所以に通を失す。一日劉王詔して師を内に入れて過夏せしむ。共に数人の尊宿、皆内人の問訊を受けて説法す。唯だ師一人のみ言はず、亦た人の親近する無し。一直殿使有り、一偈を書して碧玉殿上に貼して云く、「大智修行始めて是れ禅、禅門は黙に宜しく喧に宜しからず。万般の巧説争でか実に如かん、輸却す雲門の総て言はざるに」。
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『碧巌録』第六則雲門初め睦州に参ず。州は旋機電転、直に是れ湊泊し難し。尋常人を接するに、纔かに門を跨げば便ち搊住して云く、「道へ、道へ」。擬議して来らずんば、便ち推出して云く、「秦時の轆轢鑽」。雲門凡そ去いて見ゆ。第三回に至つて、纔かに門を敲けば、州云く、「誰そ」。門云く、「文偃」。纔かに門を開くや便ち跳び入る。州搊住して云く、「道へ、道へ」。門擬議す。便ち推出せられ、門一足門閫の内に在り、州に急に門を合せられて、雲門の脚を拶折す。門痛みを忍んで声を作す、忽然として大悟す。
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『碧巌録』第八十三則雲門大師、八十余員の善知識を出す。遷化の後七十余年、塔を開いて之を観るに、儼然として故の如し。他の見地明白にして、機境迅速なり。大凡そ垂語・別語・代語、直下に孤峻なり。只だ這の公案、石火を撃つが如く、閃電光に似たり、直に是れ神出鬼没なり。慶蔵主云く、「一大蔵教に還た這般の説話有りや」と。如今の人、多く情解上に向つて活計を作して道ふ、「仏は是れ三界の導師、四生の慈父なり。既に是れ古仏ならば、什麼と為てか却つて露柱と相交はる」と。若し恁麼に会せば、卒に摸索不著ならん。有る者は喚んで無中に唱出すと作す。殊に知らず、宗師家の説話は、意識を絶し情量を絶し、生死を絶し法塵を絶し、正位に入つて更に一法をも存せざることを。爾纔かに道理計較を作さば、便ち脚を纏ひ手を纏はん。且く道へ、他の古人の意作麼生。但だ只だ心境一如ならしむれば、好悪是非、他を撼動し得ず。便ち有と説くも也た得、無と説くも也た得、有機も也た得、無機も也た得。這裏に到つては拍拍是れ令なり。五祖先師道ふ、「大小の雲門、元来胆小なり。若し是れ山僧ならば、只だ他に向つて第八機と道はん」と。他道ふ、「古仏と露柱と相交はる、是れ第幾機ぞ」と。一時間且く目前に向つて包裹す。僧問ふ、「未審、意旨如何」。門云く、「一条の絛、三十文にて買ふ」。他に乾坤を定むる底の眼有り。既に人の会する無し、後来自ら代はりて云く、「南山に雲を起こし、北山に雨を下す」と。且く後学の与に箇の入路を通ず。所以に雪竇只だ他の乾坤を定むる処を拈じて人をして見せしむ。若し纔かに計較を犯して箇の鋒鋩を露はさば、則ち当面に蹉過せん。只だ他の雲門の宗旨を原ね、他の峻機を明らめんことを要す。所以に頌出して云く、
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『碧巌録』第二十一則古人道ふ、「仏性の義を識らんと欲せば、当に時節因縁を観ずべし」と。見ずや、雲門挙す、僧、霊雲に問ふ、「仏未だ出世せざる時如何」。雲、払子を竪起す。僧云く、「出世の後如何」。雲亦払子を竪起す。雲門云く、「前頭は打著し、後頭は打不著」。又云く、「出と不出とを説かず、何処にか伊が問ふ時節有らん」と。古人の一問一答は、時に応じ節に応じて、許多の事無し。爾若し言を尋ね句を逐はば、了に交渉無し。爾若し能く言中に言を透得し、意中に意を透得し、機中に機を透得して、放ちて閑閑地ならしめば、方に智門の答話の処を見ん。
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『碧巌録』第六則雲門尋常愛して三字禅を説く、顧鑑咦。又一字禅を説く。僧問ふ、「父を殺し母を殺しては、仏前に懺悔す。仏を殺し祖を殺しては、什麼の処に向つてか懺悔せん」。門云く、「露」。又問ふ、「如何なるか是れ正法眼蔵」。門云く、「普」。直に是れ擬議を容れず。平鋪の処に到つては、又却つて人を罵る。若し一句の語を下せば、鉄橛子の如くに相似たり。後に四哲を出だす。乃ち洞山初・智門寛・徳山密・香林遠、皆大宗師と為る。香林十八年侍者と為る。凡そ他を接するに、只だ「遠侍者」と叫ぶ。遠云く、「喏」。門云く、「是れ什麼ぞ」。此の如くすること十八年、一日方に悟る。門云く、「我今より後更に汝を叫ばず」。雲門尋常人を接するに、多く睦州の手段を用ふ。只だ是れ湊泊を為し難し。釘を抽き楔を抜く底の鉗鎚有り。雪竇道ふ、「我愛す韶陽の新定の機、一生人の与に釘を抽き楔を抜く」。
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『碧巌録』第五十一則雪峰、嶺南に帰りて庵に住す。這の僧も亦た是れ久参底の人なり。雪峰、来たるを見て、手を以て庵門を托し、身を放ちて出でて云く、「是れ什麼ぞ」と。如今有る底は、恁麼に問著せられて、便ち他の語下に去いて咬嚼す。這の僧も亦た怪し、也た只だ他に向かつて「是れ什麼ぞ」と道ふ。峰、低頭して庵に帰る。往往に喚んで無語の会を作し去る。這の僧便ち摸索不著なり。有る底は道ふ、「雪峰、這の僧に一問せられて、直に無語にして庵に帰ることを得たり」と。殊に知らず、雪峰の意に毒害の処有ることを。雪峰便宜を得たりと雖も、争奈せん身を蔵して影を露はすことを。這の僧、後に雪峰を辞し、此の公案を持して、巌頭をして判ぜしむ。既に彼に到るや、巌頭問ふ、「什麼の処よりか来たる」。僧云く、「嶺南より来たる」。頭云く、「曽て雪峰に到るや」。若し雪峰を見んと要せば、只だ此の一問、也た好し急に眼を著けて看よ。僧云く、「曽て到る」。頭云く、「何の言句か有る」。此の語も亦た空しく過ぎず。這の僧暁らず、只管に他の語脈を逐うて転ず。頭云く、「他、什麼とか道ふ」。僧云く、「他、低頭し無語にして庵に帰る」。這の僧殊に知らず、巌頭草鞋を著けて、他の肚皮裏に在つて行くこと幾回ぞ。巌頭云く、「噫、我当初、悔ゆらくは他に末後の句を道はざりしことを。若し他に道はば、天下の人、雪老を奈何ともせじ」。巌頭も也た是れ強を扶けて弱を扶けず。這の僧依旧として黒漫漫地にして、緇素を分かたず、一肚皮の疑ひを懐いて、真箇に「雪峰会せず」と道ふ。夏末に至り、再び前話を挙して巌頭に請益す。頭云く、「何ぞ早く問はざる」。這の老漢、計較生ぜり。僧云く、「未だ敢へて容易にせず」。頭云く、「雪峰は我と同条に生ずと雖も、我と同条に死せず。末後の句を識らんと要せば、只だ這れ是なり」。巌頭太殺だ眉毛を惜しまず。諸人畢竟作麼生か会せん。
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