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碧巌録 / 第四則

德山背却法堂。著草鞋便出去。且道他意作麼生。爾道德山是勝是負。溈山恁麼是勝是負。雪竇著語云。勘破了也。是他下工夫。見透古人聱訛極則處。方能恁麼。不妨奇特。訥堂云。雪竇著兩箇勘破。作三段判。方顯此公案。似傍人斷二人相似。後來這老漢。緩緩地至晚方問首座。適來新到在什麼處。首座云。當時背却法堂。著草鞋出去也。溈山云。此子已後向孤峯頂上。盤結草庵呵佛罵祖去在。且道他意旨如何。溈山老漢不是好心。德山後來呵佛罵祖。打風打雨。依舊不出他窠窟。被這老漢見透平生伎倆。到這裏喚作溈山與他受記得麼。喚作澤廣藏山。理能伏豹得麼。若恁麼且喜沒交涉。雪竇知此公案落處。敢與他斷更道。雪上加霜又重拈起來教人見。若見得去。許爾與溈山德山雪竇同參。若也不見。切忌妄生情解。

新字:徳山背却法堂。著草鞋便出去。且道他意作麼生。爾道徳山是勝是負。溈山恁麼是勝是負。雪竇著語云。勘破了也。是他下工夫。見透古人聱訛極則処。方能恁麼。不妨奇特。訥堂云。雪竇著両箇勘破。作三段判。方顕此公案。似傍人断二人相似。後来這老漢。緩緩地至晩方問首座。適来新到在什麼処。首座云。当時背却法堂。著草鞋出去也。溈山云。此子已後向孤峯頂上。盤結草庵呵仏罵祖去在。且道他意旨如何。溈山老漢不是好心。徳山後来呵仏罵祖。打風打雨。依旧不出他窠窟。被這老漢見透平生伎倆。到這裏喚作溈山与他受記得麼。喚作沢広蔵山。理能伏豹得麼。若恁麼且喜没交渉。雪竇知此公案落処。敢与他断更道。雪上加霜又重拈起来教人見。若見得去。許爾与溈山徳山雪竇同参。若也不見。切忌妄生情解。

書き下し

徳山法堂を背却し、草鞋を著けて便ち出で去る。且く道へ、他の意作麼生。爾道へ、徳山は是れ勝か是れ負か。溈山の恁麼なるは是れ勝か是れ負か。雪竇著語して云く、「勘破し了れり」。是れ他工夫を下して、古人の聱訛極則の処を見透して、方に能く恁麼なり。妨げず奇特なることを。訥堂云く、「雪竇両箇の勘破を著けて、三段の判を作す。方に此の公案を顕す。傍人の二人を断ずるに似て相似たり」。後来這の老漢、緩緩地に晩に至つて方に首座に問ふ、「適来の新到什麼の処にか在る」。首座云く、「当時法堂を背却し、草鞋を著けて出で去れり」。溈山云く、「此の子已後、孤峰頂上に向つて、草庵を盤結して、仏を呵し祖を罵り去ること在らん」。且く道へ、他の意旨如何。溈山老漢是れ好心ならず。徳山後来仏を呵し祖を罵り、風を打ち雨を打つも、依旧として他の窠窟を出でず。這の老漢に平生の伎倆を見透せらる。這裏に到つて喚んで溈山他に受記を与ふと作して得んや。喚んで「沢広ければ山を蔵し、貍能く豹を伏す」と作して得んや。若し恁麼ならば且喜すらくは没交渉。雪竇此の公案の落処を知つて、敢へて他と断じて更に道ふ、「雪上に霜を加ふ」。又重ねて拈起し来つて人をして見せしむ。若し見得し去らば、爾に溈山・徳山・雪竇と同参することを許さん。若し也た見ずんば、切に忌む妄りに情解を生ずることを。

現代語訳

徳山は法堂に背を向け、草鞋を履いてそのまま出て行った。さあ言ってみよ、彼の意はどうなのか。お前たちよ言ってみよ、徳山は勝ったのか負けたのか。溈山のあのありさまは勝ったのか負けたのか。雪竇は著語して言った。「見破った」。これは彼が工夫を重ね、古人の入り組んだ究極のところを見透していたからこそ、このように言えたのである。実に見事である。訥堂は言った。「雪竇は二つの『勘破』を付けて三段の判決を下し、それでこの公案を明らかにした。傍らの人が二人を裁くようなものだ」。その後この老漢(溈山)は、ゆっくりと晩になってようやく首座に問うた。「さっきの新参者はどこにいるか」。首座は言った。「あの時、法堂に背を向け、草鞋を履いて出て行きました」。溈山は言った。「あの男はこの先、孤峰の頂に草庵を結んで、仏を叱り祖師を罵ることになるだろう」。さあ言ってみよ、その意旨はどうか。溈山老漢は好意から言ったのではない。徳山は後に仏を叱り祖師を罵り、風を打ち雨を打つほど暴れたが、相変わらず溈山の巣穴から出られなかった。この老漢に平生の手の内をすっかり見透かされていたのである。ここに至って、溈山が徳山に成仏の予言を与えたと言ってよいか。「沢が広ければ山をも蔵し、山猫でも豹を伏せる」と言ってよいか。もしそうなら、まったく見当違いである。雪竇はこの公案の落ち着きどころを知っていたので、あえて判決を下してさらに「雪の上に霜を加える」と言った。また重ねて取り上げて人に見せたのである。もし見て取れたなら、お前が溈山・徳山・雪竇と肩を並べて参じたと認めよう。もし見えないなら、決してみだりに情による理解を起こしてはならない。

解説

本則評唱の結びである。圜悟は、法堂に背を向けて去った徳山と、動かなかった溈山の勝ち負けを読者に問う。訥堂の評を引き、雪竇は二つの「勘破」で三段の判決を下したのだと説く。溈山が晩になって首座に語った「孤峰頂上で仏祖を叱り罵るだろう」という言葉は好意の予言ではなく、徳山の平生の手の内をすっかり見透かした一言だという。徳山がどれほど暴れても溈山の巣穴を出られないのである。雪竇の「雪上加霜」はその見極めにさらに重ねた判定であり、見えた者は三人と肩を並べると圜悟は結ぶ。現代の働く者には、派手な勝ち方より相手の行く末まで見通す眼の深さこそ本当の強さだと教える一段である。

この章句が説くこと

雪上加霜勘破溈山徳山見極め勝負

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