兵要録抄録 / 忠とは名利を求めぬこと
扶風馬氏曰。爲人臣者。官於君。先後光慶。皆君之德。不思報國。豈忠也哉。愚謂臣之事君也。智盡其心。愚盡其力。而可無他腸矣。如爲利名者。設令一身淸國難。利社稷。其所由者非義。故唯可論其功。而未可稱其忠也。夫忠者。豈惟〻奉命忘身。殉國忘家。會敵犯鋒。臨難死節已矣。在乎行義而不求其名。竭忠而不計其利。保君而不憂辱躬。功成名顯不肯伐。守身愼德。要殉於社稷之安危。而竭人臣之節矣。孟子曰。孰不爲事。事親事之本也。孰不爲守。守身守之本也。若夫事親無孝。則何以忠移於君。何以順移於長。不忠順于君長者。雖有勇材。賢主不容之。若夫守身無實。則焉得而守職衞國。已失其實者。雖盡力。良將不取之。
新字:扶風馬氏曰。為人臣者。官於君。先後光慶。皆君之徳。不思報国。豈忠也哉。愚謂臣之事君也。智尽其心。愚尽其力。而可無他腸矣。如為利名者。設令一身清国難。利社稷。其所由者非義。故唯可論其功。而未可称其忠也。夫忠者。豈惟〻奉命忘身。殉国忘家。会敵犯鋒。臨難死節已矣。在乎行義而不求其名。竭忠而不計其利。保君而不憂辱躬。功成名顕不肯伐。守身慎徳。要殉於社稷之安危。而竭人臣之節矣。孟子曰。孰不為事。事親事之本也。孰不為守。守身守之本也。若夫事親無孝。則何以忠移於君。何以順移於長。不忠順于君長者。雖有勇材。賢主不容之。若夫守身無実。則焉得而守職衛国。已失其実者。雖尽力。良将不取之。
書き下し
扶風の馬氏曰く、人臣爲る者、君に官し、先後の光慶は皆君の德なり。報國を思はずんば、豈に忠ならんやと。愚謂へらく、臣の君に事ふるや、智は其の心を盡くし、愚は其の力を盡くして、他腸無かるべし。利名を爲す者の如きは、設令ひ一身國難を淸め社稷を利するとも、其の由る所義に非ず。故に唯だ其の功を論ずべくして、未だ其の忠を稱すべからざるなり。夫れ忠とは、豈に惟〻命を奉じて身を忘れ、國に殉じて家を忘れ、敵に會して鋒を犯し、難に臨みて節に死するのみならんや。義を行ひて其の名を求めず、忠を竭くして其の利を計らず、君を保ちて躬を辱むるを憂へず、功成り名顯るれども伐るを肯ぜず、身を守り德を愼み、社稷の安危に殉ぜんことを要して、人臣の節を竭くすに在り。孟子曰く、孰れか事と爲さざる、親に事ふるは事の本なり。孰れか守と爲さざる、身を守るは守の本なりと。若し夫れ親に事へて孝無くんば、則ち何を以て忠を君に移し、順を長に移さん。君長に忠順ならざる者は、勇材有りと雖も、賢主は之を容れず。若し夫れ身を守るに實無くんば、則ち焉んぞ職を守り國を衞るを得ん。已に其の實を失ふ者は、力を盡くすと雖も、良將は之を取らず。
現代語訳
扶風の馬氏は言いました。臣下は君に仕えて官となり、その前後の栄誉はすべて君の徳によるものである。国に報いることを思わないなら、どうして忠と言えようか、と。私が思うに、臣が君に仕えるときは、賢い者は心を尽くし、愚かな者は力を尽くして、二心があってはなりません。利や名のために動く者は、たとえ一身で国難を払い国家に利益をもたらしても、その動機が義でないため、功は論じられても忠とは称えられません。忠とは、命を受けて身を忘れ、国に殉じて家を忘れ、敵に会って刃を冒し、難に臨んで節に死ぬことだけではありません。義を行って名を求めず、忠を尽くして利を計らず、君を守って自分が辱められることを憂えず、功が成り名が顕れても誇らず、身を守り徳を慎み、国家の安危に殉じようとして、臣下の節を尽くすことにあります。孟子は、どんなことも務めであるが、親に仕えるのが務めの根本である。どんなことも守りであるが、自分の身を守るのが守りの根本である、と言いました。もし親に仕えて孝がなければ、どうして忠を君に移し、従順さを目上に移せるでしょうか。君や目上に忠順でない者は、勇気や才があっても賢い君主は受け入れません。もし身を守ることに実がなければ、どうして職を守り国を守れるでしょうか。すでに実を失っている者は、力を尽くしても良将は取り立てません。
解説
この章句が説くこと
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『武士道』第九章 忠節・忠と孝の衝突平家物語の作者は、小松内府の父清盛の暴虐を憂ふるの条に至り、惻然として、『悲しきかな、君の御為に奉公の忠を致さんとすれば、迷盧八万の巓よりもなほ高き父の恩、たちまちに忘れんとす。いたましきかな、不孝の罪を遁れんとすれば、君の御為には既に不忠の逆臣ともなりぬべし、進退これ谷れり』と歎ぜり。哀れむべし重盛、彼れ後、霊性の誠を披いて死を天に祈り、純潔正義の宿するに難き此塵世を出離せんことを願ふを見るに非らずや。義理と人情との衝突によりて心破れたるもの、古来其人多し、あに独り重盛のみならんや。シェイクスピアも将た旧約全書も、孝を説いて未だ明かなるものあるを見ず。然るに一旦此の衝突の起るや、武士道は孝を捨てて寧ろ忠を取るに遅疑せず。しかのみならず、女子も亦た敢て其子を励まして君主の為に死せしむ。
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『童子問』卷中問ふ、忠と孝と孰れか重き。曰く、軽重無し。君親躰均しく、恩義相倚る。其の親に孝なる者は、必ず其の君に忠なり。其の君に忠なる者は、必ず其の親に孝なり。未だ其の親に孝ならずして、能く其の君に忠なる者有らざるなり。又未だ其の君に忠ならずして、能く其の親に孝なる者有らざるなり。故に孔子曰く、孝を以て君に事ふれば、則ち忠なりと。又曰く、忠臣を孝子の門に求むと。世俗多く忠孝両全する能はずと言ふ。此の言を為す者は、蓋し其の一を勤めて、其の一を緩くせんと欲する意有り。若し不孝の子に非ざれば、必ず是れ不忠の臣なり。不孝の子は人に非ず、不忠の臣も亦人に非ず。之を戒めよ、之を戒めよ。欧陽子曰く、君に在りては則ち君の為にし、親に在りては則ち親の為にすと。此の言之を得たり。
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『武士道』第九章 忠節・支那は孝を本とし日本は忠を本とす此れと等しく、日本人の懐抱する如き忠節は、国を異にして之を頌するものの、ほとんど稀なるを見ん。然れども此れ、吾人の観念の非なるが故にあらずして、却つて彼れにありては既に之を忘却せるが故にして、又た日本人の忠節の念に深厚なるは、他国の未だ容易に企及する能はざるものあるが為なるなからんか。グリフィス氏が、支那に在りては孔教は孝を以て百行の基と為し、日本に在りては忠を以て本と為す、と説けるは真に然り。予は今ここに、読者の或は吃驚酸鼻すべきを顧みず、シェイクスピアの所謂『落魄の主君に仕へて艱苦をつぶさにし』、以て『稗史に名を得たる』忠臣の物語を叙せん。其物語は、我国史を飾れる清廉高義の人格、菅原道真を寓せるものなり。
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