兵要録抄録 / 義に安んじて勇を養う
凡守身之道。唯〻是求心安而已。不義之祿。無功之賞。受之不快矣。不虞之譽。不當之任。處之不安矣。見義不爲。則羞無勇之非。死節不敢。則憂罷軟之辱。作事不忠。則得素餐之譏。隱惡已犯。則有敗露之恐。故其心不降。常懷不平矣。且一朝之忿忘其義。一時之利廢其恩。而爲忠臣義士所指議。雖顏厚之士。豈堪其辱哉。況天誅之格。不可度。何得心安矣。夫爲士者。常爲理義捨生忘利。則獨於心莫所羞。不亦快乎。計較利害者。人之常情也。知趨利避害。而不看義當爲不當爲。則騷騷然。流荒於自家利便處。自私而無所不到也。未有如此而不廢恩而後君。背義而引寇者也。唯〻知義安處便爲利。不義是爲害者。庶乎不變于危難。不陷于利誘矣。言行已失。而不可逐。當先愼其機於心。事前不決。則不當機。當先戒其急於常。夫養勇也。配義與直。則獲中正矣。徒助長。則以其積氣太浮畏心漸掩。變作麤暴也。人麤暴。則最爲害事。良將之所不取也。人能養成這箇勇義。則雖未應戰。其心勇決無所疑懼。或未免於疑懼者。養之不充也。恐臨事不得果敢。
新字:凡守身之道。唯〻是求心安而已。不義之禄。無功之賞。受之不快矣。不虞之誉。不当之任。処之不安矣。見義不為。則羞無勇之非。死節不敢。則憂罷軟之辱。作事不忠。則得素餐之譏。隠悪已犯。則有敗露之恐。故其心不降。常懐不平矣。且一朝之忿忘其義。一時之利廃其恩。而為忠臣義士所指議。雖顔厚之士。豈堪其辱哉。況天誅之格。不可度。何得心安矣。夫為士者。常為理義捨生忘利。則独於心莫所羞。不亦快乎。計較利害者。人之常情也。知趨利避害。而不看義当為不当為。則騷騷然。流荒於自家利便処。自私而無所不到也。未有如此而不廃恩而後君。背義而引寇者也。唯〻知義安処便為利。不義是為害者。庶乎不変于危難。不陥于利誘矣。言行已失。而不可逐。当先慎其機於心。事前不決。則不当機。当先戒其急於常。夫養勇也。配義与直。則獲中正矣。徒助長。則以其積気太浮畏心漸掩。変作麤暴也。人麤暴。則最為害事。良将之所不取也。人能養成這箇勇義。則雖未応戦。其心勇決無所疑懼。或未免於疑懼者。養之不充也。恐臨事不得果敢。
書き下し
凡そ身を守るの道は、唯〻是れ心の安きを求むるのみ。不義の祿、無功の賞は、之を受けて快からず。不虞の譽れ、不當の任は、之に處りて安からず。義を見て爲さざれば、則ち無勇の非を羞づ。節に死すること敢へてせざれば、則ち罷軟の辱めを憂ふ。事を作して忠ならざれば、則ち素餐の譏りを得。惡を隱して已に犯せば、則ち敗露の恐れ有り。故に其の心降らず、常に不平を懷く。且つ一朝の忿りに其の義を忘れ、一時の利に其の恩を廢して、忠臣義士の指議する所と爲らば、顏厚の士と雖も、豈に其の辱めに堪へんや。況んや天誅の格るは度るべからざるをや。何ぞ心安きを得んや。夫れ士爲る者、常に理義の爲に生を捨て利を忘るれば、則ち獨り心に羞づる所莫し、亦た快からずや。利害を計較するは人の常情なり。利を趨り害を避くるを知りて、義の當に爲すべきと當に爲すべからざるとを看ざれば、則ち騷騷然として自家の利便の處に流荒し、自私して到らざる所無し。未だ此の如くにして恩を廢して君を後にし、義に背きて寇を引かざる者有らざるなり。唯〻義に安んずる處を知りて便ち利と爲し、不義を是れ害と爲す者は、庶くは危難に變ぜず、利誘に陷らざらん。言行已に失すれば逐ふべからず。當に先づ其の機を心に愼むべし。事前に決せざれば、機に當たらず。當に先づ其の急を常に戒むべし。夫れ勇を養ふや、義と直とに配すれば、則ち中正を獲。徒らに助長すれば、則ち其の積氣太だ浮にして畏心漸く掩はれ、變じて麤暴と作る。人麤暴なれば、則ち最も事を害す。良將の取らざる所なり。人能く這箇の勇義を養成すれば、則ち未だ戰に應ぜずと雖も、其の心勇決にして疑懼する所無し。或いは未だ疑懼を免れざる者は、養ふこと充たざるなり。恐らくは事に臨みて果敢を得ず。
現代語訳
身を守る道は、ただ心の安らぎを求めることです。不義の禄や功のない賞は、受けても快くありません。思いがけない誉れや不相応な任務に就いても、落ち着きません。義を見て行わなければ、勇気がないことを恥じます。節に死ぬことをしなければ、軟弱の辱めを憂えます。仕事を忠実にしなければ、ただ飯食いの非難を受けます。悪事を隠して犯せば、露見する恐れがあります。そのため心は晴れず、いつも不満を抱きます。まして一朝の怒りで義を忘れ、一時の利益で恩を捨て、忠臣義士に非難されるなら、厚顔の者でもその辱めに耐えられるでしょうか。ましてや天罰がいつ下るかは測れません。どうして心が安らぐでしょうか。士たる者が、常に道理と義のために命を捨て利を忘れるなら、心に恥じるところは何もなく、実に爽快ではないでしょうか。利害を比べるのは人の常の情です。利に走り害を避けることだけを知り、義として行うべきか否かを見ないなら、ざわざわと落ち着かず、自分の都合のよい所へさまよい流れ、私利のために行かない所はなくなります。そうなると、恩を捨てて君を後回しにし、義に背いて外敵を引き入れないような人はいません。義に安んじるところを利とし、不義を害とする者だけが、危難にも変わらず、利益の誘いにも陥らないでしょう。言葉や行いを一度失えば取り戻せません。まず心の中でその兆しを慎むべきです。事前に決めておかないと、いざというとき機に合いません。まず日頃から、その急な場面を戒めておくべきです。勇気を養うには、義と正直さに結びつければ、中正を得ます。ただ勢いを助長するだけでは、積もった気が浮ついて恐れの心がだんだん覆い隠され、粗暴に変わります。人が粗暴になれば最も事を害し、良将が採らないところです。この勇と義を養い育てれば、まだ戦に臨まなくても、心は勇ましく決然として疑いや恐れがありません。もし疑いや恐れを免れないなら、養う努力が足りないのです。恐らくは事に臨んで果断にできないでしょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武人訓抄録』・勇を養うは仁義に配す一勇は疑憚を決する所以なり、蓋し血戰勇鬪の士は、唯藝に熟し術に長じ、甲堅く兵利におゐては、其餘闕事多しといへども、既に足れるがごとし、然れども一勇不具ものは、危難に至りて不變事かたく、利誘に及びて不陷事まれなり、勇は戰士の根本たり、其是を養ふの術、よく〱仁義に配して其中正を得べし、徒に助長する時は變じて麁暴となる、麁暴なる時は、尤事を害する事あり、人よく此勇を養ひ成ときは、未應戰といへども、其心勇決して懼憚ところなし、誠に勇を養ふは戰士の急務たり、學者よろしく察せらるべし、
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『兵要録抄録』・義なき勇は猛獣と同じ勇、義に配せざれば、則ち唯〻血氣に屬し、養ひて益〻强狠なり。夫れ惟〻强狠にして義無し、故に利に趨き害を避けて、恥を用ふる所無し。此は權勢に依れば則ち之を驅るべし。困危に遇へば則ち之を恃むべからず。夫れ人若し玆の若くんば、則ち虎狼と奚ぞ擇ばん。虎狼の性は、猛にして力有り。其の蟄に遇ひ邑に入るや、人を擇びて食ふ。走りて嵎を負へば、敢へて攖るもの莫し。人皆猛獸の威を懼る。其の陷阱に獲らるるに至りては、其の爪を剪り、其の足を縻ぎ、呼べば隨ひ、嗾ければ走り、食を人に需むる者は、彼の貓兒狗子と以て異なる無きなり。士爲る者、義無く智無くんば、則ち膽氣壯健なりと雖も、其の賤劣、安んぞ是に異ならんや。
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『兵要録抄録』・文武の六徳と信夫れ兵士の職爲る、文德を崇び、武義を養ひ、身を致し忠を竭くし、國の干城と爲るに在り。蓋し文武は猶ほ表裏のごとし。偏廢すれば則ち以て士道を盡くすに足らず。鳥の翔るに兩翼の擊ち有り、車の行くに兩輪の轉ずる有り、士德に文武の成る有るがごとし。故に曰く、兵は武を以て植と爲し、文を以て種と爲す。如し其の穀種を獲ざれば、何を以て栽植せんと。仁と禮とは文德なり。義と勇とは武德なり。德の行はるる所以を知るは智なり。之を行ひに誠にするは信なり。這箇の六德は、外より將ち來たり做し去くに非ず。性の固有する所にして心に具はる。這の心や、操れば則ち存し、舍てば則ち亡ぶ。士若し武に於いて舍つる所あらば、則ち議するに足らず。文に於いて或いは舍てて脩めざれば、則ち亦た以て士と爲すに足らず。信は文武の樞紐なり。若し信無ければ、則ち仁者は姑息に止まり、禮者は諂諛に流れ、智者は譎詐を文り、義者は任俠を事とし、勇者は暴賊に陷る。共に德に非ざるなり。夫れ士信有りて後、治まれば則ち敎化を佐くべく、亂るれば則ち民害を除くべし。乃ち以て國の衞と爲るに足る。凡そ士、節を守り死を致し、其の志義爲る者は上なり、名爲る者は次なり。本朝の士風は甚だ名を貪る。故に或いは誤認して名を要むるを以て義と爲す者あり。蓋し義を行ひて名を成す者は善なり。名を要めて功を成す者は卑し。況んや其の志專ら利祿に在る者をや。戰功有りと雖も、亦た以て士と爲すに足らず。名を羞づるは義に近し、羞づとは己を責むるなり。名を求むるは義に遠し、求むとは心外に在るなり。故に多方に管して、虛套に倣ひ、專ら粉飾を事とし、實事日に偸まる。安んぞ待たんや而の求むる所の者の至るを。所謂、全きを求むるの毀り有りとは是れなり。
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『文武訓』武訓下いかなる大事にのぞんでも、かたく此道を守り、心を動かすべからず。勇気をふるひおこして、強敵に俄にあひてたたかふとも、心をしづかにしてうごかすべからず。勇者は、其かうべをうしなふと此道をわすれずして、心にかなしみうれふべからず。死にのぞんでもおそるまじき理をあきらめ、平生勇気をやしなふべし。義ありて性剛強なる人は、此志をたもちやすし。柔弱なる人も、常に義をたつとび、此志を保ちて失はざるべし。士の子も、わかき時より武勇に志なければ、節にのぞんで心つたなくして恐る。四民ともに、常に気を養ひて、心をうごかさざる工夫をわするべからず。気の強弱は、人の生れつきによれども、勇にして節義を守る志は忘るべからず。勇者はおそれず。又、勇士は、其かうべをうしなふにわすれずとは、死にのぞむまで、この義を守る志をわすれずとなり。
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『武訓』下・第11段士となる者、平生は、溫厚和平にして、いかりをおさへ、色をはげしくすべからず。みづから樂しみ、人を愛すべし。されども、常に志をたもち氣を養ひて、義理にいさむべし。變にあひては、平生の志を守りて、勇剛を失ふべからず。いかなる大事にのぞんでも、かたく此の道を守り、心を動かすべからず。勇氣をふるひおこして、强敵に俄にあひてたゝかふとも、心をしづかにしてうごかすべからず。勇者は、其のかうべをうしなふとも、此の道をわすれずして、心にかなしみうれふべからず。死にのぞんでもおそるまじき理をあきらめ、平生勇氣をやしなふべし。義ありて性剛强なる人は、此の志をたもちやすし。柔弱なる人も、常に義をたつとび、此の志をたもちて失はざるべし。士の子も、わかき時より、武勇に志なければ、節にのぞんで、心つたなくしておそる。四民ともに、常に氣を養ひて、心をうごかさゞる工夫をわするべからず。氣の强弱は、人の生れつきによれども、勇にして節義を守る志は忘るべからず。勇者は、おそれず。又、勇士は、其のかうべをうしなふにわすれずとは、死にのぞむまで、此の義を守る志をわすれずとなり。
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『兵要録抄録』・忠とは名利を求めぬこと扶風の馬氏曰く、人臣爲る者、君に官し、先後の光慶は皆君の德なり。報國を思はずんば、豈に忠ならんやと。愚謂へらく、臣の君に事ふるや、智は其の心を盡くし、愚は其の力を盡くして、他腸無かるべし。利名を爲す者の如きは、設令ひ一身國難を淸め社稷を利するとも、其の由る所義に非ず。故に唯だ其の功を論ずべくして、未だ其の忠を稱すべからざるなり。夫れ忠とは、豈に惟〻命を奉じて身を忘れ、國に殉じて家を忘れ、敵に會して鋒を犯し、難に臨みて節に死するのみならんや。義を行ひて其の名を求めず、忠を竭くして其の利を計らず、君を保ちて躬を辱むるを憂へず、功成り名顯るれども伐るを肯ぜず、身を守り德を愼み、社稷の安危に殉ぜんことを要して、人臣の節を竭くすに在り。孟子曰く、孰れか事と爲さざる、親に事ふるは事の本なり。孰れか守と爲さざる、身を守るは守の本なりと。若し夫れ親に事へて孝無くんば、則ち何を以て忠を君に移し、順を長に移さん。君長に忠順ならざる者は、勇材有りと雖も、賢主は之を容れず。若し夫れ身を守るに實無くんば、則ち焉んぞ職を守り國を衞るを得ん。已に其の實を失ふ者は、力を盡くすと雖も、良將は之を取らず。

人生を、一行の式にしてみた。
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