兵術要訓抄録 / 心の修行と勇
平常心の修行をする時は眞劔といへども恐るゝヿなく心靜る也、又心の修行とは、第一勇を固めて臆を去る、第二捨身其外傳あり、不動心の術者の敵を受ずんば知れがたし、勇を固るとは、山林墓所森川妖怪出る處などへ往き終夜こもるヿなり、是に傳ありといへども、傳を不知とも修すれば德あり、君子は危きに近よらずと云事あれば、道に逆ふやう思ふ人も有べし、然れども危きを遁んためと、敵に勝て大功を立、忠を立ん爲の事にして、君子の道に違ふヿなし、扨又心の行は師傳なくてはならざれども、此書心の道理を說し書なれば、此書の理をよく合點し、我心を此書の通りになるやうに常々修する時は、是則心の修行にて、終に不動心の塲に至るべし、
新字:平常心の修行をする時は真剣といへども恐るゝヿなく心静る也、又心の修行とは、第一勇を固めて臆を去る、第二捨身其外伝あり、不動心の術者の敵を受ずんば知れがたし、勇を固るとは、山林墓所森川妖怪出る処などへ往き終夜こもるヿなり、是に伝ありといへども、伝を不知とも修すれば徳あり、君子は危きに近よらずと云事あれば、道に逆ふやう思ふ人も有べし、然れども危きを遁んためと、敵に勝て大功を立、忠を立ん為の事にして、君子の道に違ふヿなし、扨又心の行は師伝なくてはならざれども、此書心の道理を説し書なれば、此書の理をよく合点し、我心を此書の通りになるやうに常々修する時は、是則心の修行にて、終に不動心の塲に至るべし、
書き下し
平常心の修行をする時は眞劔といへども恐るゝヿなく心靜る也、又心の修行とは、第一勇を固めて臆を去る、第二捨身其外傳あり、不動心の術者の敵を受ずんば知れがたし、勇を固るとは、山林墓所森川妖怪出る處などへ往き終夜こもるヿなり、是に傳ありといへども、傳を不知とも修すれば德あり、君子は危きに近よらずと云事あれば、道に逆ふやう思ふ人も有べし、然れども危きを遁んためと、敵に勝て大功を立、忠を立ん爲の事にして、君子の道に違ふヿなし、扨又心の行は師傳なくてはならざれども、此書心の道理を說し書なれば、此書の理をよく合點し、我心を此書の通りになるやうに常々修する時は、是則心の修行にて、終に不動心の塲に至るべし、
現代語訳
平常心の修行をすれば、真剣の場でも恐れることがなく、心が静まります。また心の修行とは、第一に勇を固めて臆する心を去ること、第二に身を捨てることです。そのほかにも伝があります。不動心の術者の敵に会わなければ知りにくいものです。勇を固めるとは、山林や墓所、森や川など妖怪の出る所へ行って、夜通しこもることです。これにも伝がありますが、伝を知らなくても修行すれば得るところがあります。君子は危うきに近寄らずというのだから、道に逆らうように思う人もいるでしょう。しかし、それは危ういところを逃れるためではなく、敵に勝って大功を立て、忠を尽くすための事ですから、君子の道に違うことはありません。さらに、心の修行は師伝がなくてはできませんが、この書は心の道理を説いた書ですから、この書の理をよく納得し、自分の心をこの書のとおりになるように常々修めるならば、それがすなわち心の修行であり、ついには不動心の境地に至るでしょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『養生訓』巻第一・総論上君子の道は、時宜にかなひ、事変に随ふをよしとす。たとへば夏はかたびらを著、冬はかさねぎするが如し。一時を常として一偏にかかはるべからず。殊に常の時身を養ひて堅固に保たずんば、大節にのぞんで、強く戦をはげみて命を捨つる事、身よわくしては成りがたかるべし。故に常の時よく気を養はば、変にのぞんで勇あるべし。
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『文武訓』武訓上一張南軒曰く、君子は難を避けず。亦難に預からず。此意は、不慮にのがれがたき難に臨みて、其場をはづして身をのがるるは怯し、義にあらず。是難を去らざるなり。難にあふとも、難を避けて身をのがるべからず。又、我が身にあづからざる事にわざと出合ひて、難にあづかるは愚なり。此二は共に理にあたらず、勇にあらず。されば身を捨つることはやすけれど、捨ててかひありて理にあたることはかたし。道理にそむきて、死ぬまじき時に死し、あたら命をすつるは愚なりといふべし。死ぬべき時に死なざるは、不義といふ故に、死ぬべからざる時に死して身を失ひ、死ぬべき時に死なずして義を失ふも、共に勇にあらず、理にそむけり。
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『翁問答』上卷之末体充問曰、勇に仁義の勇、血気の勇とて二つありと承り候、いかやうなる差別にておはしまし候や。師の曰、明徳の明なる君子は、義理を守り道を行ふ外には毛頭ねがふことなく、欲心の迷ひ少しもなき故に、義理をたて道を行ひ、主親の為に命をおしまざること、破れたる履を捨つるが如くなれば、毛頭死をおそれ生をむさぼる心なし、しかる故に天地の間に何にても恐るべきものなし、千万人の敵にあひても虎狼の狐狸に向へる如く、すこしも恐るゝ心なし、おそるゝことなきがけなげの至極にて候、明徳の仁義明なればこの勇仁義のうちに自ら備はりて、あるものなるに由て仁義の勇といふ也、此の如く天下に敵なき至大なる勇なれば、また大勇とも名けたり、前に論ずる真実の武が即ち此大勇なり、
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『五常訓』巻之四・義一子路問へり、君子は勇をたふとぶやと。子路は勇をこのむ人なれば、かくは問へり。孔子こたへて曰、君子は義をたふとぶ。位ある君子、もし勇のみありて義なければ、其力にまかせて反逆をなし、乱をおこす。位なく賤しき小人、もし勇のみにして義なければ、其力あるをたのみて、盗賊をなす。凡勇は、気に力ありて、人をおそれざるを云ふ。力を恃みて義無ければ、かくの如し。義は事の主なり。義を以て事を行へば、其事正し。義なくして事を行へば、其事皆邪なり。勇はまことに善をなすべき力なり。義を以て勇を行へば、其勇貴ぶべし。治世には、其力を以て善をなし、乱世には、其力を以て、武を行ひ、敵をうち、乱をしづむ。是皆義を以て勇を行ふ徳なり。まことに貴ぶべし。もし義なくして勇を用ふれば、かへりて道にそむき、物を害す。たとへば刀を以て敵をきり、悪人を殺すは義なり。刀を以て罪なき人をきるは、暴悪と狂乱となり。
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『童子問』卷下問ふ、曾子子襄に語りて曰く、自ら反みて縮ければ、千万人と雖も吾往かんと。夫子史魚を称して曰く、直なるかなと。亦前に論ずる所と相反す。如何。曰く、是れ勇の為なり。勇は義の発なり。義は聖人の大用なり。然れども義を好む者は必ず命を犯し、命を言ふ者は義を尽くさず。義命合一する、是れを君子の全徳と為す。大勇有り大義有りて、韜晦含蔵し、形跡を露さざる者に非ざれば、則ち与に君子の域に入るに足らず。是れ学問の準的と為す。区区たる諸生の能く識る所に非ざるなり。故に至道は竝び行はれて相悖らずして、学問の極功と為る。難いかな。
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『肝要工夫録』・欲を去り義に座す血氣にはやる者は不義の爲に、大切の一命を捨つるの不道をも仕出すか、又は外剛强にして、內に臆病を構ふるかにて、血氣は聖賢の憎む所なり。勇の正體を得むと思はゞ、先づ欲を去るべし。身を惜むの欲ある故に、臆病が出るなり。此欲を取つて除るときは、雷が落やうが、天狗がさらはふが、狐狸が化さふが、幽靈が出やうが、生靈死靈が取つかふが、千萬の大敵が來たらふが、其者どもの勝手次第にて、我は泰然として、我が義理に安坐するのみ。如此に心得るときは、凡そ天地の間に恐るべきものは義理より外に、一つもなく、誠に大剛の者となるべき事なれば、日夜義理に安坐して、大剛を以て、私欲に勝ち、人たるの道を仕遂ぐる工夫こそ、肝要の事なれ。

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