養生訓 / 巻第一・総論上
君子の道は、時宜にかなひ、事變に隨ふをよしとす。たとへば夏はかたびらを著、冬はかさねぎするが如し。一時を常として一偏にかゝはるべからず。殊に常の時身を養ひて堅固に保たずんば、大節にのぞんで、强く戰をはげみて命を捨つる事、身よわくしては成りがたかるべし。故に常の時よく氣を養はば、變にのぞんで勇あるべし。
新字:君子の道は、時宜にかなひ、事変に随ふをよしとす。たとへば夏はかたびらを著、冬はかさねぎするが如し。一時を常として一偏にかゝはるべからず。殊に常の時身を養ひて堅固に保たずんば、大節にのぞんで、強く戦をはげみて命を捨つる事、身よわくしては成りがたかるべし。故に常の時よく気を養はば、変にのぞんで勇あるべし。
書き下し
君子の道は、時宜にかなひ、事変に随ふをよしとす。たとへば夏はかたびらを著、冬はかさねぎするが如し。一時を常として一偏にかかはるべからず。殊に常の時身を養ひて堅固に保たずんば、大節にのぞんで、強く戦をはげみて命を捨つる事、身よわくしては成りがたかるべし。故に常の時よく気を養はば、変にのぞんで勇あるべし。
現代語訳
君子の道は、時宜にかない、事の変化に従うことをよしとします。たとえば夏には帷子を着て、冬には重ね着をするようなものです。一時のことを常として、一方にこだわってはなりません。とくに、平常の時に身を養って堅固に保っていなければ、大節に臨んで強く戦に励んで命を捨てることも、身が弱くては成しがたいでしょう。ですから平常の時によく気を養っておけば、変に臨んで勇気があるでしょう。
解説
前条の続きで、平時に養生しておくことこそ、非常時に義を尽くす条件だと結論づけます。夏は帷子、冬は重ね着というたとえは、状況に応じて振る舞いを変える君子の柔軟さを示しています。体が弱っていては、いざという時に踏ん張れません。災害時の救援や、家族の看病、仕事の山場など、力を振り絞る場面は誰にでも訪れます。そのための体力と気力は、何事もない日々の中で蓄えるものだという教えです。
この章句が説くこと
勇気君子時宜養生
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