兵法家伝書 / 新陰流外物進履橋松明ともし樣
松明抔ともし樣 一 たいまつちやうちん抔ともし樣の事。右にても左にてもともし候方のこぶし隱れ候程に、手拭にても何にても少しかさ有る樣にいたし候得ば向ふは見え候て、手前はくらく成物にて候。がん盜ちやうちんと申す有之物にて候。御存可有候。右ちやうちんは張ぬきにいたし候て、常の長ちんよりは少し小さく長ちんの底を明候て內のからくりは廻り香爐などのごとくに致候て、常ちやうちんのごとくとほし候得ば、下わづか一尺四五寸二尺斗の程光り候て、脇へは少もひかり出申さず。夫をともし候方を持候て下をさきにむけ橫になし候へば、むかふ遠き程光りつよく、手前は一圓に見えず、不思議なる物にて候。昔曾我兄弟富士のすそ野にて夜討の時、敵は松明の事は不及沙汰、簔笠傘等に火をつけ差出候故、成程能くあかりに候へども、曾我の者共は小柴垣を前にとり、くらがりより出て切合候故、思の外利を得、大勢に手を負せ候と見え申候。ケ樣の儀を能々心付べき事にて候。
新字:松明抔ともし様 一 たいまつちやうちん抔ともし様の事。右にても左にてもともし候方のこぶし隠れ候程に、手拭にても何にても少しかさ有る様にいたし候得ば向ふは見え候て、手前はくらく成物にて候。がん盗ちやうちんと申す有之物にて候。御存可有候。右ちやうちんは張ぬきにいたし候て、常の長ちんよりは少し小さく長ちんの底を明候て内のからくりは廻り香炉などのごとくに致候て、常ちやうちんのごとくとほし候得ば、下わづか一尺四五寸二尺斗の程光り候て、脇へは少もひかり出申さず。夫をともし候方を持候て下をさきにむけ横になし候へば、むかふ遠き程光りつよく、手前は一円に見えず、不思議なる物にて候。昔曽我兄弟富士のすそ野にて夜討の時、敵は松明の事は不及沙汰、簔笠傘等に火をつけ差出候故、成程能くあかりに候へども、曽我の者共は小柴垣を前にとり、くらがりより出て切合候故、思の外利を得、大勢に手を負せ候と見え申候。ケ様の儀を能々心付べき事にて候。
書き下し
松明抔ともし樣 一 たいまつちやうちん抔ともし樣の事。右にても左にてもともし候方のこぶし隱れ候程に、手拭にても何にても少しかさ有る樣にいたし候得ば向ふは見え候て、手前はくらく成物にて候。がん盜ちやうちんと申す有之物にて候。御存可有候。右ちやうちんは張ぬきにいたし候て、常の長ちんよりは少し小さく長ちんの底を明候て內のからくりは廻り香爐などのごとくに致候て、常ちやうちんのごとくとほし候得ば、下わづか一尺四五寸二尺斗の程光り候て、脇へは少もひかり出申さず。夫をともし候方を持候て下をさきにむけ橫になし候へば、むかふ遠き程光りつよく、手前は一圓に見えず、不思議なる物にて候。昔曾我兄弟富士のすそ野にて夜討の時、敵は松明の事は不及沙汰、簔笠傘等に火をつけ差出候故、成程能くあかりに候へども、曾我の者共は小柴垣を前にとり、くらがりより出て切合候故、思の外利を得、大勢に手を負せ候と見え申候。ケ樣の儀を能々心付べき事にて候。
現代語訳
松明などを灯しようのことです。一、松明や提灯などを灯しようのこと。右手でも左手でも、灯す方の拳が隠れるほどに、手拭いでも何でも少しかさのあるものを当てておけば、向こうは見えて、手元は暗くなるものです。「がん盗提灯」というものがあります。ご存じでしょう。この提灯は張り抜きにして、ふつうの長提灯よりは少し小さく、長提灯の底を開けて、内のからくりは回り香炉などのようにして、ふつうの提灯のように灯せば、下のわずか一尺四、五寸から二尺ほどのあいだが光り、脇へは少しも光が出ません。それを灯す方を持って下を先に向け、横にすれば、向こうの遠いところほど光が強く、手元は一円に見えず、不思議なものです。昔、曽我兄弟が富士の裾野で夜討ちをした時、敵は松明のことは言うまでもなく、蓑や笠、傘などに火を付けて差し出したので、なるほどよく明るかったのですが、曽我の者たちは小柴垣を前にして、暗がりから出て斬り合ったので、思いのほか利を得て、大勢に手傷を負わせたと見えます。このようなことをよくよく心に付けるべきです。
解説
この章句が説くこと
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