兵法家伝書 / 無刀之卷江口の遊女の哥心とどめぬ
兵法の佛法にかなひ、禪に通ずる事多し、中に殊更着をきらひ、毎物にとゞまる事をきらふ尤是親切の所也、とゞまらぬ處を簡要とする也、江口の遊女の西行法師の哥に答へし哥 家を出る人としきけばかりの宿に心とむなとおもふばかりぞ 兵法に此哥の下の句をふかく吟味して、しからんか、如何様の祕傳を得て手を遣ふとも、其手に心がとゞまらば兵法は負べし、敵のはたらきにも、我手前にも、きつてもついても其所々にとゞまらぬ、心の稽古專用也
新字:兵法の仏法にかなひ、禅に通ずる事多し、中に殊更着をきらひ、毎物にとゞまる事をきらふ尤是親切の所也、とゞまらぬ処を簡要とする也、江口の遊女の西行法師の歌に答へし歌 家を出る人としきけばかりの宿に心とむなとおもふばかりぞ 兵法に此歌の下の句をふかく吟味して、しからんか、如何様の秘伝を得て手を遣ふとも、其手に心がとゞまらば兵法は負べし、敵のはたらきにも、我手前にも、きつてもついても其所々にとゞまらぬ、心の稽古専用也
書き下し
兵法の佛法にかなひ、禪に通ずる事多し、中に殊更着をきらひ、毎物にとゞまる事をきらふ尤是親切の所也、とゞまらぬ處を簡要とする也、江口の遊女の西行法師の哥に答へし哥 家を出る人としきけばかりの宿に心とむなとおもふばかりぞ 兵法に此哥の下の句をふかく吟味して、しからんか、如何様の祕傳を得て手を遣ふとも、其手に心がとゞまらば兵法は負べし、敵のはたらきにも、我手前にも、きつてもついても其所々にとゞまらぬ、心の稽古專用也
現代語訳
兵法は仏法にかない、禅に通ずることが多い。中でも殊に着を嫌い、あらゆる物に留まることを嫌う。これがもっとも親切の所である。留まらぬ処を肝要とする。江口の遊女が西行法師の歌に答えた歌。「家を出る人としきけば仮の宿に心とむなと思ふばかりぞ」。兵法でこの歌の下の句を深く吟味してみるのがよいだろうか。どのような秘伝を得て手を遣っても、その手に心が留まったなら兵法は負けるであろう。敵の働きにも、我が手前にも、斬っても突いても、その所々に留まらない、心の稽古を専一に用いる。
解説
この章句が説くこと
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『兵法家伝書』無刀之卷「轉處實能幽」轉處實能幽なりと云ふ所が兵法の眼なり、其所に心が跡を殘さずして、こぎ行舟の跡のしら波と云ごとく、あとはきへて、さきへ轉じ、そつともとまらぬ處を轉處實能幽なりと心得べし、幽なりとはかすかにて見へぬ事也、心をそこ〱にとゞめぬと云儀也、心が一處にとゞまりたらば、兵法に負べき也、轉ずる所に殘たらば散々なり、
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『兵法家伝書』無刀之卷「心は色も形もなければ」心は色も形もなければ、目に元より見へぬ物なれども、着してとゞまれば、心が其まゝ見ゆる者也、たとへば、しらぎぬのごとく也、紅をうつしとむれば紅になり、紫を移せば、むらさきの色に成者也、人の心も、物にうつせば、あらはれ見ゆる也、兒若衆に心をうつせば、やがて人が見しる也、おもひ内にあれば、色外にあらはるゝ也、敵のはたらきをば、能く見て底心を留ば、兵法にまくべき也、心をとむなと云事に此偈を引用る也、下の二句は略して不記之、參學して全篇はしるべし、兵法には上の二句にてすむ事也
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『不動智神妙録』石火之機早きにも心の止まらぬ所を詮に申し候、心が止まれバ我心を人にとられ申し候、早くせんと思ひ設けて早くせば、思ひ設ける心に又心を奪はれ候、西行の歌に「世をいとふ人とし聞けはかりの宿に心止めなと思ふはかりそ」と申す歌は、江口の遊女の読みし歌なり、歌を我と心得られ候て可然候はんか、心止めなど思ふはかりぞ心得所と可存候、
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『兵法家伝書』殺人刀「木人如對花鳥」木人如對花鳥 是麗居士がこと葉なり、木で作たりたる人の、花鳥にむかひ居たるが如くと也、目は花鳥にあれども心花鳥にうごかざる尤道理あり、心ある人として、木人のごとくならん事いかにとしてなるべきぞや、木人とはたとへなり、心ある人として木とひとしくはあるべからず、人として竹木のごとくにはあるべからず、花を見るとて、花見る心を生して見ざる也、たゞ常の心にて無心に見るを云へり、弓射る時弓射る心をあらたに生して射ざる也、常の心にて射るを云へり、常の心を無心とは云也、常の心をかへて新たに生ずれば、形もあらたまる程に內外ともにうごく也、動轉する心にて、万ッをなさば何事も不可然也、一言を云へども、動轉せぬ云樣かなとこそ、人をば褒美する物なれ、諸佛の不動心といへる事、實に殊勝に覺ゆ 右之兩條は兵法の病氣をさると云心持にあて用る事也
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『兵法家伝書』活人劔「心をかへす」一 心をかゑす事 右の心持は、一太刀打てうつたとおもへば、打たよと思ふ心が、そのまゝそこにとゞまる也、うつた所を心がかゑらぬによりて、うつかと成て、二の太刀を敵にうたれて、先を入たる事も無に成りて、二の太刀をうたれて負る也、心をかへすと云は、一太刀打たらば、うつた所に心をおかず、打てから心をひつかへして、敵の色を見よ、うたれて敵氣を違る也、うたれてやれ口惜や、うたれたよと、おもひていかりも出る物也、いかれば敵きびしく成物也、爰を油斷して敵にうたるゝ者也、うたれた敵は、いかり猪とおもふべし、我は打たと思ふて心をとゞめて油斷する、敵はうたれて氣が出ると覺悟すべし、又うたれたる所を、敵ははや用心するを、我は前の心にてうつて打はづす者也、打はづせば、こして敵が我をうつべし、心をかへすとは、我がうつた所に心をとめず、心を我が身へひつとれと云儀也、心をかへして、敵の氣色を見よと云儀也、又は一むきに、うつた所をかへさずして、程をぬかさず、二重三重たゝみかけて、うつて顏をも敵にふらせぬはたらきも至極の心持也、間不容髮とは是を云也、一ノ太刀と二ノ太刀との間へは髮一筋入べき間もなく、はし〱〱とつゞけてうつ心持也、法戰場とて禪之問答に一句問にこたゆる間へは、髮一筋入程も間なく答ふる也、延びたれば人にのまるゝ也、勝負分明也、間不容髮とは此事也、二重三重にたゝみ打にうつ、太刀の急なる事を云也
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『兵法家伝書』無刀之卷「摩拏羅尊者の偈(心隨万境轉)」一 摩拏羅尊者の偈に云く 心隨万境轉、轉處實能幽 右の偈は參學に祕する事也、兵法此意が簡要なる故に引合て爰に記之、參學せざる人はとくと心得がたかるべし、萬境とは、兵法ならば敵の數々のはたらき也、其一ッ〱のはたらきに心がてんずる也、縱へば敵が太刀をふりあぐれば、其太刀に心が轉じ、右へまわせば右に心がてんじ、左へまわせば左へ轉ずる、是を隨万境轉ずとは云也、
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