兵法家伝書 / 無刀之卷大機大用躰と用
一 大機大用、用を用とよむべし、物の躰用の時、用とよむべし、物ごとに躰用と云事あり、躰があれば、用がある者也、たとへば弓は躰なり、ひくぞ、いるぞ、あたるぞと云は用なり、燈は躰なり、ひかりは用也、水は躰也、うるほひは水の用なり、梅は躰なり、香ぞ色ぞと云は用なり、刀は躰也、きるつくは用也、しかれば、機は躰也、機から外へあらはれて、様々のはたらきあるを用と云也、梅の躰ある故に躰より花咲き色香あらはれ、匂ひをはつするごとくに、機內にありて、其用外にはたらき、つけかけ表裏懸待様々の色をしかけなどする事、內に構へたる機あるによつて、外へはたらき出る、是を用と申也、大とはほむる言葉也、大明神・大權現・大菩薩など、云も、大は褒美の言葉也、大機なる故に、大用があらはるゝ也、
新字:一 大機大用、用を用とよむべし、物の体用の時、用とよむべし、物ごとに体用と云事あり、体があれば、用がある者也、たとへば弓は体なり、ひくぞ、いるぞ、あたるぞと云は用なり、灯は体なり、ひかりは用也、水は体也、うるほひは水の用なり、梅は体なり、香ぞ色ぞと云は用なり、刀は体也、きるつくは用也、しかれば、機は体也、機から外へあらはれて、様々のはたらきあるを用と云也、梅の体ある故に体より花咲き色香あらはれ、匂ひをはつするごとくに、機内にありて、其用外にはたらき、つけかけ表裏懸待様々の色をしかけなどする事、内に構へたる機あるによつて、外へはたらき出る、是を用と申也、大とはほむる言葉也、大明神・大権現・大菩薩など、云も、大は褒美の言葉也、大機なる故に、大用があらはるゝ也、
書き下し
一 大機大用、用を用とよむべし、物の躰用の時、用とよむべし、物ごとに躰用と云事あり、躰があれば、用がある者也、たとへば弓は躰なり、ひくぞ、いるぞ、あたるぞと云は用なり、燈は躰なり、ひかりは用也、水は躰也、うるほひは水の用なり、梅は躰なり、香ぞ色ぞと云は用なり、刀は躰也、きるつくは用也、しかれば、機は躰也、機から外へあらはれて、様々のはたらきあるを用と云也、梅の躰ある故に躰より花咲き色香あらはれ、匂ひをはつするごとくに、機內にありて、其用外にはたらき、つけかけ表裏懸待様々の色をしかけなどする事、內に構へたる機あるによつて、外へはたらき出る、是を用と申也、大とはほむる言葉也、大明神・大權現・大菩薩など、云も、大は褒美の言葉也、大機なる故に、大用があらはるゝ也、
現代語訳
一、大機大用。用は、物の体用というときの用と読むべきである。物事には体と用ということがある。体があれば用があるものである。たとえば弓は体であり、引く、射る、当たるというのは用である。灯は体であり、光は用である。水は体であり、潤いは水の用である。梅は体であり、香りだ、色だというのは用である。刀は体であり、斬る、突くは用である。したがって、機は体であり、機から外へ現れてさまざまな働きをするものを用という。梅の体があるので、体から花が咲いて色香が現れ、匂いを発するように、機が内にあってその用が外に働き、付け、懸け、表裏、懸待、さまざまな色を仕掛けるなどのことをするのは、内に構えた機があるので外へ働き出るのである。これを用と申す。大とは褒める言葉である。大明神・大権現・大菩薩などというのも、大は褒め称える言葉である。大機であるから、大用が現れるのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『兵法家伝書』無刀之卷「大機大用(機を内に具える)」常々內に機を具せざれば、大用あらはれまじき也、座敷になをるとも上を先見、左右を見て、上より自然落る物あらば心懸ケ、戸障子のきはになをるとも、ころびかせんと心にかけ、或は貴人高位の御座近く伺候之時、自然の不慮の事や出來せんと、心懸ケ、門戸出入とも出入に付て心をすて、常々心にかくる、是皆機なり、此機常に內にある故に、自然の時、きどくの早速が出合是大用と云、しかれども此機がいまだ熟せざる時は、用があらはれぬ也、万の道に心懸がつもる功がかさなれば、機が熟して大用がはつする也、機がこり堅り居たれば、用がなき也、熟すれば全身全躰にのびひろごり、手にも足にも耳にもその所々にて、大用がはつする也、
-
『兵法家伝書』無刀之卷「大機大用(禪僧の自由自在)」禪僧の自由自在に身をはたらかし、何事をいふも、何事をするも、皆道理にかなふて理に通ずる、是を大神通と云、大機大用と云也、神通神變と云て、別に虚空から鬼神がくだりて、不思儀をなすなどゝ云を、神變とはいはず、何事をするも、自由自在をはたらくを云也、數々の太刀構へ、表裏僞り諸道具のさばき、飛上りとびさがり、手にやいばをとり、足に蹴おとし、様々にはたらき、習の外に自在を得事を大用と云也、
-
『兵法家伝書』無刀之卷「大用現前不存軌則」禪句に大用現前不存軌則と云、現前とは、大機の人の大用が前にあらはるゝと云義也、此大機大用の人は、そつとも習ひ法符にかゝはらぬを、不存軌則と云也、軌則とは、習ひ法符法度の事也、万ッの道に、習法符法度と云事有也、至極の人は、はらりとそれをはなるゝ也、自由自在をする也、法の外に自在する是を大機大用の人と云也、機と云は、內に油斷なく、物ごとにおもひまふけて居ルを云也、
-
『兵法家伝書』殺人刀「序(小さき兵法と大きな兵法)」熟々思ふに、兵法といはゞ人と我と立あふて、刀二にてつかふ兵法は負も一人、勝も一人のみ也、是はいとちいさき兵法也、勝負ともに其得失纔也、一人勝て天下かち、一人負て天下まく、是大なる兵法也、一人とは大將一人なり、天下とはもろ〱の軍勢也、もろ〱の軍勢は、大將の手足也、もろ〱の勢をよくはたらかするは、大將の手足よくはたらかする也、諸の勢のはたらかぬは、大將の手足はたらかぬ也、太刀二筋にて立あふて、大機大用をなし、手足よくはたらかして、勝つごとくに、諸勢をつかひ得てよくはかりごとをなして、合戰に勝つを大將の兵法と云べし、
-
『兵法家伝書』無刀之卷「機が熟する」しかれば其おもひつめたる機が、いかたまり凝かたまりて、かへつて、機にからめられて、不自由なり、いまだ機が熟せぬ故也、功をつめば、機が熟して、我が躰にとけひろごりて、自由を働く是を大用と云也、機とは、卽 氣也、座によつて機と云、心は奥なり、氣は口なり、樞機とて、戸のくるゝ也、心は一身の主人なれば、奥の座に居る者と心得べし、氣は戸口に居て心を主人として、外へはたらく也、心の善惡にわかるは、此機が、外へ出て善に行くも、惡に行くも、此機によりて分るゝ也、戸口にきつとひかへ、たもちたる氣を機と云也、人樞を明て外にて、惡をするも、善をするも、神變神通をはたらくも、此戸口を出てもあけざる時の思案による也、此機が大事の者也、此機がはたらけば、外へ出て大用があらはるゝ也、何れも氣と心得ては、ちがわぬ也、その有所によりて、いひかへた物也、又しかりとて、おく口と云て、身の内にいづくを奥と云、いづくを口なりと定る事なし、たとへなれば、おくとも口とも云也、人の物いふがごとく、いひはしむる所を口ともいひ、はたすをおくとも云べし、その言葉におく口の座敷はさだまらぬ也 〔圖〕心 機 大用 神通 神變 千手 萬手 應機 隨變 萬事 萬端 此機ハ敵ノ機也
-
『兵法家伝書』無刀之卷「大機の人に逢う」此大機大用の人に逢ては、習のたけをつかふ兵法は手を上る事もならぬ物也、見づめなどゝ云事もあるべき儀也、大機の人の目にて、にらみたらば、そのまなこざしに心をとられて、太刀をぬく手わすれて、たゞあるべし、めまぢ一ッする程也とも、おくれたらば、はや負を取ルべし、猫がにらめばねずみが空よりおつる者也、猫の眼ざしに氣をとられて、ふむ足をも忘れておつる者也、大機の人に逢て鼠の猫に逢たるごとく也、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る