兵法家伝書 / 無刀之卷大用現前不存軌則
禪句に大用現前不存軌則と云、現前とは、大機の人の大用が前にあらはるゝと云義也、此大機大用の人は、そつとも習ひ法符にかゝはらぬを、不存軌則と云也、軌則とは、習ひ法符法度の事也、万ッの道に、習法符法度と云事有也、至極の人は、はらりとそれをはなるゝ也、自由自在をする也、法の外に自在する是を大機大用の人と云也、機と云は、內に油斷なく、物ごとにおもひまふけて居ルを云也、
新字:禅句に大用現前不存軌則と云、現前とは、大機の人の大用が前にあらはるゝと云義也、此大機大用の人は、そつとも習ひ法符にかゝはらぬを、不存軌則と云也、軌則とは、習ひ法符法度の事也、万ッの道に、習法符法度と云事有也、至極の人は、はらりとそれをはなるゝ也、自由自在をする也、法の外に自在する是を大機大用の人と云也、機と云は、内に油断なく、物ごとにおもひまふけて居ルを云也、
書き下し
禪句に大用現前不存軌則と云、現前とは、大機の人の大用が前にあらはるゝと云義也、此大機大用の人は、そつとも習ひ法符にかゝはらぬを、不存軌則と云也、軌則とは、習ひ法符法度の事也、万ッの道に、習法符法度と云事有也、至極の人は、はらりとそれをはなるゝ也、自由自在をする也、法の外に自在する是を大機大用の人と云也、機と云は、內に油斷なく、物ごとにおもひまふけて居ルを云也、
現代語訳
禅句に「大用現前不存軌則」という。現前とは、大機の人の大用が前に現れるという意味である。この大機大用の人は、少しも習いや法符にかかわらない。それを不存軌則という。軌則とは、習い・法符・法度のことである。万の道に、習い・法符・法度ということがある。至極の人は、はらりとそれを離れる。自由自在にふるまう。法の外に自在にふるまう、これを大機大用の人という。機というのは、内に油断なく、物事に思い設けていることをいう。
解説
この章句が説くこと
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『兵法家伝書』無刀之卷「大機大用(禪僧の自由自在)」禪僧の自由自在に身をはたらかし、何事をいふも、何事をするも、皆道理にかなふて理に通ずる、是を大神通と云、大機大用と云也、神通神變と云て、別に虚空から鬼神がくだりて、不思儀をなすなどゝ云を、神變とはいはず、何事をするも、自由自在をはたらくを云也、數々の太刀構へ、表裏僞り諸道具のさばき、飛上りとびさがり、手にやいばをとり、足に蹴おとし、様々にはたらき、習の外に自在を得事を大用と云也、
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『兵法家伝書』無刀之卷「大機大用(機を内に具える)」常々內に機を具せざれば、大用あらはれまじき也、座敷になをるとも上を先見、左右を見て、上より自然落る物あらば心懸ケ、戸障子のきはになをるとも、ころびかせんと心にかけ、或は貴人高位の御座近く伺候之時、自然の不慮の事や出來せんと、心懸ケ、門戸出入とも出入に付て心をすて、常々心にかくる、是皆機なり、此機常に內にある故に、自然の時、きどくの早速が出合是大用と云、しかれども此機がいまだ熟せざる時は、用があらはれぬ也、万の道に心懸がつもる功がかさなれば、機が熟して大用がはつする也、機がこり堅り居たれば、用がなき也、熟すれば全身全躰にのびひろごり、手にも足にも耳にもその所々にて、大用がはつする也、
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『兵法家伝書』無刀之卷「大機大用(躰と用)」一 大機大用、用を用とよむべし、物の躰用の時、用とよむべし、物ごとに躰用と云事あり、躰があれば、用がある者也、たとへば弓は躰なり、ひくぞ、いるぞ、あたるぞと云は用なり、燈は躰なり、ひかりは用也、水は躰也、うるほひは水の用なり、梅は躰なり、香ぞ色ぞと云は用なり、刀は躰也、きるつくは用也、しかれば、機は躰也、機から外へあらはれて、様々のはたらきあるを用と云也、梅の躰ある故に躰より花咲き色香あらはれ、匂ひをはつするごとくに、機內にありて、其用外にはたらき、つけかけ表裏懸待様々の色をしかけなどする事、內に構へたる機あるによつて、外へはたらき出る、是を用と申也、大とはほむる言葉也、大明神・大權現・大菩薩など、云も、大は褒美の言葉也、大機なる故に、大用があらはるゝ也、
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『兵法家伝書』殺人刀「機前」一 機前と云は何としたる事となれば、敵の機の前と云心也、機前と云は胸にひかへたもちたる氣なり、機とは氣也、敵の氣をよく見て、其氣の前にて、あふ樣にはたらくを、機前と云也、禪機とて專ら禪に此はたらき有事也、内にかくれて、あらさぬ氣を機と云也、樞機とて戸の内に有るろのたとへなり、内にかくしてあらはさゞる難見機をよく見て、はたらくを機前の兵法と云也
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『兵法家伝書』無刀之卷「無刀は道具を自由に使う」一 無刀と云は、人の刀を取ル藝にはあらず、諸道具を自由につかわんが爲也、刀なくして人の刀をとりてさへ、我が刀とするならば、何か我が手に持て用にたゝざらん、扇を持てなりとも、人の刀に勝べし、無刀は此縣りなり、かたなもたずして、竹杖ついて行く時人寸のながき刀をひんぬいてかゝる時、竹杖にてあいしらひても、人の刀を取り若し又必ずとらずとも、おさへてきられぬが勝也、此心持を本意と思ふべし
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『兵法家伝書』無刀之卷「機が熟する」しかれば其おもひつめたる機が、いかたまり凝かたまりて、かへつて、機にからめられて、不自由なり、いまだ機が熟せぬ故也、功をつめば、機が熟して、我が躰にとけひろごりて、自由を働く是を大用と云也、機とは、卽 氣也、座によつて機と云、心は奥なり、氣は口なり、樞機とて、戸のくるゝ也、心は一身の主人なれば、奥の座に居る者と心得べし、氣は戸口に居て心を主人として、外へはたらく也、心の善惡にわかるは、此機が、外へ出て善に行くも、惡に行くも、此機によりて分るゝ也、戸口にきつとひかへ、たもちたる氣を機と云也、人樞を明て外にて、惡をするも、善をするも、神變神通をはたらくも、此戸口を出てもあけざる時の思案による也、此機が大事の者也、此機がはたらけば、外へ出て大用があらはるゝ也、何れも氣と心得ては、ちがわぬ也、その有所によりて、いひかへた物也、又しかりとて、おく口と云て、身の内にいづくを奥と云、いづくを口なりと定る事なし、たとへなれば、おくとも口とも云也、人の物いふがごとく、いひはしむる所を口ともいひ、はたすをおくとも云べし、その言葉におく口の座敷はさだまらぬ也 〔圖〕心 機 大用 神通 神變 千手 萬手 應機 隨變 萬事 萬端 此機ハ敵ノ機也
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