兵法家伝書 / 無刀之卷大機の人に逢う
此大機大用の人に逢ては、習のたけをつかふ兵法は手を上る事もならぬ物也、見づめなどゝ云事もあるべき儀也、大機の人の目にて、にらみたらば、そのまなこざしに心をとられて、太刀をぬく手わすれて、たゞあるべし、めまぢ一ッする程也とも、おくれたらば、はや負を取ルべし、猫がにらめばねずみが空よりおつる者也、猫の眼ざしに氣をとられて、ふむ足をも忘れておつる者也、大機の人に逢て鼠の猫に逢たるごとく也、
新字:此大機大用の人に逢ては、習のたけをつかふ兵法は手を上る事もならぬ物也、見づめなどゝ云事もあるべき儀也、大機の人の目にて、にらみたらば、そのまなこざしに心をとられて、太刀をぬく手わすれて、たゞあるべし、めまぢ一ッする程也とも、おくれたらば、はや負を取ルべし、猫がにらめばねずみが空よりおつる者也、猫の眼ざしに気をとられて、ふむ足をも忘れておつる者也、大機の人に逢て鼠の猫に逢たるごとく也、
書き下し
此大機大用の人に逢ては、習のたけをつかふ兵法は手を上る事もならぬ物也、見づめなどゝ云事もあるべき儀也、大機の人の目にて、にらみたらば、そのまなこざしに心をとられて、太刀をぬく手わすれて、たゞあるべし、めまぢ一ッする程也とも、おくれたらば、はや負を取ルべし、猫がにらめばねずみが空よりおつる者也、猫の眼ざしに氣をとられて、ふむ足をも忘れておつる者也、大機の人に逢て鼠の猫に逢たるごとく也、
現代語訳
この大機大用の人に会っては、習いの限りを使う兵法も、手を上げることさえできないものである。見つめということもあるであろう。大機の人の目でにらんだなら、その眼差しに心を奪われて、太刀を抜く手も忘れて、ただそのままでいるであろう。瞬き一つする程でも遅れたなら、もう負けを取る。猫がにらめば鼠が空から落ちるものである。猫の眼差しに気を奪われて、踏む足をも忘れて落ちるのである。大機の人に会うと、鼠が猫に会ったようなものである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『兵法家伝書』無刀之卷「大機大用(機を内に具える)」常々內に機を具せざれば、大用あらはれまじき也、座敷になをるとも上を先見、左右を見て、上より自然落る物あらば心懸ケ、戸障子のきはになをるとも、ころびかせんと心にかけ、或は貴人高位の御座近く伺候之時、自然の不慮の事や出來せんと、心懸ケ、門戸出入とも出入に付て心をすて、常々心にかくる、是皆機なり、此機常に內にある故に、自然の時、きどくの早速が出合是大用と云、しかれども此機がいまだ熟せざる時は、用があらはれぬ也、万の道に心懸がつもる功がかさなれば、機が熟して大用がはつする也、機がこり堅り居たれば、用がなき也、熟すれば全身全躰にのびひろごり、手にも足にも耳にもその所々にて、大用がはつする也、
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『兵法家伝書』殺人刀「序(小さき兵法と大きな兵法)」熟々思ふに、兵法といはゞ人と我と立あふて、刀二にてつかふ兵法は負も一人、勝も一人のみ也、是はいとちいさき兵法也、勝負ともに其得失纔也、一人勝て天下かち、一人負て天下まく、是大なる兵法也、一人とは大將一人なり、天下とはもろ〱の軍勢也、もろ〱の軍勢は、大將の手足也、もろ〱の勢をよくはたらかするは、大將の手足よくはたらかする也、諸の勢のはたらかぬは、大將の手足はたらかぬ也、太刀二筋にて立あふて、大機大用をなし、手足よくはたらかして、勝つごとくに、諸勢をつかひ得てよくはかりごとをなして、合戰に勝つを大將の兵法と云べし、
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『兵法家伝書』無刀之卷「大機大用(禪僧の自由自在)」禪僧の自由自在に身をはたらかし、何事をいふも、何事をするも、皆道理にかなふて理に通ずる、是を大神通と云、大機大用と云也、神通神變と云て、別に虚空から鬼神がくだりて、不思儀をなすなどゝ云を、神變とはいはず、何事をするも、自由自在をはたらくを云也、數々の太刀構へ、表裏僞り諸道具のさばき、飛上りとびさがり、手にやいばをとり、足に蹴おとし、様々にはたらき、習の外に自在を得事を大用と云也、
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『兵法家伝書』無刀之卷「無刀は手を道具にする」一 無刀は、人には刀をもたせ、我は手を道具にして、仕相するつもり也、しかれば刀は永く手はみじかし、敵の身ぢかくよりて、きらるゝ程にあらずば、成間敷也、敵の太刀と我が手としあふ分別すべきにや、さあれば、敵の刀は我が身より外へゆきこして、われは敵の太刀の柄の下になりてひらきて、太刀をおそふべき心あてなるべきにや、時にあたつて、一樣にかたまるべからず、いづれも身によりそはずば、とられまじき也
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『兵法家伝書』無刀之卷「大機大用(躰と用)」一 大機大用、用を用とよむべし、物の躰用の時、用とよむべし、物ごとに躰用と云事あり、躰があれば、用がある者也、たとへば弓は躰なり、ひくぞ、いるぞ、あたるぞと云は用なり、燈は躰なり、ひかりは用也、水は躰也、うるほひは水の用なり、梅は躰なり、香ぞ色ぞと云は用なり、刀は躰也、きるつくは用也、しかれば、機は躰也、機から外へあらはれて、様々のはたらきあるを用と云也、梅の躰ある故に躰より花咲き色香あらはれ、匂ひをはつするごとくに、機內にありて、其用外にはたらき、つけかけ表裏懸待様々の色をしかけなどする事、內に構へたる機あるによつて、外へはたらき出る、是を用と申也、大とはほむる言葉也、大明神・大權現・大菩薩など、云も、大は褒美の言葉也、大機なる故に、大用があらはるゝ也、
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『兵法家伝書』無刀之卷「大用現前不存軌則」禪句に大用現前不存軌則と云、現前とは、大機の人の大用が前にあらはるゝと云義也、此大機大用の人は、そつとも習ひ法符にかゝはらぬを、不存軌則と云也、軌則とは、習ひ法符法度の事也、万ッの道に、習法符法度と云事有也、至極の人は、はらりとそれをはなるゝ也、自由自在をする也、法の外に自在する是を大機大用の人と云也、機と云は、內に油斷なく、物ごとにおもひまふけて居ルを云也、
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