兵法家伝書 / 活人劔歩
一 歩之事 歩みは早きもあしゝ、遲きもあしゝ、常のごとくする〱と何となき歩よし、過たるも不及もあしゝ、中を取る也、はやきはおどろきふためく故也、おそきは臆して敵をおそるゝ故也、一切どうてんせぬ位也、人の目あひて居るを扇きにて、目の前へうちかくるに、目まぢするは常の心なり、目まぢするは動轉するにてはなし、又重て二度三度うちかけて、おどろかずにそつとも目まぢせぬは、動轉したる者也、めまぢせらるゝをこらへて、せまい〱とおもふてせぬは、したるよりは殊之外心うごくなり、不動心と云は常のごとくにして、目のあたりへ物がくれば、何となく目まぢする也、是が動轉せぬ位也、唯常の心をうしなはぬ心持が詮要也、うごくまいとするは、うごいたる物也、うごくはうごかぬ道理也、水車はめぐるが常也、めぐらずは常にたがふた者也、人の目まぢは常也、目まぢせぬは心がうごくなり、常の心をかへずして、いつものごとく、する〱と歩むが能なり、すがたも心も動轉せぬ位也
新字:一 歩之事 歩みは早きもあしゝ、遅きもあしゝ、常のごとくする〱と何となき歩よし、過たるも不及もあしゝ、中を取る也、はやきはおどろきふためく故也、おそきは臆して敵をおそるゝ故也、一切どうてんせぬ位也、人の目あひて居るを扇きにて、目の前へうちかくるに、目まぢするは常の心なり、目まぢするは動転するにてはなし、又重て二度三度うちかけて、おどろかずにそつとも目まぢせぬは、動転したる者也、めまぢせらるゝをこらへて、せまい〱とおもふてせぬは、したるよりは殊之外心うごくなり、不動心と云は常のごとくにして、目のあたりへ物がくれば、何となく目まぢする也、是が動転せぬ位也、唯常の心をうしなはぬ心持が詮要也、うごくまいとするは、うごいたる物也、うごくはうごかぬ道理也、水車はめぐるが常也、めぐらずは常にたがふた者也、人の目まぢは常也、目まぢせぬは心がうごくなり、常の心をかへずして、いつものごとく、する〱と歩むが能なり、すがたも心も動転せぬ位也
書き下し
一 歩之事 歩みは早きもあしゝ、遲きもあしゝ、常のごとくする〱と何となき歩よし、過たるも不及もあしゝ、中を取る也、はやきはおどろきふためく故也、おそきは臆して敵をおそるゝ故也、一切どうてんせぬ位也、人の目あひて居るを扇きにて、目の前へうちかくるに、目まぢするは常の心なり、目まぢするは動轉するにてはなし、又重て二度三度うちかけて、おどろかずにそつとも目まぢせぬは、動轉したる者也、めまぢせらるゝをこらへて、せまい〱とおもふてせぬは、したるよりは殊之外心うごくなり、不動心と云は常のごとくにして、目のあたりへ物がくれば、何となく目まぢする也、是が動轉せぬ位也、唯常の心をうしなはぬ心持が詮要也、うごくまいとするは、うごいたる物也、うごくはうごかぬ道理也、水車はめぐるが常也、めぐらずは常にたがふた者也、人の目まぢは常也、目まぢせぬは心がうごくなり、常の心をかへずして、いつものごとく、する〱と歩むが能なり、すがたも心も動轉せぬ位也
現代語訳
一、歩のこと。歩みは早いのも悪く、遅いのも悪い。常のようにすらすらと、何ということもない歩みがよい。過ぎたのも及ばないのも悪い。中を取るのである。早いのは驚きあわてるからである。遅いのは臆して敵を恐れるからである。一切動転しない位である。人が目を合わせているのに、扇を目の前へ打ちかけると、まばたきをするのは常の心である。まばたきをするのは動転することではない。また重ねて二度三度打ちかけて、驚かずにちょっともまばたきしないのは、動転した者である。まばたきをこらえて、「すまい、すまい」と思ってしないのは、した場合よりもことのほか心が動く。不動心というのは、常のようにして、目の前へ物が来れば何となくまばたきする。これが動転しない位である。ただ常の心を失わない心持ちが肝要である。動くまいとするのは、動いた者である。動くのは動かぬ道理である。水車は巡るのが常である。巡らなければ常に違った者である。人のまばたきは常である。まばたきをしないのは心が動くのである。常の心を変えず、いつものようにすらすらと歩むのがよい。姿も心も動転しない位である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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五輪書・風の巻兵法のはやきと云ふ所、実の道に非ず。はやきと云ふ事は、物毎の拍子の間にあはざるによつて、はやき・おそきと云ふ心なり。其の道上手になりては、はやく見えざるものなり。縦(たと)ひ人にはや道と云ひて、四十里・五十里行くものも有り。是も朝より晩迄はやく走るにではなし。道のふかんなるものは、一日走る様なれ共、はかゆかざるものなり。乱舞の道に、上手の謡ふうたひに下手のつけてうたへば、後るる心有りていそがしきものなり。又鼓・太鼓に老松をうつに、静なる位なれ共、下手は是にもおくれ・さきたつ心有り。高砂は急なる位なれ共、はやきと云ふ事悪し。はやきはこけると云ひて、間に合はず。勿論おそきも悪し。是も上手のする事は緩々(ゆるゆる)と見えて、間のぬけざる所なり。諸事しつけたるもののする事は、いそがしく見えざるものなり。此のたとへを以て、道の理を知るべし。殊に兵法の道に於て、はやきと云ふ事悪し。其の子細は、是も所によりて、沼ふけなどにて、身足共に早くゆきがたし。太刀はいよいよはやくきる事なし。早くきらんとすれば、扇・小刀の様にはあらで、ちやくと切れば少しも切れざるものなり。能々(よくよく)分別すべし。大分の兵法にしても、はやくいそぐ心悪し。枕をおさふると云ふ心にては、少しもおそき事はなき事なり。人のむざとはやき事などには、そむくと云ひて、静になり、人につかざる所肝要なり。此の心の工夫・鍛錬有るべき事なり。
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『兵法家伝書』活人劔「急々にかかる事」一 急々にかゝる事以て之外あしき事也、下作りによく持て、立あふてから、よく見すまして、後の急々懸々也、ふためかぬ事簡要也
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『兵法家伝書』殺人刀「常の心(弓射る時弓射る心)」世法の上に引合せていはゞ、弓射る時に弓射とおもふ心あらば、弓前みだれて不可定、太刀つかふ時、太刀前定るべからず、物を云時、物かく心あらば筆定るべからず、琴を引とも、琴をひく心あらば曲亂るべし、弓射る人は、弓射る心をわすれて、何事もせざる時の常の心にて、弓を射はるべし、太刀遣ふも馬に乘も太刀つかはず馬のらず物かゝず琴ひかず、一切やめて何もなす事なき、常の心にてよろづをする時、よろづの事難なく、する〱とゆく也、
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五輪書・水の巻兵法の道に於て、心の持様は常の心に替る事なかれ。常にも兵法の時にも少しも替らずして、心を広く直(すぐ)にして、きつくひつぱらず、少しもたるまず、心のかたよらぬ様に、心をまん中におきて、心を静にゆるがせて、其のゆるぎのせつなもゆるぎやまぬ様に、能々(よくよく)吟味すべし。静なる時も心は静ならず、何とはやき時も心は少しもはやからず、心は体につれず、体は心につれず、心に用心して身は用心せず、心のたらぬ事なくして、心を少しもあやまらさず、うへの心はよわくとも、そこの心をつよく、心を人に見分けられざる様にして、小身なるものは心に大きなる事を残らず知り、大身なるものは心に小さき事を能(よ)く知りて、大身も小身も心を直にして、我身のひいきをせざる様に心を持つ事肝要なり。心の内にごらず、広くして、広き所へ智恵を置くべきなり。智恵も心もひたとみがく事専なり。智恵をとぎ、天下の理非を弁へ、物毎の善悪を知り、万の芸能其の道其の道をわたり、世間の人に少しもだまされざる様にして後、兵法の智恵となる心なり。兵法の智恵に於て、とりわきちがふ事有るものなり。戦の場、万事せはしき時なれども、兵法の道理をきはめ、うごきなき心、能々吟味すべし。
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『兵法家伝書』殺人刀「木人如對花鳥」木人如對花鳥 是麗居士がこと葉なり、木で作たりたる人の、花鳥にむかひ居たるが如くと也、目は花鳥にあれども心花鳥にうごかざる尤道理あり、心ある人として、木人のごとくならん事いかにとしてなるべきぞや、木人とはたとへなり、心ある人として木とひとしくはあるべからず、人として竹木のごとくにはあるべからず、花を見るとて、花見る心を生して見ざる也、たゞ常の心にて無心に見るを云へり、弓射る時弓射る心をあらたに生して射ざる也、常の心にて射るを云へり、常の心を無心とは云也、常の心をかへて新たに生ずれば、形もあらたまる程に內外ともにうごく也、動轉する心にて、万ッをなさば何事も不可然也、一言を云へども、動轉せぬ云樣かなとこそ、人をば褒美する物なれ、諸佛の不動心といへる事、實に殊勝に覺ゆ 右之兩條は兵法の病氣をさると云心持にあて用る事也
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『兵法家伝書』無刀之卷「法尚應捨(常の心)」法尚應捨何況非法 此文の心は、法とは眞實の正法也、正法也とも、一度さとり終りては、心にとむべからず、法尚應捨と也、正法さへ悟て後是を胸にとゞめず、胸の塵也、何況非法をやと也、正法さへ捨べし、いわむや非法ならば、是を胸に置べからずといへる也、一切の道理を見おはりて、皆胸にとゞめず、はらり〱とすてゝ胸を空虚になして、平生の何となき心にて、所作をなす此位にいたらずば、兵法の名人とは難言也、兵法は我が家の事なれば、さして兵法と申也、兵法一ッに限るべからず、よろづの道如此也、兵法遣ふに兵法の心、 のかずば病氣也、弓射るに弓射る心がのかずば、弓の病也、唯常の心に成て、太刀を遣ひ弓を射ば、弓に難なく、太刀自由なるべし、何事にもおどろかず、常の心よろづによし、平生の心を失ひて、何にても、其事をいはんとおもはゞ聲ふるふべし、常の心を失ひて人の前にて物を書ならば、手ふるふべし、常の心とは、胸に何事も不残不置跡をはらり〱とすて、胸が空虚になれば、常の心なり、儒書を讀む人此虚心の道理を不心得してひとへに敬の字の儀に落る也、敬の字心は至極向上にはあらず、階の一二段にある修行也とぞ
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