林子平学則 / 八德・勇・義・廉・耻の働きと相手
文武の諸藝も心術心法も、勝氣にあらざれば上達成就遲きなり、勝氣は萬能の上達すると知るべし、一義は勇の相手にて、裁斷の心なり、道理に任せて決斷して猶豫せざる心を云ふなり、死すべき塲にて死し、討つべき塲にて討つ事なり、一廉はかど有りて、ひしげず、立派なる事なり、每物いさぎよく奇麗に正しく、むさくなき心なり、捨つべきを見てすて、取るまじきを取らざるなり、耻の相手なり、一耻は辱を知て手前勝手を致ざる事なり、每事に卑怯未練なる所業を致して、人に笑はれまじ、穢はしく臆病なる所業ありて、他日さげすまれ間敷と、心を淸く正しく持つ事なり、廉の相手なり、右八德は人の土產なり、
新字:文武の諸芸も心術心法も、勝気にあらざれば上達成就遅きなり、勝気は万能の上達すると知るべし、一義は勇の相手にて、裁断の心なり、道理に任せて決断して猶予せざる心を云ふなり、死すべき塲にて死し、討つべき塲にて討つ事なり、一廉はかど有りて、ひしげず、立派なる事なり、毎物いさぎよく奇麗に正しく、むさくなき心なり、捨つべきを見てすて、取るまじきを取らざるなり、耻の相手なり、一耻は辱を知て手前勝手を致ざる事なり、毎事に卑怯未練なる所業を致して、人に笑はれまじ、穢はしく臆病なる所業ありて、他日さげすまれ間敷と、心を清く正しく持つ事なり、廉の相手なり、右八徳は人の土産なり、
書き下し
文武の諸藝も心術心法も、勝氣にあらざれば上達成就遲きなり、勝氣は萬能の上達すると知るべし、一義は勇の相手にて、裁斷の心なり、道理に任せて決斷して猶豫せざる心を云ふなり、死すべき塲にて死し、討つべき塲にて討つ事なり、一廉はかど有りて、ひしげず、立派なる事なり、每物いさぎよく奇麗に正しく、むさくなき心なり、捨つべきを見てすて、取るまじきを取らざるなり、耻の相手なり、一耻は辱を知て手前勝手を致ざる事なり、每事に卑怯未練なる所業を致して、人に笑はれまじ、穢はしく臆病なる所業ありて、他日さげすまれ間敷と、心を淸く正しく持つ事なり、廉の相手なり、右八德は人の土產なり、
現代語訳
文武の諸芸も心術心法も、勝気でなければ上達・成就が遅いのです。勝気はあらゆる能の上達のもとだと知るべきです。一つ、義は勇の相手で、裁断の心です。道理にまかせて決断し、ためらわない心を言います。死ぬべき場で死に、討つべき場で討つことです。一つ、廉は角があってひしゃげず、立派なことです。何事にもいさぎよく、きれいに正しく、むさ苦しくない心です。捨てるべきを見て捨て、取ってはならないものを取らないことです。耻の相手です。一つ、耻は辱を知って手前勝手をしないことです。何事にも卑怯・未練な振る舞いをして人に笑われまい、汚らわしく臆病な振る舞いがあって後日さげすまれまい、と心を清く正しく持つことです。廉の相手です。右の八徳は人の土産(身に備わる贈り物)です。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『林子平学則』・八德・孝・悌・忠・信と勇の入口一孝悌忠信勇義廉耻の八字能く心に記すべし、一孝は親に仕る道なり、親に對して不敬不作法の言葉なく、不敬不作法の所業なく、其身の行作正直にして、親の心を安堵せしむる事なり、一悌は兄を敬ひ、弟を愛する道にして、且つ長者に順ふ道なり、兄は云に及ばず、己れより年の增さりたる人をば兄同樣に敬ひて能く順ふを云ふ、順とは行住坐臥飲食等に至迄、禮讓を忘れずして順道を守る事なり、又年減ずる人を弟同樣に見る事なり、一忠は君に仕る道にして、且つ朋友に交るに僞なく信義を以てする事なり、己れを盡すを忠といふ、君に事へて死するも、己れを盡すなり、朋友に信あるも、己れを盡すなり、故に士は己れを知るものゝ爲めに死すと云へり、都て忠なり、一信は每事に虛事虛言なく、實事を以て旨とする事なり、上天子より下庶人まで信あれば人服し、信なければ人背く、貴賤となく信を失ふ事なかれ、一勇は義の相手にて勝氣の事なり、
-
『林子平学則』・良智・克己復禮・茶の湯・寸陰を惜しみ、勇を本とする右八德、讀書武藝良智克己復禮茶の湯猿樂の八條は皆身に近き事にして、今日の業に係る處なり、遠大の事にあらず、童子是れを勤むるに、禹は寸陰を惜むと云へり、寸陰とは一寸の隙と云ふ事なり、又古人業を勤むる者、子に臥し寅に起ると云ふは、一ヶ月の日數三十日にては學び足らざる故、一月を四十五日にする割合なり、是れ勇の持前なり、聖人の心法も佛氏も神家も武藝者の氣位も勇にあらざれば行ひ遂げられぬなり、都て心法は勇を本とし、進む事を專に勤むべし、文武の二藝も皆此心法を宗とするなり、是れ學者の大趣意なり、
-
『林子平学則』・良智・克己復禮・茶の湯・良智を信じ、克己で己に勝つ一良智を能く認記して心學を磨くべし、人々善惡邪正に附いて可否如何と顧みれば、善は善、惡は惡と、明に之を辨へ知る心あるなり、是れ良智なり、此良智は學ばすして、天然に百人の胸中に存在する者にして、所謂神明なり、萬事此良智に問ひて取計ふべし、此良智のまゝにするには、克己復禮の修行を強ひて勤むべし、克己は即ち勇なり、顏子は是れを仕終せたり、其次は是れを勤むべし、一克己復禮の二言、能く辨へ勤むべし、克己は己に勝つと云ふ事なり、己れとは人慾の私にて、手前勝手なること皆己れなり、此己れを押除るは克己なり、
-
『武人訓抄録』・勇を養うは仁義に配す一勇は疑憚を決する所以なり、蓋し血戰勇鬪の士は、唯藝に熟し術に長じ、甲堅く兵利におゐては、其餘闕事多しといへども、既に足れるがごとし、然れども一勇不具ものは、危難に至りて不變事かたく、利誘に及びて不陷事まれなり、勇は戰士の根本たり、其是を養ふの術、よく〱仁義に配して其中正を得べし、徒に助長する時は變じて麁暴となる、麁暴なる時は、尤事を害する事あり、人よく此勇を養ひ成ときは、未應戰といへども、其心勇決して懼憚ところなし、誠に勇を養ふは戰士の急務たり、學者よろしく察せらるべし、
-
『兵要録抄録』・文武の六徳と信夫れ兵士の職爲る、文德を崇び、武義を養ひ、身を致し忠を竭くし、國の干城と爲るに在り。蓋し文武は猶ほ表裏のごとし。偏廢すれば則ち以て士道を盡くすに足らず。鳥の翔るに兩翼の擊ち有り、車の行くに兩輪の轉ずる有り、士德に文武の成る有るがごとし。故に曰く、兵は武を以て植と爲し、文を以て種と爲す。如し其の穀種を獲ざれば、何を以て栽植せんと。仁と禮とは文德なり。義と勇とは武德なり。德の行はるる所以を知るは智なり。之を行ひに誠にするは信なり。這箇の六德は、外より將ち來たり做し去くに非ず。性の固有する所にして心に具はる。這の心や、操れば則ち存し、舍てば則ち亡ぶ。士若し武に於いて舍つる所あらば、則ち議するに足らず。文に於いて或いは舍てて脩めざれば、則ち亦た以て士と爲すに足らず。信は文武の樞紐なり。若し信無ければ、則ち仁者は姑息に止まり、禮者は諂諛に流れ、智者は譎詐を文り、義者は任俠を事とし、勇者は暴賊に陷る。共に德に非ざるなり。夫れ士信有りて後、治まれば則ち敎化を佐くべく、亂るれば則ち民害を除くべし。乃ち以て國の衞と爲るに足る。凡そ士、節を守り死を致し、其の志義爲る者は上なり、名爲る者は次なり。本朝の士風は甚だ名を貪る。故に或いは誤認して名を要むるを以て義と爲す者あり。蓋し義を行ひて名を成す者は善なり。名を要めて功を成す者は卑し。況んや其の志專ら利祿に在る者をや。戰功有りと雖も、亦た以て士と爲すに足らず。名を羞づるは義に近し、羞づとは己を責むるなり。名を求むるは義に遠し、求むとは心外に在るなり。故に多方に管して、虛套に倣ひ、專ら粉飾を事とし、實事日に偸まる。安んぞ待たんや而の求むる所の者の至るを。所謂、全きを求むるの毀り有りとは是れなり。
-
『士規七則』第三則・第四則一、士の道は義より大なるは莫し。義は勇に因りて行はれ、勇は義に因りて長ず。一、士の行は、質実欺かざるを以て要と為し、巧詐過ちを文るを以て恥と為す。光明正大、皆是れに由りて出づ。