導師導古典を学びたいすべての人に 法人向けワークシート法人向けワークシート

配所残筆 / 配所殘筆31

口上之覺當五月十四日渡邊源藏殿御事本多下野守殿へ振舞に御出被成候由にて。拙者所へ押懸御見廻被成候故。奉得御意候。此御一禮にも終に不參候。駿府へ御立候御暇乞にも病氣故不參候。酒井河内守樣御内地與一兵衞事拙者兵學之弟子筋。殊に淺野又市郎殿家老外村源左衞門聟に而御坐候故。罷下り候時分より源左衞門度々近付に成候樣に申候得共。斷申候而延引仕候。當五月十六日外村源左衞門右與一兵衞同道仕候而參候。私方よりは禮に使をも不遣。尤一度も見廻不申候。此外慥成筋目之家中衆並與力衆自然に私所へ參候事御坐候。筋目無き衆新敷近付不罷成候。數年拙者へ被掛御目候は板倉內膳公淺野因州公松浦肥州公に而御坐候。何も拙者儀師恩難忘被思召候由每度御自筆之御狀被下。其御狀今以端々殘御坐候。然所內膳公御事拙者儀不屆有之樣に被仰立候由風聞承り候。風聞の儀に候間僞には可有御坐奉存候へ共。無心元奉存候而。松浦肥州公迄委細申上候御事御坐候。右書付品々不調法に御坐候而。文言之前後仕候所。又は慮外成る言葉御坐候て。若上々樣御耳にかゝり申候所も可有御坐候哉。乍恐無心元奉存候。拙者儀十ヶ年蟄居仕。殊に罰下り候而も。今以逼塞仕罷在候故。彌世上無案內に御坐候て。書違申所々も可有御坐候間。入御高覽候はゞ御用捨被下候樣御取成可被下候。以上。 十月十六日 山鹿甚五左衞門 右之通合紋三

新字:口上之覚当五月十四日渡辺源蔵殿御事本多下野守殿へ振舞に御出被成候由にて。拙者所へ押懸御見廻被成候故。奉得御意候。此御一礼にも終に不参候。駿府へ御立候御暇乞にも病気故不参候。酒井河内守様御内地与一兵衛事拙者兵学之弟子筋。殊に浅野又市郎殿家老外村源左衛門婿に而御坐候故。罷下り候時分より源左衛門度々近付に成候様に申候得共。断申候而延引仕候。当五月十六日外村源左衛門右与一兵衛同道仕候而参候。私方よりは礼に使をも不遣。尤一度も見廻不申候。此外慥成筋目之家中衆並与力衆自然に私所へ参候事御坐候。筋目無き衆新敷近付不罷成候。数年拙者へ被掛御目候は板倉内膳公浅野因州公松浦肥州公に而御坐候。何も拙者儀師恩難忘被思召候由毎度御自筆之御状被下。其御状今以端々残御坐候。然所内膳公御事拙者儀不届有之様に被仰立候由風聞承り候。風聞の儀に候間偽には可有御坐奉存候へ共。無心元奉存候而。松浦肥州公迄委細申上候御事御坐候。右書付品々不調法に御坐候而。文言之前後仕候所。又は慮外成る言葉御坐候て。若上々様御耳にかゝり申候所も可有御坐候哉。乍恐無心元奉存候。拙者儀十ヶ年蟄居仕。殊に罰下り候而も。今以逼塞仕罷在候故。弥世上無案内に御坐候て。書違申所々も可有御坐候間。入御高覧候はゞ御用捨被下候様御取成可被下候。以上。 十月十六日 山鹿甚五左衛門 右之通合紋三

書き下し

口上之覺當五月十四日渡邊源藏殿御事本多下野守殿へ振舞に御出被成候由にて。拙者所へ押懸御見廻被成候故。奉得御意候。此御一禮にも終に不參候。駿府へ御立候御暇乞にも病氣故不參候。酒井河内守樣御内地與一兵衞事拙者兵學之弟子筋。殊に淺野又市郎殿家老外村源左衞門聟に而御坐候故。罷下り候時分より源左衞門度々近付に成候樣に申候得共。斷申候而延引仕候。當五月十六日外村源左衞門右與一兵衞同道仕候而參候。私方よりは禮に使をも不遣。尤一度も見廻不申候。此外慥成筋目之家中衆並與力衆自然に私所へ參候事御坐候。筋目無き衆新敷近付不罷成候。數年拙者へ被掛御目候は板倉內膳公淺野因州公松浦肥州公に而御坐候。何も拙者儀師恩難忘被思召候由每度御自筆之御狀被下。其御狀今以端々殘御坐候。然所內膳公御事拙者儀不屆有之樣に被仰立候由風聞承り候。風聞の儀に候間僞には可有御坐奉存候へ共。無心元奉存候而。松浦肥州公迄委細申上候御事御坐候。右書付品々不調法に御坐候而。文言之前後仕候所。又は慮外成る言葉御坐候て。若上々樣御耳にかゝり申候所も可有御坐候哉。乍恐無心元奉存候。拙者儀十ヶ年蟄居仕。殊に罰下り候而も。今以逼塞仕罷在候故。彌世上無案內に御坐候て。書違申所々も可有御坐候間。入御高覽候はゞ御用捨被下候樣御取成可被下候。以上。 十月十六日 山鹿甚五左衞門 右之通合紋三

現代語訳

口上の覚。この五月十四日、渡辺源蔵殿が本多下野守殿のもとへ振る舞いにお出でになるとのことで、拙者の所へ押しかけて見舞ってくださいましたので、御意を得ました。このお礼にもついに参っておりません。駿府へお立ちになる際の暇乞いにも、病気のため参りませんでした。酒井河内守様の御内の地与一兵衛は、拙者の兵学の弟子筋で、ことに浅野又市郎殿の家老、外村源左衛門の婿でございますので、下ってきたころから、源左衛門がたびたび近付きにと申しましたが、お断りして延び延びにしておりました。この五月十六日に、外村源左衛門がこの与一兵衛を同道して参りました。私のほうからは、お礼に使いをも遣わしておりません。もちろん一度もお見舞いをしておりません。このほか、確かな筋目のある家中の衆や与力の衆が、自然に私の所へ参ることはございます。筋目のない衆とは新たに近付きになりません。数年にわたって拙者にお目をかけてくださったのは、板倉内膳公・浅野因州公・松浦肥州公でございます。どなたも、拙者の師恩を忘れがたく思っておられると、毎度ご自筆のお手紙をくださり、そのお手紙は今も端々が残っております。ところが、内膳公が拙者に不届きがあるように仰せ立てになっているとの風聞を承りました。風聞のことですので、偽りでもあろうかと存じますが、気がかりに思いまして、松浦肥州公までこまごまと申し上げたことがございます。右の書き付けの品々は不調法で、文言の前後や、あるいは慮外な言葉がございまして、もし上々様のお耳に入るところもあるのではと、恐れながら心もとなく存じます。拙者は十年蟄居し、ことに罰を受けた身で、今も逼塞しておりますので、いよいよ世上に不案内で、書き違えたところもございましょうから、ご高覧に入れる際には、ご用捨くださるようお取り成しくださいますように。以上。 十月十六日 山鹿甚五左衛門 右のとおり、合紋三

解説

口上の覚では、素行が具体的な来客や弟子筋への対応を述べます。渡辺源蔵の見舞いに礼にも行かず、外村源左衛門が地与一兵衛を連れて来た時も、礼の使いを出していないと、自分が受け身であったことを強調します。数年目をかけてくれたのは板倉内膳公・浅野因州公・松浦肥州公で、師恩を忘れ難いという自筆の状が今も残るとします。ところが内膳公が自分に不届きがあると言っているという風聞を聞き、松浦肥州公に委細を申し上げたと述べ、文言の前後や慮外な言葉があればお取り成しをと結びます。誤解の火種を感じたとき、一人で抱えず信頼できる人に早めに事情を伝える判断として読めます。

この章句が説くこと

口上師恩風聞弁明取り成し配所残筆

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る