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配所残筆 / 配所殘筆17

甚五左衞門申譯も可有之候得共、如斯被仰付候上は、不及申譯候御事と御申候、私申上候者、御意之上はとかくを可申樣無之由申罷立候、御歩行目付衆兩人居被申候て、内匠頭家來御呼被仰渡候に、御歩行目付衆さはがしく被申候故、私笑申候て一禮仕罷立候、此時分作法無殘處由、右内匠頭之者共其晩噂申候、内匠頭所へ參候ては不通之人にも逢不申候、淺野因州公より磯部彦右衞門御越候て、不苦候由家老共申候得共、是へも逢不申候、右之時分隨分不仕合成儀迷惑至極仕候へ共、心底是に而被申候事は無御座候故、小事にても一ヶ條も申置候事、申遣候事失念不仕候、九日之未明に御當地罷立候段御公儀より被仰聞候者、此者大勢弟子門人有之候、徒黨之輩可有之候間、道中者不及申、江戸罷立候時分、芝品川等にて奪取候事など可有之候間、油斷不仕候やうに被仰渡候由に候間、付候て參候者共も氣遣仕候故、朝より晝時晝休より泊迄は大小用をも不辨候樣に心得申候て、同廿四日之晩に赤穗へ着仕候、我等匹夫之者に候所、一人之采幣にて大勢をもしたがへ申候樣に諸人存候事者、不仕合成内に少は武士の覺悟之所有之にも可罷成候哉、此段皆虛說風聞に次第に罷成候て、於赤穗は心易罷在候、

新字:甚五左衛門申訳も可有之候得共、如斯被仰付候上は、不及申訳候御事と御申候、私申上候者、御意之上はとかくを可申様無之由申罷立候、御歩行目付衆両人居被申候て、内匠頭家来御呼被仰渡候に、御歩行目付衆さはがしく被申候故、私笑申候て一礼仕罷立候、此時分作法無残処由、右内匠頭之者共其晩噂申候、内匠頭所へ参候ては不通之人にも逢不申候、浅野因州公より磯部彦右衛門御越候て、不苦候由家老共申候得共、是へも逢不申候、右之時分随分不仕合成儀迷惑至極仕候へ共、心底是に而被申候事は無御座候故、小事にても一ヶ条も申置候事、申遣候事失念不仕候、九日之未明に御当地罷立候段御公儀より被仰聞候者、此者大勢弟子門人有之候、徒党之輩可有之候間、道中者不及申、江戸罷立候時分、芝品川等にて奪取候事など可有之候間、油断不仕候やうに被仰渡候由に候間、付候て参候者共も気遣仕候故、朝より昼時昼休より泊迄は大小用をも不弁候様に心得申候て、同廿四日之晩に赤穂へ着仕候、我等匹夫之者に候所、一人之采幣にて大勢をもしたがへ申候様に諸人存候事者、不仕合成内に少は武士の覚悟之所有之にも可罷成候哉、此段皆虚説風聞に次第に罷成候て、於赤穂は心易罷在候、

書き下し

甚五左衞門申譯も可有之候得共、如斯被仰付候上は、不及申譯候御事と御申候、私申上候者、御意之上はとかくを可申樣無之由申罷立候、御歩行目付衆兩人居被申候て、内匠頭家來御呼被仰渡候に、御歩行目付衆さはがしく被申候故、私笑申候て一禮仕罷立候、此時分作法無殘處由、右内匠頭之者共其晩噂申候、内匠頭所へ參候ては不通之人にも逢不申候、淺野因州公より磯部彦右衞門御越候て、不苦候由家老共申候得共、是へも逢不申候、右之時分隨分不仕合成儀迷惑至極仕候へ共、心底是に而被申候事は無御座候故、小事にても一ヶ條も申置候事、申遣候事失念不仕候、九日之未明に御當地罷立候段御公儀より被仰聞候者、此者大勢弟子門人有之候、徒黨之輩可有之候間、道中者不及申、江戸罷立候時分、芝品川等にて奪取候事など可有之候間、油斷不仕候やうに被仰渡候由に候間、付候て參候者共も氣遣仕候故、朝より晝時晝休より泊迄は大小用をも不辨候樣に心得申候て、同廿四日之晩に赤穗へ着仕候、我等匹夫之者に候所、一人之采幣にて大勢をもしたがへ申候樣に諸人存候事者、不仕合成内に少は武士の覺悟之所有之にも可罷成候哉、此段皆虛說風聞に次第に罷成候て、於赤穗は心易罷在候、

現代語訳

甚五左衛門には申し開きもあろうが、このように仰せ付けられた以上、申し開きには及ばぬこと、と言われました。私は、御意とあらば、とやかく申し上げることはございませんと答えて、退きました。歩行目付衆が二人おられて、内匠頭の家来を呼んで仰せ渡す時に、歩行目付衆が騒がしく言うので、私は笑って一礼して退きました。この時の私の作法には、欠けるところがなかったと、内匠頭の者たちはその晩噂したそうです。内匠頭の所へ参ってからは、面識のない人にも会いませんでした。浅野因州公から磯部彦右衛門が来られ、差し支えないと家老たちが言いましたが、この方にも会いませんでした。その頃は、まことに不運で迷惑至極でしたが、心の底ではこの件で言うべきことはなかったので、小事でも一か条も、言い置くこと、言い遣わすことを忘れませんでした。九日の未明にこの地を出立するにあたり、公儀から仰せがあって、この者には大勢の弟子門人がいて、徒党の輩がいるかもしれないので、道中は言うまでもなく、江戸を出立する時にも、芝や品川などで奪い取る者があるかもしれないから、油断しないように、とのことでした。そのため付き添う者たちも気遣いをして、朝から昼まで、昼休みから泊まりまで、大小の用も足さないつもりでいるほどで、同じ二十四日の晩に赤穂に着きました。私は取るに足りない者なのに、一人の采配で大勢を従えるかのように人々が思うのは、不運の中にも少しは武士の覚悟のところがあるからでしょうか。この件はすべて、根拠のない噂になっていき、赤穂では気楽に過ごしております。

解説

房州の言葉に対し、素行は弁解せず退き、騒ぐ役人を笑って一礼して去ります。内匠頭家来衆がその作法を噂したというくだりは、自分の振る舞いが他人にどう映ったかを素行が書き留めたものです。預けの身となってからは面会を断り、小事でも言い置くことを忘れなかったと記します。大勢の弟子門人がいるという警戒から、道中が厳重になったことを、素行は虚説風聞として受け流します。窮地での作法を守ることは、周囲の信頼を保つ力になります。現代の組織でも、処分や異動の場面での身の処し方は、その人の評価を長く左右します。弁明が許されないとき、何を言い、何を慎むかは、管理職自身の課題でもあります。

この章句が説くこと

作法弁明風聞預け武士の覚悟配所残筆

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