配所残筆 / 配所殘筆27
四年以前卯六月。私儀奉蒙御赦免。八月御當地へ下着仕。同十四日淺野亦市郎家來大石賴母助同道仕。久世大和守樣へ參上仕候。其節兩人へ御直に被仰聞候者。以前よりの近村衆へは出入可仕候。浪人抔集候事無用可仕候。住所者心次第に何方へ成共可罷在候由被仰渡。右之御意堅今日迄相守罷在候。其節より淺草田原町と申候所借屋仕。今以罷在候。近年者病者に罷成候而。乍慮外行歩不自由に御座候故。大方何方へも不罷出候。罷下候以後。此以前の筋目被思召。戶田左門公其外御使者被下候へ共。御禮迄申上候而。一度も御見廻不申上候。數十年以來由緒御坐候而被懸御目候御方々樣へは。自然掛御目候。是以四年以來度々得御意候御事も無御坐候。淺野又一郎松浦肥州公御事は格別に候。是へも少々にて御見廻不申上候。津輕越州公御事前々より御念頃之筋目御坐候而。私一類共一兩人御家中に罷在候。只今者拙者娘御家中へ遣置候。然者右三家御事主人同意に奉存上候間。折々從此方奉窺御機嫌可然事に奉存候へ共。御斷申上候而大方參上不仕候。娘義も御屋敷之內に罷在候故。逢申度參候事も遠慮仕候而。少々にては不參候。四年以來筋目無御坐候者へ近付に不罷成候。尤御大名衆へ新敷御出入不仕候。小身成御方へも一人も近付に不罷成候。殊更筋目無御坐候家中之衆浪人者斷を申候而。近付に不罷成候。上野御門主樣には。爲冥加一年に兩度從此方必參上仕候。
新字:四年以前卯六月。私儀奉蒙御赦免。八月御当地へ下着仕。同十四日浅野亦市郎家来大石頼母助同道仕。久世大和守様へ参上仕候。其節両人へ御直に被仰聞候者。以前よりの近村衆へは出入可仕候。浪人抔集候事無用可仕候。住所者心次第に何方へ成共可罷在候由被仰渡。右之御意堅今日迄相守罷在候。其節より浅草田原町と申候所借屋仕。今以罷在候。近年者病者に罷成候而。乍慮外行歩不自由に御座候故。大方何方へも不罷出候。罷下候以後。此以前の筋目被思召。戸田左門公其外御使者被下候へ共。御礼迄申上候而。一度も御見廻不申上候。数十年以来由緒御坐候而被懸御目候御方々様へは。自然掛御目候。是以四年以来度々得御意候御事も無御坐候。浅野又一郎松浦肥州公御事は格別に候。是へも少々にて御見廻不申上候。津軽越州公御事前々より御念頃之筋目御坐候而。私一類共一両人御家中に罷在候。只今者拙者娘御家中へ遣置候。然者右三家御事主人同意に奉存上候間。折々従此方奉窺御機嫌可然事に奉存候へ共。御断申上候而大方参上不仕候。娘義も御屋敷之内に罷在候故。逢申度参候事も遠慮仕候而。少々にては不参候。四年以来筋目無御坐候者へ近付に不罷成候。尤御大名衆へ新敷御出入不仕候。小身成御方へも一人も近付に不罷成候。殊更筋目無御坐候家中之衆浪人者断を申候而。近付に不罷成候。上野御門主様には。為冥加一年に両度従此方必参上仕候。
書き下し
四年以前卯六月。私儀奉蒙御赦免。八月御當地へ下着仕。同十四日淺野亦市郎家來大石賴母助同道仕。久世大和守樣へ參上仕候。其節兩人へ御直に被仰聞候者。以前よりの近村衆へは出入可仕候。浪人抔集候事無用可仕候。住所者心次第に何方へ成共可罷在候由被仰渡。右之御意堅今日迄相守罷在候。其節より淺草田原町と申候所借屋仕。今以罷在候。近年者病者に罷成候而。乍慮外行歩不自由に御座候故。大方何方へも不罷出候。罷下候以後。此以前の筋目被思召。戶田左門公其外御使者被下候へ共。御禮迄申上候而。一度も御見廻不申上候。數十年以來由緒御坐候而被懸御目候御方々樣へは。自然掛御目候。是以四年以來度々得御意候御事も無御坐候。淺野又一郎松浦肥州公御事は格別に候。是へも少々にて御見廻不申上候。津輕越州公御事前々より御念頃之筋目御坐候而。私一類共一兩人御家中に罷在候。只今者拙者娘御家中へ遣置候。然者右三家御事主人同意に奉存上候間。折々從此方奉窺御機嫌可然事に奉存候へ共。御斷申上候而大方參上不仕候。娘義も御屋敷之內に罷在候故。逢申度參候事も遠慮仕候而。少々にては不參候。四年以來筋目無御坐候者へ近付に不罷成候。尤御大名衆へ新敷御出入不仕候。小身成御方へも一人も近付に不罷成候。殊更筋目無御坐候家中之衆浪人者斷を申候而。近付に不罷成候。上野御門主樣には。爲冥加一年に兩度從此方必參上仕候。
現代語訳
四年前の卯の年の六月、私は赦免を蒙り、八月にこの地(江戸)に下着しました。同じ月の十四日、浅野又市郎の家来の大石頼母助と同道して、久世大和守様のもとへ参上しました。そのとき、二人に直に仰せ聞かされたのは、以前からの近くの村の衆のところへは出入りしてよい、浪人などを集めることは無用にせよ、住所は心次第で、どこへなりとも居てよい、ということでした。この御意を堅く、今日まで守っております。そのときから浅草田原町という所に借家をして、いまもそこにおります。近年は病者となりまして、恐れながら歩くのも不自由なので、大方どこへも出ません。下ってからのち、以前からの筋目をお思いくださり、戸田左門公やそのほかの方から使者をくださいましたが、お礼を申し上げるだけで、一度もお見舞いはしておりません。数十年来、由緒があってお目をかけていただいている方々には、自然にお目にかかることがあります。この四年来、たびたび御意を得たこともありません。浅野又一郎、松浦肥州公は格別で、こちらへも少々でお見舞いはしておりません。津軽越州公は、前々から念入りの筋目がございまして、私の一類の者が一、二人、御家中におります。いまは拙者の娘を御家中へ遣わしております。そうであれば、右の三家は主人と同じ気持ちに存じますので、折々こちらから御機嫌を伺うのが然るべきと存じますが、お断り申し上げて、大方参上しておりません。娘のことも、お屋敷の内におりますので、会いたくて参ることも遠慮し、少々では参りません。四年来、筋目のない人には近付きになっておりません。もちろん、大名衆へは新たに出入りしておりません。小身の方にも一人も近付きになっておりません。ことに筋目のない家中の衆や浪人者は、お断りして近付きになっておりません。上野の御門主様には、冥加のため、一年に二度、こちらから必ず参上しております。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・憲問篇子曰く、『詐を逆(むか)えず、不信を億(はか)らず。抑も亦た先覚なる者、是れ賢か。』
-
言志四録・南洲手抄信上下に孚す、天下甚だ処し難き事無し。
-
史記 魯仲連鄒陽列伝鄒陽は、斉人なり。梁に游び、故の呉人荘忌夫子・淮陰の枚生の徒と交はる。書を上りて羊勝・公孫詭の間に介す。勝等鄒陽を嫉み、之を梁の孝王に悪す。孝王怒り、之を吏に下し、将に之を殺さんと欲す。鄒陽客游して、讒を以て禽へらる。死して負累せんことを恐れ、乃ち獄中より書を上りて曰く、臣聞く、忠は報いられざる無く、信は疑はれずと。臣常に以て然りと為せしも、徒だ虚語のみ。昔者、荊軻は燕丹の義を慕ひ、白虹日を貫くも、太子之を畏る。衛先生は秦の為に長平の事を画し、太白昴を蝕すも、昭王之を疑ふ。夫れ精は天地を変ずるも、信は両主に喩らず。豈に哀しからずや。今、臣忠を尽くし誠を竭くし、議を畢くして知られんことを願ふも、左右明らかならず、卒に吏の訊に従ひ、世の疑ふ所と為る。是れ荊軻・衛先生をして復た起たしむるも、燕・秦悟らざるなり。願はくは大王孰く之を察せよ。昔、卞和宝を献じて、楚王之を刖る。李斯忠を竭くして、胡亥極刑にす。是を以て箕子は詳り狂ひ、接輿は世を辟く。此の患に遭はんことを恐るればなり。願はくは大王、卞和・李斯の意を孰察して、楚王・胡亥の聴を後にし、臣をして箕子・接輿の笑ふ所と為らしむる無かれ。臣聞く、比干は心を剖かれ、子胥は鴟夷せらると。臣始め信ぜざりしも、乃ち今之を知る。願はくは大王孰察して、少しく憐れみを加へよ。諺に曰く、「白頭にして新たなるが如き有り、傾蓋にして故きが如し」と。何となれば、知ると知らざるとなり。故に昔、樊於期は秦を逃れて燕に之き、首を荊軻に藉して以て丹の事を奉ず。王奢は斉を去りて魏に之き、城に臨みて自剄し、以て斉を卻けて魏を存す。夫れ王奢・樊於期は、斉・秦に新たにして燕・魏に故きに非ざるなり。二国を去りて両君に死する所以の者は、行ひ志に合ひて義を慕ふこと窮まり無ければなり。是を以て蘇秦は天下に信ぜられざるも、燕の為に尾生たり。白圭は戦ひて六城を亡ふも、魏の為に中山を取る。何となれば、誠に以て相知る有ればなり。
-
『酔古堂剣掃』集醒・易く信ずる者は必ず易く疑ふ輕く與ふる者は必ず濫りに取り、易く信ずる者は必ず易く疑ふ。
-
史記 范雎蔡沢列伝卒に范睢の謀を聴き、五大夫綰をして魏を伐たしめ、懐を抜く。後二歳、邢丘を抜く。客卿范睢また昭王に説きて曰く、「秦・韓の地形は、相錯はること繡の如し。秦の韓有るや、譬へば木の蠹有るが如く、人の心腹の病有るがごときなり。天下変無くんば則ち已む、天下変有らば、その秦の患ひと為る者、孰か韓より大ならんや。王は韓を収むるに如かず」と。昭王曰く、「吾固より韓を収めんと欲す、韓聴かず、これを為すこと柰何」と。対へて曰く、「韓安んぞ聴くこと無きを得んや。王、兵を下して滎陽を攻めば、則ち鞏・成皋の道通ぜず。北のかた太行の道を断たば、則ち上党の師下らず。王一たび兵を興して滎陽を攻めば、則ちその国断たれて三と為らん。夫れ韓は必ず亡ぶるを見ば、安んぞ聴かざるを得んや。若し韓聴かば、而して霸事因りて慮るべし」と。王曰く、「善し」と。且に使ひを韓に発せんとす。范睢日に益々親しまれ、また説きて用ひらるること数年、因りて閒を請ひて説きて曰く、「臣山東に居りし時、斉の田文有るを聞きて、その王有るを聞かず。
-
言志四録・南洲手抄信を人に取るは難し。人は口を信ぜずして躬を信ず。躬を信ぜずして心を信ず。是を以て難し。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る