配所残筆 / 配所殘筆25
依之如此心得候學者は。其志す所高尚にして。終に世を背山林に入鳥獸を友と仕候事に候。又書物を好詩文著述を事と致すは。學之慰にて日用之事にはあらず。但文章も學の餘分なれば。是を嫌にはあらず。餘分力の暇には詩歌文章不可棄之也。我等存候聖學之筋は。身を修人を正し世を治平せしめ功成名遂候樣に仕度候。其段は我等今日武士の門に出生せり。身に付て五倫の交際有之。然者自分之心得作法外に五倫之交り。共に武士の上に勤有之。其上武門に付ての業大小品多し。少事にて云時は。衣類食物屋作用具用法迄。武士の作法有る事也。殊更武藝の稽古。武具馬具、之制法用法あり。大にて天下之治平。禮樂之品。國郡之制。山林海河田畠寺祉。四民公事訟訴之仕置政道。兵法軍法陣法營法城築戰法有之。是皆武將武士日用之業なり。然者武門之學問者。自分計修行致ても。此品々にあたりてしるしなく功立不申候ては。聖學之筋に而無之候。此故に右之品に付て工夫思案も有之。舊記古實をも考る事有。然ば外に工夫默識靜坐等致候事。其暇不可有之也。左候とて極り無品々之業を習知仕候は。盡すと云にはあらず。前に云如く。聖學の定規いかたを能知。規矩準繩に入時。見事能通し聞事明に成て。いかやうの業來れりと云共。其品々勘やう明白に知るゝが故に。事物に逢て屈する事無之候。
新字:依之如此心得候学者は。其志す所高尚にして。終に世を背山林に入鳥獣を友と仕候事に候。又書物を好詩文著述を事と致すは。学之慰にて日用之事にはあらず。但文章も学の余分なれば。是を嫌にはあらず。余分力の暇には詩歌文章不可棄之也。我等存候聖学之筋は。身を修人を正し世を治平せしめ功成名遂候様に仕度候。其段は我等今日武士の門に出生せり。身に付て五倫の交際有之。然者自分之心得作法外に五倫之交り。共に武士の上に勤有之。其上武門に付ての業大小品多し。少事にて云時は。衣類食物屋作用具用法迄。武士の作法有る事也。殊更武芸の稽古。武具馬具、之制法用法あり。大にて天下之治平。礼楽之品。国郡之制。山林海河田畠寺祉。四民公事訟訴之仕置政道。兵法軍法陣法営法城築戦法有之。是皆武将武士日用之業なり。然者武門之学問者。自分計修行致ても。此品々にあたりてしるしなく功立不申候ては。聖学之筋に而無之候。此故に右之品に付て工夫思案も有之。旧記古実をも考る事有。然ば外に工夫黙識静坐等致候事。其暇不可有之也。左候とて極り無品々之業を習知仕候は。尽すと云にはあらず。前に云如く。聖学の定規いかたを能知。規矩準縄に入時。見事能通し聞事明に成て。いかやうの業来れりと云共。其品々勘やう明白に知るゝが故に。事物に逢て屈する事無之候。
書き下し
依之如此心得候學者は。其志す所高尚にして。終に世を背山林に入鳥獸を友と仕候事に候。又書物を好詩文著述を事と致すは。學之慰にて日用之事にはあらず。但文章も學の餘分なれば。是を嫌にはあらず。餘分力の暇には詩歌文章不可棄之也。我等存候聖學之筋は。身を修人を正し世を治平せしめ功成名遂候樣に仕度候。其段は我等今日武士の門に出生せり。身に付て五倫の交際有之。然者自分之心得作法外に五倫之交り。共に武士の上に勤有之。其上武門に付ての業大小品多し。少事にて云時は。衣類食物屋作用具用法迄。武士の作法有る事也。殊更武藝の稽古。武具馬具、之制法用法あり。大にて天下之治平。禮樂之品。國郡之制。山林海河田畠寺祉。四民公事訟訴之仕置政道。兵法軍法陣法營法城築戰法有之。是皆武將武士日用之業なり。然者武門之學問者。自分計修行致ても。此品々にあたりてしるしなく功立不申候ては。聖學之筋に而無之候。此故に右之品に付て工夫思案も有之。舊記古實をも考る事有。然ば外に工夫默識靜坐等致候事。其暇不可有之也。左候とて極り無品々之業を習知仕候は。盡すと云にはあらず。前に云如く。聖學の定規いかたを能知。規矩準繩に入時。見事能通し聞事明に成て。いかやうの業來れりと云共。其品々勘やう明白に知るゝが故に。事物に逢て屈する事無之候。
現代語訳
このため、こうした心得で学ぶ者は、志すところが高尚で、ついには世を背いて山林に入り、鳥獣を友とすることになります。また、書物を好み、詩文や著述を事とするのは、学問の慰みであって、日々の用事ではありません。ただし、文章も学問の余りのことですから、これを嫌うわけではありません。余力のあるときには、詩歌や文章を捨ててはなりません。私が考える聖学の筋は、身を修め、人を正し、世を治めて、功を成し名を遂げるようにしたいというものです。というのも、私は今日、武士の家に生まれました。身に即して五倫の交わりがあります。そうであれば、自分の心得や作法のほかに、五倫の交わりのすべてが武士としての勤めになります。そのうえ、武門に関わる仕事は大小さまざまです。小さなことで言えば、衣類・食物・家の造り・用具の用い方まで、武士としての作法があります。とりわけ武芸の稽古、武具・馬具の制法と用法があります。大きなことで言えば、天下の治平、礼楽の品々、国郡の制度、山林・海・河・田畑・寺社、四民の公事・訴訟の処置、政道、兵法・軍法・陣法・営法・城の築き方・戦法があります。これらはみな、武将・武士の日々の業です。そうであれば、武門の学問は、自分ひとりで修行しても、これらの品々に当たって成果がなく功が立たないのでは、聖学の筋ではありません。このため、右の事々について工夫し思案し、古い記録や故実をも考えることがあります。そうであれば、ほかに工夫や黙識、静坐などをする暇はありません。かといって、際限のない品々の業を習い知ることが、尽くすということではありません。前に言ったように、聖学の定規(型)をよく知り、規矩準縄に入ったときには、見事によく通じ、聞くことが明らかになり、どのような業が来ても、その品々の見分け方が明白に分かるため、物事に出会って屈することがありません。
解説
この章句が説くこと
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『大和俗訓』巻之八・応接一人常にわが身をかへりみて、わが身に道を求むべし。実をつとめて、外をねがふ心あるべからず。人を責め、外に求むるは、実をつとむるにあらず。論語の内、孔子の言に、人の己を知らざることをうれへざれ、人を知らざることをうれふ。かやうの語、数章あり。其語意、大抵相似たり。聖人しばしばのたまふは、皆人に実を務むることを教へ給ふなるべし。学者の常に心に掛けて行ふべきことなり。
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『講孟余話』盡心上 第四十一章甚しいかな、公孫丑の道を信ぜざるや。上の第三十九章に於て斉の宣王の為めに短喪を問ひたるも此の人なり。其の所見孔門の宰予と同じ(論語陽貨篇、「宰我問ふ、三年の喪は期にして已に久し」云々)。蓋し朽木糞土、復た雕杇すべからざる者なり。故に其の道に於ける、未だ嘗て躬行心得せず、只是れ孟子の議論博大なるを聞きて「高し美し」となす。知りて知らず、道は日用常行、事物当然、人々行ふに任せ、一も高遠艱深及ぶべからざるの事なし。只行はざるを憂ふるのみ。孟子深く丑を怒る、故に其の言却つて高美益々及ぶべからざるが如し。大匠と羿とを以て自ら居り、直に丑を卸し付けて拙工拙射となす。大匠・羿の譬へは告子上篇の末章にもあれども、其の詞気の寛猛を視て、孟子の丑を怒る声色共に厲しきを想像すべし。結末「能者之に従ふ」の一句尤も厲し。蓋し能の字、前の両つの拙の字に対して下す。謂へらく、吾が道は只能者のみ之に従ふ、汝が如き拙者の及ぶ所に非ずとなり。想ふに、当日丑此の語を聞き、辟易退縮するのみにて、遂に孟子の意を悟らざるべし。或いは是れより丑復た孟子の門に入らざるか。下篇中、孔子の語を引きて、「我が門を過ぎて我が室に入らざるも、我憾みざる者は、其れ惟だ郷原か」と云ふは、殆ど此の種の人の為めに発するが如し。
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