配所残筆 / 配所殘筆22
學問之筋古今共に其品多し、是によつて儒佛神道共に各其一理有之事に候、我等事幼少より壯年迄、專程子朱子之學筋を勤、依之其頃我等述作之書者皆程朱之學筋迄に候、中頃老子莊子を好、玄々虛無之沙汰を本と存候、此時分は別而佛法を貴候て、諸五山之名知識に逢參覺悟道を樂しみ、隱元禪師へ迄令相看候、然共我等不器用故に候哉、程朱之學を仕候ては、持敬靜坐之工夫に陷候て、人品沈默に罷成候樣に覺候、朱子學よりは老莊禪の作法は活達自由に候て、性心之作用天地一枚之妙用、高く明成樣に被存候て、何事も本心自性の用所を以仕候故滯處無之、乾坤打破仕候ても、萬代不變之一理は惶々洒落たる所無疑存候、然共今日之日用事物之上に於ては更に合點不參候故、是は我等不器用故に可有之候、今少合點候て可參と存候て、彌此道を勤候、或は又日用事物の上の事は甚輕儀、如何樣に仕候ても不苦儀共存候へ共、五倫之道に身を置、日用事物之間に應接仕候得は、左樣に者不罷成候てつかへ申候、然者樹下石上之住居仕、閑居獨身に成、世上之功名をすて候得ば、無欲清淨成事絶言語、妙用自由成所可有之樣に覺候、天下國家四民の事物に渡りては大成事は不及言之、細事にても世上の無學成者程にも合點不參候、或は仁を體認せしむれば萬の間に天下の事相濟候と存、
新字:学問之筋古今共に其品多し、是によつて儒仏神道共に各其一理有之事に候、我等事幼少より壮年迄、専程子朱子之学筋を勤、依之其頃我等述作之書者皆程朱之学筋迄に候、中頃老子荘子を好、玄々虚無之沙汰を本と存候、此時分は別而仏法を貴候て、諸五山之名知識に逢参覚悟道を楽しみ、隠元禅師へ迄令相看候、然共我等不器用故に候哉、程朱之学を仕候ては、持敬静坐之工夫に陥候て、人品沈黙に罷成候様に覚候、朱子学よりは老荘禅の作法は活達自由に候て、性心之作用天地一枚之妙用、高く明成様に被存候て、何事も本心自性の用所を以仕候故滞処無之、乾坤打破仕候ても、万代不変之一理は惶々洒落たる所無疑存候、然共今日之日用事物之上に於ては更に合点不参候故、是は我等不器用故に可有之候、今少合点候て可参と存候て、弥此道を勤候、或は又日用事物の上の事は甚軽儀、如何様に仕候ても不苦儀共存候へ共、五倫之道に身を置、日用事物之間に応接仕候得は、左様に者不罷成候てつかへ申候、然者樹下石上之住居仕、閑居独身に成、世上之功名をすて候得ば、無欲清浄成事絶言語、妙用自由成所可有之様に覚候、天下国家四民の事物に渡りては大成事は不及言之、細事にても世上の無学成者程にも合点不参候、或は仁を体認せしむれば万の間に天下の事相済候と存、
書き下し
學問之筋古今共に其品多し、是によつて儒佛神道共に各其一理有之事に候、我等事幼少より壯年迄、專程子朱子之學筋を勤、依之其頃我等述作之書者皆程朱之學筋迄に候、中頃老子莊子を好、玄々虛無之沙汰を本と存候、此時分は別而佛法を貴候て、諸五山之名知識に逢參覺悟道を樂しみ、隱元禪師へ迄令相看候、然共我等不器用故に候哉、程朱之學を仕候ては、持敬靜坐之工夫に陷候て、人品沈默に罷成候樣に覺候、朱子學よりは老莊禪の作法は活達自由に候て、性心之作用天地一枚之妙用、高く明成樣に被存候て、何事も本心自性の用所を以仕候故滯處無之、乾坤打破仕候ても、萬代不變之一理は惶々洒落たる所無疑存候、然共今日之日用事物之上に於ては更に合點不參候故、是は我等不器用故に可有之候、今少合點候て可參と存候て、彌此道を勤候、或は又日用事物の上の事は甚輕儀、如何樣に仕候ても不苦儀共存候へ共、五倫之道に身を置、日用事物之間に應接仕候得は、左樣に者不罷成候てつかへ申候、然者樹下石上之住居仕、閑居獨身に成、世上之功名をすて候得ば、無欲清淨成事絶言語、妙用自由成所可有之樣に覺候、天下國家四民の事物に渡りては大成事は不及言之、細事にても世上の無學成者程にも合點不參候、或は仁を體認せしむれば萬の間に天下の事相濟候と存、
現代語訳
学問の筋は、古今ともに品が多い。それによって、儒・仏・神道ともに、それぞれ一理があります。私は幼少から壮年まで、もっぱら程子・朱子の学筋を勤め、そのため、その頃の私の述作の書は、すべて程朱の学筋にとどまります。中頃には老子・荘子を好み、玄々虚無の説を本と思いました。この頃はとりわけ仏法を貴び、諸五山の名のある知識に会って参禅し、覚悟の道を楽しみ、隠元禅師にまで相見えました。しかし、私が不器用なためでしょうか、程朱の学をしますと、持敬・静坐の工夫に陥って、人品が沈黙がちになるように覚えました。朱子学より老荘禅の作法のほうが、活達自由であり、性心の作用、天地一枚の妙用は高く明らかなように思われ、何事も本心自性の用いどころをもってするので滞るところがなく、天地を打ち破っても万代不変の一理は、さっぱりと洒落たところがあるに疑いないと思いました。ところが、今日の日用の事物の上では、まったく合点がいきませんでした。これは私の不器用さのせいでしょう、もう少し合点して行けるだろうと思い、いよいよこの道を勤めました。あるいは、日用の事物のことはまことに軽い事で、どうしても差し支えないことと思いますけれども、五倫の道に身を置き、日用の事物の間に応接すると、そうはならず、つかえてしまいます。それならば、樹下石上に住み、閑居独身になり、世上の功名を捨てれば、無欲清浄で言語を絶し、妙用自由なところがあるだろうと思われました。天下国家・四民の事物にわたる大きなことはいうまでもなく、細かい事でも、世上の無学な者ほどにも合点がいかず、あるいは、仁を体認すれば万事の間に天下の事は済むと思い、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』魯問魯の南鄙の人に吳慮なる者有り。冬は陶し夏は耕して、自ら舜に比す。子墨子、聞きて之に見ゆ。吳慮、子墨子に謂う、「義のみ、義のみ。焉んぞ之を言うを用いんや」と。子墨子曰く、「子の所謂る義なる者は、亦た力有りて以て人を勞し、財有りて以て人に分かつか」と。吳慮曰く、「有り」と。子墨子曰く、「翟、嘗て之を計れり。翟、耕して天下の人に食わしめんことを慮る。盛んにして、然る後に一農の耕に當たる。諸を天下に分かたば、人ごとに一升の粟をも得る能わず。藉りて以て一升の粟を得と為すも、其の天下の饑を飽かしむる能わざるは、既に睹る可し。
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『法句経』第六 賢哲の部 八六〜八八 黒法を離れ白を修す八六 正しく説かれたる法あるとき其法を遵行する人のみ彼岸に到る、死の境域は越ゆること甚だ難し。 八七 智者は黒法を離れて白(法)を修すべし、在家より非家に趣き、悦び難き孤独を 八八 楽ふべし、智者は諸の欲を去り、一物をも所有せず、己を浄めて諸の煩悩を除くべし。
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『大和俗訓』巻之八・応接一人常にわが身をかへりみて、わが身に道を求むべし。実をつとめて、外をねがふ心あるべからず。人を責め、外に求むるは、実をつとむるにあらず。論語の内、孔子の言に、人の己を知らざることをうれへざれ、人を知らざることをうれふ。かやうの語、数章あり。其語意、大抵相似たり。聖人しばしばのたまふは、皆人に実を務むることを教へ給ふなるべし。学者の常に心に掛けて行ふべきことなり。
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『講孟余話』盡心上 第四十一章甚しいかな、公孫丑の道を信ぜざるや。上の第三十九章に於て斉の宣王の為めに短喪を問ひたるも此の人なり。其の所見孔門の宰予と同じ(論語陽貨篇、「宰我問ふ、三年の喪は期にして已に久し」云々)。蓋し朽木糞土、復た雕杇すべからざる者なり。故に其の道に於ける、未だ嘗て躬行心得せず、只是れ孟子の議論博大なるを聞きて「高し美し」となす。知りて知らず、道は日用常行、事物当然、人々行ふに任せ、一も高遠艱深及ぶべからざるの事なし。只行はざるを憂ふるのみ。孟子深く丑を怒る、故に其の言却つて高美益々及ぶべからざるが如し。大匠と羿とを以て自ら居り、直に丑を卸し付けて拙工拙射となす。大匠・羿の譬へは告子上篇の末章にもあれども、其の詞気の寛猛を視て、孟子の丑を怒る声色共に厲しきを想像すべし。結末「能者之に従ふ」の一句尤も厲し。蓋し能の字、前の両つの拙の字に対して下す。謂へらく、吾が道は只能者のみ之に従ふ、汝が如き拙者の及ぶ所に非ずとなり。想ふに、当日丑此の語を聞き、辟易退縮するのみにて、遂に孟子の意を悟らざるべし。或いは是れより丑復た孟子の門に入らざるか。下篇中、孔子の語を引きて、「我が門を過ぎて我が室に入らざるも、我憾みざる者は、其れ惟だ郷原か」と云ふは、殆ど此の種の人の為めに発するが如し。
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『酔古堂剣掃』集素・麈尾の閒談は畫餅の如し身外に身有り、麈尾を捉りて口を矢ひて閒談するは、真に畫餅の如し。 竅中に竅有り、蒲團に向かひて心を回らし究竟するは、方に是れ力田なり。
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『格言聯璧』學問類・聖賢の道を以て己を治むるは難し手を下す處は是れ自彊不息、成就する處は是れ至誠無息。 聖賢の道を以て人を教ふるは易く、聖賢の道を以て己を治むるは難し。 聖賢の道を以て口に出すは易く、聖賢の道を以て躬ら行ふは難し。 聖賢の道を以て始めに奮ふは易く、聖賢の道を以て終りを克くするは難し。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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