配所残筆 / 配所殘筆19
我等儀以前知行斷候て、内匠頭殿家を出候に、此度内匠頭殿へ御預被成候、然に配所に罷在候内、別而念頃に被仕、常々被申候者、御預にて無之候はば、其方再此地へ可參候哉、隨分内々にて馳走可仕候由被申候、就は衣服食物家宅迄段々念頃不淺候、大石頼母事朝夕之野菜今日迄毎日兩度つゞ送り候、頼母在江戸之内も右之通候、斷申候へ共頼母助申候者、此段全自分之心入にて無之、内匠頭殿御念頃に被思召候、拙者事故、頼母助も如此仕候由申候て相送候、尤配所に罷在候内者、御預之者に候間、隨分慮外無之樣に、家中之者迄懃懇に仕候樣に被申付候て、拙者所へ内匠頭殿御出候以前より、却而懃懇御塵候て迷惑仕候、
新字:我等儀以前知行断候て、内匠頭殿家を出候に、此度内匠頭殿へ御預被成候、然に配所に罷在候内、別而念頃に被仕、常々被申候者、御預にて無之候はば、其方再此地へ可参候哉、随分内々にて馳走可仕候由被申候、就は衣服食物家宅迄段々念頃不浅候、大石頼母事朝夕之野菜今日迄毎日両度つゞ送り候、頼母在江戸之内も右之通候、断申候へ共頼母助申候者、此段全自分之心入にて無之、内匠頭殿御念頃に被思召候、拙者事故、頼母助も如此仕候由申候て相送候、尤配所に罷在候内者、御預之者に候間、随分慮外無之様に、家中之者迄懃懇に仕候様に被申付候て、拙者所へ内匠頭殿御出候以前より、却而懃懇御塵候て迷惑仕候、
書き下し
我等儀以前知行斷候て、内匠頭殿家を出候に、此度内匠頭殿へ御預被成候、然に配所に罷在候内、別而念頃に被仕、常々被申候者、御預にて無之候はば、其方再此地へ可參候哉、隨分内々にて馳走可仕候由被申候、就は衣服食物家宅迄段々念頃不淺候、大石頼母事朝夕之野菜今日迄毎日兩度つゞ送り候、頼母在江戸之内も右之通候、斷申候へ共頼母助申候者、此段全自分之心入にて無之、内匠頭殿御念頃に被思召候、拙者事故、頼母助も如此仕候由申候て相送候、尤配所に罷在候内者、御預之者に候間、隨分慮外無之樣に、家中之者迄懃懇に仕候樣に被申付候て、拙者所へ内匠頭殿御出候以前より、却而懃懇御塵候て迷惑仕候、
現代語訳
私は以前に知行を辞退して、内匠頭殿の家を出ていましたが、このたび内匠頭殿へお預けになりました。そして配所にいる間、特に丁寧に扱ってくださり、つねづね、お預けでなければ、あなたはまたこの地に来られたでしょうか、できるだけ内々に馳走いたしたい、と申されました。衣服、食物、家宅に至るまで、次々と丁寧にしてくださり、その念入りなことは浅くありません。大石頼母は、朝夕の野菜を今日まで毎日二度ずつ送ってくれて、頼母が江戸にいる間も同じようにしてくれました。お断りしたのですが、頼母助が言うには、これはまったく自分の心入れではなく、内匠頭殿が丁寧にと思し召すことで、あなたのことなので頼母助もこのようにいたします、と申して送ってくれました。もっとも配所にいる間は、お預けの者であるから、できるだけ失礼のないよう、家中の者まで丁寧にするようにと申し付けられていて、内匠頭殿が私の所へお出でになる前から、かえって丁寧にされて、恐縮いたしました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之四・礼一朱子曰、礼は即理の節文なり。いふ意は、万の行、道理にかなひて、過不及なく、程よきを云ふ。飲食の一事をいはば、うゑかわく時に飲み食ふは理なり。されども、飲み食ふべき理なりとて、みだりに多く飲み食へば、放逸にして、みだりがはしく、又必病を生ず。飲み食ふべき理にあたりて、過不及なく、よき程なるが、理の節文なり。万の事、是を以て知るべし。
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『五常訓』巻之四・礼本立てば末は是より出づる理なり。末のみ修りて、本なきは、誠なくして、礼の道たたず。喪の礼は、ことさら真実ならでは行はれざるものなれば、既に礼の本を説きて、又其内より、喪の礼の本をかかげ出して説き給ふ。
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『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
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『五常訓』巻之四・礼一威儀をつつしみ、衣冠を正しくし、視ること、聴くこと、言ふこと、動くことの四事につきて、各過不及なく、よき程の法あり。又親につかへ、君につかふるに、各さだまれる法あり。兄弟、夫婦に対し、賓客にまじはり、臣下に対し、民をつかひ、先祖鬼神をまつるも法あり。是礼は、皆天理のよき程なる節文にして、人事の定まれる作法なり。仁義皆理なりといへども、とりわき礼を理といへるに子細あり。理とは行ふべきすぢめなり。万事を行ふに、皆定まりたる作法あり。是人の行ふべきすぢめなり。是即礼なり。ここを以て聖人の説き給へる礼の字は、理の字にあたれり。然れども理といはずして礼といへるに、子細あり。理といへば形と事にあらはれたる迹なくして、虚なり。
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『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
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『弁名』禮是の礼楽の教は、黙して之を識るに在りと雖も、然れども人の知、至る有り、至らざる有り。故に孔子時有りてか、一隅を挙げて以て其の義を語る。義とは先王の礼を制する所以の義、戴記に載する所皆是れのみ。祇だ人の知、至る有り、至らざる有り。故に七十子の先王を信ずる、孔子の先王を信ずるに及ばず。其の人の七十子を信ずるも、亦た七十子の孔子を信ずるに及ばず。故に其の人に喩さんと欲するの急なる、其の義を論説して已まず。日に以て蔓衍し、以て戦国の時に至りて、義遂に礼を離れて孤行し、復た礼に就きて其の義を言はず。孟子の書を観て見るべきのみ。此れより其の後、古を去ること益〻遠く、義理の説益〻盛んに、囂然として以て天下を乱し、先王・孔子の教、蕩乎として尽く。悲しいかな。
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