群書治要 / 『群書治要』鹽鐵論・法は誰にでも分かる形で
道徑、衆民不知所由也。法令、衆人不知所避也。故王者之制法也。昭乎如日月、故民不迷、曠乎若大路、故民不惑、幽隱遠方、折乎知之、愚婦童婦、咸知所避、是故法令不犯、而獄犴不用也。昔秦法繁於秋荼、而網密於凝脂、然而上下相遁、奸僞萌生、有司治之、若救爛捌焦不能禁、非網疏而罪漏、禮義廢而刑罰任也。方今律令百有餘篇、文章繁、罪名重、羣國用之、疑惑或淺或深、自吏明習者不知所處、而况愚民乎。律令塵蠹於棧閣、吏不能遍睹、而况愚民乎。此斷獄所以滋衆而民犯禁滋多也。親服之屬甚衆、上附下附、而服不過五、五刑之屬三千、上殺下殺、而罪不過五、故治民之道、務篤於教也。
新字:道径、衆民不知所由也。法令、衆人不知所避也。故王者之制法也。昭乎如日月、故民不迷、曠乎若大路、故民不惑、幽隠遠方、折乎知之、愚婦童婦、咸知所避、是故法令不犯、而獄犴不用也。昔秦法繁於秋荼、而網密於凝脂、然而上下相遁、奸偽萌生、有司治之、若救爛捌焦不能禁、非網疏而罪漏、礼義廃而刑罰任也。方今律令百有余篇、文章繁、罪名重、羣国用之、疑惑或浅或深、自吏明習者不知所処、而況愚民乎。律令塵蠹於棧閣、吏不能遍睹、而況愚民乎。此断獄所以滋衆而民犯禁滋多也。親服之属甚衆、上附下附、而服不過五、五刑之属三千、上殺下殺、而罪不過五、故治民之道、務篤於教也。
書き下し
道径は、衆民由る所を知らざるなり。法令は、衆人避くる所を知らざるなり。故に王者の法を制するや、昭らかなること日月の如し、故に民迷わず。曠きこと大路の若し、故に民惑わず。幽隠遠方も、折らかに之を知り、愚婦童婦も、咸な避くる所を知る。是の故に法令犯されずして、獄犴用いられず。昔秦の法は秋荼より繁く、網は凝脂より密なり。然り而うして上下相遁れ、奸偽萌生し、有司之を治むるも、爛を救い焦を捌うが若くにして禁ずる能わず。網疏くして罪漏るるに非ず、礼義廃れて刑罰任ぜらるればなり。方今律令百有余篇、文章繁く、罪名重く、群国之を用うるに、疑惑或いは浅く或いは深く、吏の明習する者すら処る所を知らず、而るを況んや愚民をや。律令は桟閣に塵蠹し、吏すら遍く睹ること能わず、而るを況んや愚民をや。此れ断獄の滋く衆く、民の禁を犯すこと滋く多き所以なり。親服の属甚だ衆きも、上附下附して、服は五に過ぎず。五刑の属三千なれども、上殺下殺して、罪は五に過ぎず。故に民を治むるの道は、務めて教えに篤くするにあり。
現代語訳
道は、人々がどこを通ればよいか分からなければ役に立ちません。法令も、人々が何を避けるべきか分からなければ役に立ちません。ですから王者が法を定めるときは、太陽や月のように明らかにして、人々が迷わないようにし、大通りのように開けたものにして、人々が惑わないようにします。辺境の奥深い地の者でも明らかに知り、愚かな女や子どもでも避けるべきことを皆知っていれば、法令は犯されず、牢獄も使われません。昔、秦の法は秋の苦菜よりも繁く、網は凝った脂よりも目が詰まっていました。それでも上も下もすり抜けようとして、悪事と偽りが生まれ、役人が取り締まっても、焼けただれたものを救うようで、止められませんでした。網が粗くて罪が漏れたのではなく、礼義が廃れて刑罰ばかりに頼ったからです。今、律令は百余篇あり、文章は煩雑で、罪名は重く、各地で用いても、疑いは浅い深いと分かれ、習熟した役人でさえ判断に迷います。まして愚かな民はなおさらです。律令は書庫でほこりと虫に埋もれ、役人でさえ全部は目を通せません。まして民はなおさらです。これが裁判が増え、民が禁を犯すことも増える理由です。喪に服する親族の範囲は非常に広いのに、上下に割り振って、喪服の種類は五つを超えません。五刑に属する罪は三千あるのに、上下に割り振って、刑は五つを超えません。ですから民を治める道は、教えに力を注ぐことにあります。
解説

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『塩鉄論』刑德篇文學曰く、道徑眾ければ、人は由る所を知らず。法令眾ければ、民は辟くる所を知らず。故に王者の法を制するや、昭かなること日月の如し、故に民は迷わず。曠きこと大路の若し、故に民は惑わず。幽隱遠方も、折らかに之を知り、室女童婦も、咸な避くる所を知る。是を以て法令犯されずして、獄犴用いられざるなり。昔、秦の法は秋荼よりも繁く、而して網は凝脂よりも密なり。然り而して上下相い遁れ、奸偽萌生す。有司之を治むること、爛を救い焦を撲つが若くにして、禁ずる能わず。網疏にして罪漏るるに非ず、禮義廢れて刑罰任ぜらるればなり。方今、律令百有餘篇、文章繁く、罪名重し。郡國之を用いて疑惑し、或いは淺く或いは深し。吏の明習なる者よりして、處る所を知らず。而るを況んや愚民をや。律令は棧閣に塵ばみ蠹む。吏すら遍く睹る能わず、而るを況んや愚民に於てをや。此れ斷獄の滋々眾き所以にして、民の禁を犯すこと滋々多き所以なり。「宜しく犴すべく宜しく獄すべし、粟を握りて出でて卜す、何よりして能く谷からん」と。刑法の繁きを刺るなり。親服の屬は甚だ眾し。上に殺ぎ下に殺ぎて、服は五を過ぎず。五刑の屬は三千。上に附け下に附けて、罪は五を過ぎず。故に民を治むるの道は、務めて其の教えを篤くするのみ。
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『塩鉄論』刑德篇大夫曰く、令は民を教うる所以なり。法は奸を督する所以なり。令嚴にして民慎み、法設けられて奸禁ぜらる。罔疏なれば則ち獸失われ、法疏なれば則ち罪漏る。罪漏るれば則ち民放佚して輕々しく禁を犯す。故に禁必せざれば、怯夫も僥幸す。誅誠なれば、跖・蹻も犯さず。是を以て古者五刑を作り、肌膚を刻みて民は矩を踰えず。
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群書治要・『群書治要』鹽鐵論・疲れた民は刑を畏れない民の法を仰ぐは、猶お魚の水を仰ぐがごとし。水清ければ則ち静かに、濁れば則ち擾る。擾るれば則ち其の居に安んぜず、静かなれば則ち其の業を楽しむ。其の業を楽しめば則ち富み、富めば則ち仁生じ、贍れば則ち争い止む。是を以て成・康の世には、賞施す所無く、法加うる所無し。刑すべくして刑せざるに非ず、民禁を犯す莫きなり。賞すべくして賞せざるに非ず、民仁ならざる莫きなり。斯くの若くんば、則ち吏何事ありてか理むべけんや。今の民を治むる者は、拙き御の馬を御するが若きなり。行けば則ち之を頓し、止まれば則ち之を撃ち、身は捶に創つき、吻は銜に傷つきて、其の失無きを求むるも、何ぞ得べけんや。故に疲れたる馬は鞭捶を畏れず、疲れたる民は刑法を畏れず、増して之を累ぬと雖も、其れ益有らんや。
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『塩鉄論』周秦篇文學曰く、古者、其の禮を周くして其の教えを明らかにす。禮周く教え明らかにして、從わざる者は然る後に之を等するに刑を以てす。刑罰中りて、民怨みず。故に舜は四罪を施して天下咸な服す。不仁を誅すればなり。輕重各々其の誅に服し、刑は必ず加わりて赦す無し。赦すは惟だ疑わしき者のみ。此くの若くんば、則ち世安んぞ不軌の人を得て之を罪せんや。今、人を殺す者は生き、剽攻竊盜する者は富む。故に良民は內に解怠し、耕を輟めて心を隕とす。古者、君子は刑人に近づかず。刑人は人に非ざればなり。身は放殛せられて後世を辱む。故に賢不肖と無く、恥じざるは莫し。今、行い無きの人は、利を貪りて以て其の身を陷れ、戮辱を蒙りて禮義を捐て、茍生に恒たり。何となれば、一日蠶室に下り、創未だ瘳えざるに、人主を宿衛し、宮殿に出入し、由りて奉祿を受け、大官の享賜を食らうを得。身は以て尊榮、妻子は其の饒かなるを獲ればなり。故に或いは卿相の列に載りて、刀鋸に就くも閔まれず。況んや眾庶をや。夫れ何の恥か之れ有らん。今、其の德教を廢して、之を責むるに禮義を以てするは、是れ民を虐ぐるなり。春秋傳に曰く、「子に罪有れば、其の父を執う。臣に罪有れば、其の君を執うるは、聽の失の大なる者なり」と。今、子を以て父を誅し、弟を以て兄を誅し、親戚相い坐し、什伍相い連なるは、根本を引きて華葉に及ぼし、小指を傷つけて四體を累わすが若し。此くの如くんば、則ち罪有るを以て反って無罪を誅し、無罪の者寡なからん。臧文仲魯を治め、其の盜に勝ちて自ら矜る。子貢曰く、「民將に欺かんとす、而るを況んや盜をや」と。故に吏は斷ずること多きを以て良と為さず、醫は刺すこと多きを以て工と為さず。子產は二人を刑し、一人を殺して、道に遺ちたるを拾わず、而して民に誣うる心無し。故に民の父母と為るは、疾める子を養うを以て、恩を長じ厚くするのみ。首匿相坐の法立ちてより、骨肉の恩廢れて、刑罪多し。父母の子に於けるや、罪有りと雖も猶お之を匿す。其れ罪に服せしめんことを欲せざればなり。子は父の為に隱し、父は子の為に隱すと聞くも、未だ父子の相い坐するを聞かず。兄弟は追うを緩くして以て賊を免ると聞くも、未だ兄弟の相い坐するを聞かず。惡を惡むは其の人に止め、始めを疾みて首惡を誅すと聞くも、未だ什伍にして相い坐するを聞かず。老子曰く、「上に欲無くして民は樸に、上に事無くして民は自ら富む」と。君は君たり臣は臣たり、父は父たり子は子たり。地を伍に比するも何ぞ伍せん、而して政を執る者は何をか責めんや。
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『塩鉄論』刑德篇大夫曰く、文學は王者の法を立つること、曠きこと大路の若しと言う。今、馳道は小さからざるなり。而るに民は公然と之を犯す。其の罪を罰することの輕きを以てなり。千仞の高きは、人輕々しく淩がず。千鈞の重きは、人輕々しく舉げず。商君は道に灰を棄つるを刑して、秦民治まる。故に馬を盜む者は死し、牛を盜む者は加う。本を重んじて輕疾の資を絕つ所以なり。武兵名食は、邊を佐けて武備を重んずる所以なり。盜傷と殺とを同罪とするは、其の心を累わして其の意を責むる所以なり。猶お魯の楚の師を以て齊を伐ちて、春秋之を惡めるがごとし。故に輕きを重しと為し、淺きを深しと為すは、緣有りて然り。法の微なる者は、固より眾人の知る所に非ざるなり。
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『塩鉄論』詔聖篇文學曰く、春夏は生長す、聖人象りて令と為す。秋冬は殺藏す、聖人則りて法と為す。故に令は教えなり、民人を導く所以なり。法は刑罰なり、強暴を禁ずる所以なり。二者は、治亂の具、存亡の效なり。上の任ずる所に在り。湯・武は禮義を經とし、好惡を明らかにして、以て其の民を道く。刑罪未だ加うる所有らずして、民自ら義を行う。殷・周の治まりし所以なり。上に德教無く、下に法則無く、刑に任じて必ず誅す。劓鼻は蔂に盈ち、斷足は車に盈つ。河以西を舉ぐるも、以て天下の徒を受くるに足らず。終に而して以て亡びし者は、秦王なり。二尺四寸の律の異なるに非ず、行う所古に反して民心に悖ればなり。