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塩鉄論 / 詔聖篇

文學曰:「春夏生長、聖人象而為令。秋冬殺藏、聖人則而為法。故令者教也、所以導民人、法者刑罰也、所以禁強暴也。二者、治亂之具、存亡之效也、在上所任。湯、武經禮義、明好惡、以道其民、刑罪未有所加、而民自行義、殷、周所以治也。上無德教、下無法則、任刑必誅、劓鼻盈蔂、斷足盈車、舉河以西、不足以受天下之徒、終而以亡者、秦王也。非二尺四寸之律異、所行反古而悖民心也。」

新字:文学曰:「春夏生長、聖人象而為令。秋冬殺蔵、聖人則而為法。故令者教也、所以導民人、法者刑罰也、所以禁強暴也。二者、治乱之具、存亡之効也、在上所任。湯、武経礼義、明好悪、以道其民、刑罪未有所加、而民自行義、殷、周所以治也。上無徳教、下無法則、任刑必誅、劓鼻盈蔂、断足盈車、舉河以西、不足以受天下之徒、終而以亡者、秦王也。非二尺四寸之律異、所行反古而悖民心也。」

書き下し

文學曰く、春夏は生長す、聖人象りて令と為す。秋冬は殺藏す、聖人則りて法と為す。故に令は教えなり、民人を導く所以なり。法は刑罰なり、強暴を禁ずる所以なり。二者は、治亂の具、存亡の效なり。上の任ずる所に在り。湯・武は禮義を經とし、好惡を明らかにして、以て其の民を道く。刑罪未だ加うる所有らずして、民自ら義を行う。殷・周の治まりし所以なり。上に德教無く、下に法則無く、刑に任じて必ず誅す。劓鼻は蔂に盈ち、斷足は車に盈つ。河以西を舉ぐるも、以て天下の徒を受くるに足らず。終に而して以て亡びし者は、秦王なり。二尺四寸の律の異なるに非ず、行う所古に反して民心に悖ればなり。

現代語訳

文学が言った。「春夏は生じ伸びる。聖人はそれにかたどって令とした。秋冬は殺し蔵める。聖人はそれに則って法とした。だから令とは教えであり、民を導くためのものです。法とは刑罰であり、強暴を禁じるためのものです。この二つは治乱の道具であり、存亡の結果を分けるもの。上に立つ者がどちらに任せるかによります。湯王と武王は礼義を筋道とし、好き嫌いを明らかにして民を導いた。刑罪をまだ加えないうちに、民は自ら義を行った。殷と周が治まった理由です。上に徳の教えがなく、下に法則がなく、刑に任せて必ず誅する。切られた鼻はもっこに満ち、断たれた足は車に満ちた。黄河以西をすべて挙げても、天下の囚人を収容するに足りない。ついに滅びた者、それが秦王です。二尺四寸の律が違ったのではありません。行うことが古に背き、民の心に逆らったからです」

解説

大夫の問いに、文学が令と法を分けて答えた段です。春夏にかたどったのが令で、これは教え。秋冬に則ったのが法で、これは刑罰。二つとも道具であって、上に立つ者がどちらに任せるかで結果が変わる、と。湯武は刑を加える前に民が自ら義を行い、秦は切られた鼻がもっこに満ちた、と両端を並べます。締めが大夫の問いへの直答でした。**二尺四寸の律が違ったのではない、行うことが古に背き、民の心に逆らったからだ。**

この章句が説くこと

令は教えなり民人を導く所以法は刑罰なり強暴を禁ずる所以二尺四寸の律の異なるに非ず行う所古に反して民心に悖ればなり二者は治乱の具存亡の効なり教育運用

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