群書治要 / 『群書治要』晉書下・綱は張り、網は疎くする
夫監司以法舉罪、獄官案劾盡實、法吏據辭守文、大較雖同、然至於施用監司、與夫法獄、體宜小異、獄官唯實、法吏唯文、監司則欲舉大而略小、何則、夫細過微闕謬妄之失、此人情之所必有、而悉糾以法、則朝野無全人、此所謂欲治而反亂者也。是以善為治者、綱舉而網疏、綱舉則所羅者廣、網疏則小罪必漏、所羅者廣、則大罪不縱、則甚泰必刑、微過必漏、則為政不苛、甚泰必刑、然後犯治必塞、此為治之要也。
新字:夫監司以法舉罪、獄官案劾尽実、法吏拠辞守文、大較雖同、然至於施用監司、与夫法獄、体宜小異、獄官唯実、法吏唯文、監司則欲舉大而略小、何則、夫細過微闕謬妄之失、此人情之所必有、而悉糾以法、則朝野無全人、此所謂欲治而反乱者也。是以善為治者、綱舉而網疏、綱舉則所羅者広、網疏則小罪必漏、所羅者広、則大罪不縦、則甚泰必刑、微過必漏、則為政不苛、甚泰必刑、然後犯治必塞、此為治之要也。
書き下し
夫れ監司は法を以て罪を挙げ、獄官は案劾して実を尽くし、法吏は辞に拠り文を守る。大較は同じと雖も、然れども監司を施用するに至りては、夫の法獄と、体宜しく小しく異なるべし。獄官は唯だ実、法吏は唯だ文、監司は則ち大を挙げて小を略せんと欲す。何となれば、夫れ細過微闕、謬妄の失は、此れ人情の必ず有する所なり。而して悉く糾すに法を以てすれば、則ち朝野に全き人無し。此れ所謂治めんと欲して反って乱るるものなり。是を以て善く治を為す者は、綱挙がりて網疎なり。綱挙がれば則ち羅する所の者広く、網疎なれば則ち小罪必ず漏る。羅する所の者広ければ、則ち大罪縦されず、則ち甚泰必ず刑せらる。微過必ず漏るれば、則ち政を為すこと苛ならず。甚泰必ず刑せられ、然る後に犯治必ず塞がる。此れ治の要為り。
現代語訳
そもそも監察の役人は法によって罪をあげ、獄官は取り調べて事実を尽くし、法吏は供述に拠って条文を守ります。大体は同じですが、監察官を用いる場合には、あの法の裁きとは、あり方が少し異なるべきです。獄官は実際の事実だけ、法吏は条文だけを重んじますが、監察官は大きなことをあげて小さなことは省くことを望みます。なぜなら、細かな過ちや小さな手落ち、誤りやでたらめは、人情として必ずあるものです。それをすべて法で糾弾すれば、朝廷にも民間にも傷のない人はいなくなります。これは治めようとしてかえって乱すことです。ですから、よく治める者は、大綱を張って網目は粗くします。大綱が張られていれば捕らえられる範囲は広く、網目が粗ければ小さな罪は必ず漏れます。捕らえる範囲が広ければ大罪は見逃されず、はなはだしい行き過ぎは必ず罰せられます。小さな過ちが必ず漏れるなら、政治は苛酷になりません。はなはだしい行き過ぎが必ず罰せられ、そのうえで治を犯す道がふさがれる。これが治めの要点です。
解説

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『長短経』反経太公曰く「罰を明らかにすれば則ち人は畏懾す。人畏懾すれば則ち変故出づ。〔明罰に反するなり。〕察を明らかにすれば則ち人擾る。人擾るれば則ち人徙る。人徙れば則ち其の処に安んぜず。以て変を成し易し。〔明察に反するなり。太公曰く「賞を明らかにすれば則ち足らず。足らざれば則ち怨み長ず。明王の人を理むるは、好む所を知らずして悪む所を知り、帰する所を知らずして去る所を知る。人をして各々其の生ずる所に安んぜしむれば、而して天下静かなり」と。晋の劉頌曰く「凡そ監司は大を挙げて小を略せんことを欲す。何となれば、夫れ細過微闕、謬忘の失は、此れ人情の必ず有る所なり。固より不犯の地に在るを許さずして、悉く法を以て糾さば、則ち朝野に立人無し。此れ所謂治めんとして乱すなり」と。〕
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群書治要・『群書治要』申鑒・賞罰は政の柄である賞罰は、政の柄なり。賞を明らかにし罰を必にし、信を審らかにし令を慎み、賞は以て善を勧め、罰は以て悪を懲らす。人主の妄りに賞せざるは、徒に其の財を愛しむのみに非ざるなり。賞妄りに行わるれば則ち善勧まず。妄りに罰せざるは、徒に其の人を矜れむのみに非ざるなり。罰妄りに行わるれば則ち悪懲らされず。賞勧まざる、之を善を止むと謂い、罰懲らさざる、之を悪を縦にすと謂う。上に在る者、能く下の善を為すを止めず、下の悪を為すを縦にせざれば、則ち国治まる。是を統法と謂う。
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貞観政要・公平凡そ獄を理むるの情は、必ず犯す所の事に本づきて以て主と為す。敢えて訊せず、旁ら求めず、多端を貴びて、以て聡明を見(あら)わさず。故に律は其の挙劾の法を正し、其の辞を参伍す。実を求むる所以なり。実を飾る所以に非ず。但だ当に参伍して明らかに之を聴くべきのみ。獄吏をして鍛煉し理を飾り辞を手に成さしめず。孔子曰く、「古の獄を聴くは、之を生かす所以を求むるなり。今の獄を聴くは、之を殺す所以を求むるなり」と。故に言を析(さ)きて以て律を破り、案に任せて以て法を成し、左道を執りて以て必ず加うるなり。又た『淮南子』に曰く、「灃水の深きこと十仞。金鉄焉(ここ)に在らば、則ち形は外に見る。深く且つ清からざるに非ず。而れども魚鼈の之に帰する莫きなり」と。故に為す者は苛を以て察と為し、功を以て明と為し、下を刻するを以て忠と為し、訐(あば)くこと多きを以て功と為す。譬うれば猶お革を広ぐるがごとし。大なれば則ち大なり。裂くるの道なり。夫れ賞は宜しく重きに従うべく、罰は宜しく軽きに従うべし。君は其の厚きに居る。百王の通制なり。刑の軽重、恩の厚薄、思わるると疾(にく)まるると、其れ同日に言うべけんや。且つ法は国の権衡なり。時の準縄なり。権衡は軽重を定むる所以、準縄は曲直を正す所以なり。今、法を作るには其の寛平なるを貴び、人を罪するには其の厳酷なるを欲す。喜怒に志を肆(ほしいまま)にし、高下は心に在り。是れ則ち準縄を舎(す)てて以て曲直を正し、権衡を棄てて軽重を定むる者なり。亦た惑わずや。諸葛孔明は、小国の相なり。猶お曰く、「吾が心は秤の如し。人の為に軽重を作す能わず」と。況んや万乗の主、封ずべきの日に当たりて、心に任せて法を棄て、怨みを人に取るべけんや。
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貞観政要・刑法臣聞く、『書』に曰く、「徳を明らかにし罰を慎む」「惟れ刑をこれ恤(あわ)れめ」と。『礼』に云う、「上と為りて事え易く、下と為りて知り易くんば、則ち刑は煩わしからず。上人疑わば則ち百姓惑い、下知り難くんば則ち君長労す」と。夫れ上事え易くんば、則ち下知り易し。君長労せず、百姓惑わず。故に君に一徳有らば、臣に二心無し。上は忠厚の誠を播き、下は股肱の力を竭くす。然る後に太平の基は墜ちず、「康なるかな」の詠は斯に起こる。当今、道は華戎に被り、功は宇宙に高し。思うとして服せざる無く、遠しとして臻(いた)らざる無し。然れども言は簡文を尚び、志は明察に在り。刑賞の用は、未だ尽くさざる所有り。夫れ刑賞の本は、善を勧めて悪を懲らすに在り。帝王の天下と画一を為し、貴賤親疎を以て軽重せざる所以の者なり。今の刑賞は、未だ必ずしも尽くは然らず。或いは屈伸は好悪に在り、或いは軽重は喜怒に由る。喜に遇わば則ち其の情を法中に矜れみ、怒に逢わば則ち其の罪を事外に求む。好む所は則ち皮を鑽(き)りて其の毛羽を出し、悪む所は則ち垢を洗いて其の瘢痕を求む。瘢痕求むべくんば、則ち刑は斯に濫れり。毛羽出すべくんば、則ち賞は因りて謬れり。刑濫れば則ち小人の道長じ、賞謬れば則ち君子の道消ゆ。小人の悪は懲らされず、君子の善は勧められず。而して治安・刑措を望むは、聞く所に非ざるなり。