貞観政要 / 公平
凡理獄之情,必本所犯之事以主,不敢訊,不旁求,不貴多端,以見聰明,故律正其舉劾之法,參伍其辭,所以求實也,非所以飾實也,但當參伍明聽之耳,不使獄吏鍛煉飾理成辭於手。孔子曰:「古之聽獄,求所以生之也;今之聽獄,求所以殺之也。」故析言以破律,任案以成法,執左道以必加也。又《淮南子》曰:「灃水之深十仞,金鐵在焉,則形見於外。非不深且清,而魚鱉莫之歸也。」故為者以苛為察,以功為明,以刻下為忠,以訐多為功,譬猶廣革,大則大矣,裂之道也。夫賞宜從重,罰宜從輕,君居其厚,百王通制。刑之輕重,恩之厚薄,見思與見疾,其可同日言哉!且法,國之權衡也,時之準繩也。權衡所以定輕重,準繩所以正曲直,今作法貴其寬平,罪人欲其嚴酷,喜怒肆志,高下在心,是則舍準繩以正曲直,棄權衡而定輕重者也。不亦惑哉?諸葛孔明,小國之相,猶曰:「吾心如秤,不能為人作輕重。」況萬乘之主,當可封之日,而任心棄法,取怨於人乎?
新字:凡理獄之情,必本所犯之事以主,不敢訊,不旁求,不貴多端,以見聰明,故律正其舉劾之法,参伍其辞,所以求実也,非所以飾実也,但当参伍明聴之耳,不使獄吏鍛煉飾理成辞於手。孔子曰:「古之聴獄,求所以生之也;今之聴獄,求所以殺之也。」故析言以破律,任案以成法,執左道以必加也。又《淮南子》曰:「灃水之深十仞,金鉄在焉,則形見於外。非不深且清,而魚鱉莫之帰也。」故為者以苛為察,以功為明,以刻下為忠,以訐多為功,譬猶広革,大則大矣,裂之道也。夫賞宜従重,罰宜従軽,君居其厚,百王通制。刑之軽重,恩之厚薄,見思与見疾,其可同日言哉!且法,国之権衡也,時之準縄也。権衡所以定軽重,準縄所以正曲直,今作法貴其寛平,罪人欲其厳酷,喜怒肆志,高下在心,是則舎準縄以正曲直,棄権衡而定軽重者也。不亦惑哉?諸葛孔明,小国之相,猶曰:「吾心如秤,不能為人作軽重。」況万乗之主,当可封之日,而任心棄法,取怨於人乎?
書き下し
凡そ獄を理むるの情は、必ず犯す所の事に本づきて以て主と為す。敢えて訊せず、旁ら求めず、多端を貴びて、以て聡明を見(あら)わさず。故に律は其の挙劾の法を正し、其の辞を参伍す。実を求むる所以なり。実を飾る所以に非ず。但だ当に参伍して明らかに之を聴くべきのみ。獄吏をして鍛煉し理を飾り辞を手に成さしめず。孔子曰く、「古の獄を聴くは、之を生かす所以を求むるなり。今の獄を聴くは、之を殺す所以を求むるなり」と。故に言を析(さ)きて以て律を破り、案に任せて以て法を成し、左道を執りて以て必ず加うるなり。又た『淮南子』に曰く、「灃水の深きこと十仞。金鉄焉(ここ)に在らば、則ち形は外に見る。深く且つ清からざるに非ず。而れども魚鼈の之に帰する莫きなり」と。故に為す者は苛を以て察と為し、功を以て明と為し、下を刻するを以て忠と為し、訐(あば)くこと多きを以て功と為す。譬うれば猶お革を広ぐるがごとし。大なれば則ち大なり。裂くるの道なり。夫れ賞は宜しく重きに従うべく、罰は宜しく軽きに従うべし。君は其の厚きに居る。百王の通制なり。刑の軽重、恩の厚薄、思わるると疾(にく)まるると、其れ同日に言うべけんや。且つ法は国の権衡なり。時の準縄なり。権衡は軽重を定むる所以、準縄は曲直を正す所以なり。今、法を作るには其の寛平なるを貴び、人を罪するには其の厳酷なるを欲す。喜怒に志を肆(ほしいまま)にし、高下は心に在り。是れ則ち準縄を舎(す)てて以て曲直を正し、権衡を棄てて軽重を定むる者なり。亦た惑わずや。諸葛孔明は、小国の相なり。猶お曰く、「吾が心は秤の如し。人の為に軽重を作す能わず」と。況んや万乗の主、封ずべきの日に当たりて、心に任せて法を棄て、怨みを人に取るべけんや。
現代語訳
そもそも裁判の情は、必ず犯した事実に基づくことを主とします。むやみに尋問せず、余計なことを探らず、多くの手がかりを貴んで聡明さを誇示しない。だから律は告発の法を正し、供述を照合させます。真実を求めるためで、真実を飾るためではありません。ただ照合してよく聞くだけです。獄吏に、供述を鍛え上げ、道理を飾り、言葉を手元で作らせてはなりません。孔子は「昔の裁判は、生かす道を求めた。今の裁判は、殺す道を求める」と言いました。だから言葉を分解して律を破り、調書に任せて法とし、邪道を用いて必ず罪を加える。また『淮南子』に「灃水の深さは十仞。金や鉄があれば、その形が外から見える。深く清くないわけではない。しかし魚や亀は寄りつかない」とあります。だから苛酷を明察とし、実績を明晰とし、下を苛むのを忠実とし、暴くことの多さを功績とする。喩えれば革を広げるようなもの。大きくはなるが、裂ける道です。賞は重きに従い、罰は軽きに従うべきです。君主は厚いほうに身を置く。歴代の王に通じる制度です。刑の軽重、恩の厚薄、慕われるか憎まれるか。同じに語れましょうか。それに法は国の秤であり、時代の墨縄です。秤は軽重を定め、墨縄は曲直を正すもの。今、法を作る時は寛大で公平であることを貴び、人を罰する時は厳酷であることを望む。喜怒のままに志をほしいままにし、高下は心次第。これでは墨縄を捨てて曲直を正し、秤を捨てて軽重を定めるようなもの。惑いではありませんか。諸葛孔明は小国の宰相でありながら「私の心は秤のようだ。人のために軽重を変えられない」と言いました。まして大国の主が、寛容であるべき時に、心のままに法を捨て、人から怨みを買ってよいのでしょうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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貞観政要・公平故に『体論』に云う、「夫れ淫泆盗竊は、百姓の悪む所なり。我従いて之を刑罰す。当に過ぐと雖も、百姓は我を以て暴と為さざるは、公なればなり。怨曠饑寒も、亦た百姓の悪む所なり。遁れて之を法に陥る。我従いて之を寛宥す。百姓は我を以て偏と為さざるは、公なればなり。我の重んずる所は、百姓の憎む所なり。我の軽んずる所は、百姓の憐れむ所なり。是の故に賞は軽くして善を勧め、刑は省きて奸を禁ず」と。此に由りて之を言えば、公の法に於けるは、不可なる無きなり。過ちて軽きも亦た可なり。私の法に於けるは可なる無きなり。過ちて軽ければ則ち奸を縦(ゆる)し、過ちて重ければ則ち善を傷(そこな)う。聖人の法に於けるや公なり。然れども猶お其の未だしきを懼れて、之を救うに化を以てす。此れ上古の務むる所なり。後の獄を理むる者は則ち然らず。未だ罪人を訊(と)わざるに、則ち先ず之が意を為す。其の之を訊うに及びては、則ち駆りて之を意に致す。之を能と謂う。獄の由る所を探らず、生じて之が分を為し、而して上は人主の微旨を求めて以て制と為す。之を忠と謂う。其の官に当たるや能、其の上に事うるや忠なれば、則ち名利随いて之を与う。駆りて之を陥る。道化の隆んなるを望まんと欲するも、亦た難きかな。
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貞観政要・公平貞観の初め、志は公道に存す。人に犯す所有らば、一一法に於てす。縦(たと)い時に臨みて処断すること或いは軽重有るも、但だ臣下の執論を見れば、忻然として受納せざる無し。民は罪の私無きを知る。故に甘心して怨まず。臣下は言いて忤(さか)らわざるを見る。故に力を尽くして以て忠を効(いた)す。頃年より以来、意は漸く深刻なり。三面の網を開くと雖も、而して察して淵中の魚を見る。取捨は愛憎に在り、軽重は喜怒に由る。之を愛する者は、罪は重しと雖も強いて之が辞を為す。之を悪む者は、過ちは小なりと雖も深く其の意を探る。法に定科無く、情に任せて以て軽重す。人に執論有らば、之を疑うに阿偽を以てす。故に罰を受くる者は控告する所無く、官に当たる者は敢えて正言する莫し。其の心を服せずして、但だ其の口を窮む。之に罪を加えんと欲せば、其れ辞無からんや。又た五品已上に犯す有らば、悉く曹司をして聞奏せしむ。本と其の情状を察して、哀矜する所有らんと欲す。今は乃ち曲げて小節を求め、或いは其の罪を重くす。人をして攻撃せしめ、惟だ深からざるを恨む。事に重条無くんば、之を法外に求めて加うる所、十に六七有り。故に頃年、犯す者は上に聞こゆるを懼れ、法司に付するを得るを以て、多幸と為す。告訐已(や)まず、窮理息まず。君は上に私し、吏は下に奸なり。細過を求めて大体を忘れ、一罰を行いて衆奸を起こす。此れ乃ち公平の道に背き、泣辜(きゅうこ)の意に乖(そむ)く。其の人和し訟息(や)むを欲するも、得べからざるなり。
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貞観政要・刑法臣聞く、『書』に曰く、「徳を明らかにし罰を慎む」「惟れ刑をこれ恤(あわ)れめ」と。『礼』に云う、「上と為りて事え易く、下と為りて知り易くんば、則ち刑は煩わしからず。上人疑わば則ち百姓惑い、下知り難くんば則ち君長労す」と。夫れ上事え易くんば、則ち下知り易し。君長労せず、百姓惑わず。故に君に一徳有らば、臣に二心無し。上は忠厚の誠を播き、下は股肱の力を竭くす。然る後に太平の基は墜ちず、「康なるかな」の詠は斯に起こる。当今、道は華戎に被り、功は宇宙に高し。思うとして服せざる無く、遠しとして臻(いた)らざる無し。然れども言は簡文を尚び、志は明察に在り。刑賞の用は、未だ尽くさざる所有り。夫れ刑賞の本は、善を勧めて悪を懲らすに在り。帝王の天下と画一を為し、貴賤親疎を以て軽重せざる所以の者なり。今の刑賞は、未だ必ずしも尽くは然らず。或いは屈伸は好悪に在り、或いは軽重は喜怒に由る。喜に遇わば則ち其の情を法中に矜れみ、怒に逢わば則ち其の罪を事外に求む。好む所は則ち皮を鑽(き)りて其の毛羽を出し、悪む所は則ち垢を洗いて其の瘢痕を求む。瘢痕求むべくんば、則ち刑は斯に濫れり。毛羽出すべくんば、則ち賞は因りて謬れり。刑濫れば則ち小人の道長じ、賞謬れば則ち君子の道消ゆ。小人の悪は懲らされず、君子の善は勧められず。而して治安・刑措を望むは、聞く所に非ざるなり。
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貞観政要・公平凡そ訟を聴き獄を理むるは、必ず父子の親に原(もと)づき、君臣の義を立て、軽重の序を権(はか)り、浅深の量を測る。其の聡明を悉くし、其の忠愛を致す。疑わば則ち衆と之を共にす。疑わば則ち軽きに従うは、之を重んずる所以なり。故に舜は咎繇に命じて曰く、「汝は士と作(な)れ。惟れ刑を之れ恤(あわ)れめ」と。又復た之に加うるに三訊を以てす。衆の善しとする所、然る後に之を断ず。是を以て法を為すに、之を人情に参ず。故に『伝』に曰く、「小大の獄、察する能わずと雖も、必ず情を以てす」と。而るに世俗の拘愚苛刻の吏は、以為えらく、情なる者は貨を取る者なり、愛憎を立つる者なり、親戚に右(くみ)する者なり、怨讎を陥るる者なりと。何ぞ世俗の小吏の情と、夫の古人と懸かに遠きや。有司は此の情を以て之を群吏に疑い、人主は此の情を以て之を有司に疑う。是れ君臣上下、通じて相い疑うなり。其の忠を尽くし節を立てんことを欲するも、難きかな。
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貞観政要・刑法『詩』に云う、「識らず知らず」と。『書』に曰く、「偏無く党無し」と。彼此を胸臆に一にし、好悪を心想に捐(す)つ。衆棄てて而る後に刑を加え、衆悦びて而る後に賞を命ず。其の強きを弱くして其の乱るるを治め、其の屈を伸ばして其の枉れるを直くす。故に曰く、衡の如く石の如し。物を定むるに数を以てせず。物の懸かる者は、軽重自ら見(あら)わる。水の如く鏡の如し。物に示すに形を以てせず。物の鑒みる者は、妍蚩(けんし)自ら露わる。渾渾として濁る勿かれ、皎皎として清き勿かれ。汶汶として暗き勿かれ、察察として明らかなる勿かれ。冕旒(べんりゅう)は目を蔽うと雖も未だ形あらざるに視、黈纊(とうこう)は耳を塞ぐと雖も声無きに聴く。心を湛然の域に縦(ほしいまま)にし、神を至道の精に遊ばしむ。之を扣(たた)く者は、洪繊に応じて響きを効(いた)す。之を酌む者は、浅深に随いて皆な盈つ。故に曰く、天の清、地の寧、王の貞なり。四時は言わずして代序し、万物は無為にして成るを受く。豈に知らんや、帝は其の力有りて、天下は和平なるを。吾が王は乱を撥(おさ)め、戡(か)つに智力を以てす。人は其の威を懼れ、未だ其の徳に懐(なつ)かず。我が皇は運を撫し、扇ぐに淳風を以てす。民は其の始めに懐き、未だ其の終わりを保たず。爰に金鏡を術(の)べ、神を窮め性を尽くす。人をして心を以てし、言に応ずるに行を以てせしむ。理体を包括し、辞令を抑揚す。天下を公と為し、一人に慶有り。羅を開き祝を起こし、琴を援(と)り詩を命ず。一日二日、茲を念いて茲に在り。惟だ人の召く所、天より之を祐(たす)く。争臣・司直、敢えて前疑に告ぐ。
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貞観政要・刑法且つ夫れ暇豫の清談は、皆な孔・老を敦尚す。威怒の至る所は、則ち申・韓に法を取る。直道にして行うも、三黜無きに非ず。人を危うくして自ら安んずるは、蓋し亦た多し。故に道徳の旨は未だ弘まらず、刻薄の風は已に扇(あお)がる。夫れ刻薄既に扇がれば、則ち下は百端を生ず。人は競いて時に趨(おもむ)けば、則ち憲章は一ならず。之を王度に稽(かんが)うるに、実に君道を虧く。昔、州犁は其の手を上下し、楚国の法は遂に差(たが)う。張湯は其の心を軽重し、漢朝の刑は以て弊る。人臣の頗僻を以てすら、猶お能く其の欺罔を申(の)ぶる莫し。況んや人君の高下は、将に何を以て其の手足を措(お)かんや。睿聖の聡明を以て、幽微として燭(て)らさざる無し。豈に神に達せざる所有り、智に通ぜざる所有らんや。其の安んずる所に安んじ、恤刑を以て念と為さず。其の楽しむ所を楽しみ、遂に先笑の変を忘る。禍福は相い倚り、吉凶は域を同じくす。惟だ人の召く所、安くんぞ思わざるべけんや。頃者、責罰は稍(やや)多く、威怒は微しく厲し。或いは供帳の贍(た)らざるを以てし、或いは営作の差違を以てし、或いは物の心に称わざるを以てし、或いは人の命に従わざるを以てす。皆な治を致すの急なる所に非ず。実に恐る、驕奢の攸(ところ)に漸(すす)むを。是れ知る、「貴は驕と期せずして驕は自ら至り、富は侈と期せずして侈は自ら来たる」と。徒語に非ざるなり。
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