群書治要 / 『群書治要』蜀志・沈黙する部下を悪く言う声への答え
東曹掾楊戲、素性簡略、琬與言論、時不應答。或欲構戲於琬曰:公與戲語而不見應、戲之慢上、不亦甚乎。琬曰:人心不同、各如其面、面從後言、古人之所誡也。戲欲贊吾是邪、則非其本心、欲反吾言、則顯吾之非、是以默然、是戲之快也。
新字:東曹掾楊戯、素性簡略、琬与言論、時不応答。或欲構戯於琬曰:公与戯語而不見応、戯之慢上、不亦甚乎。琬曰:人心不同、各如其面、面従後言、古人之所誡也。戯欲賛吾是邪、則非其本心、欲反吾言、則顕吾之非、是以黙然、是戯之快也。
書き下し
東曹掾の楊戯は、素性簡略にして、琬と言論するも、時に応答せず。或るひと戯を琬に構えんと欲して曰く、公は戯と語りて応えられず、戯の上を慢ること、亦た甚だしからずや、と。琬曰く、人心の同じからざること、各おの其の面の如し。面従して後言するは、古人の戒むる所なり。戯は吾を賛して是とせんと欲すれば、則ち其の本心に非ず。吾が言に反せんと欲すれば、則ち吾の非を顕す。是を以て黙然たり。是れ戯の快なり、と。
現代語訳
東曹掾の楊戯は、生まれつき口数が少なく、蒋琬が話しかけても、ときには返事をしませんでした。ある者が楊戯を蒋琬に讒言しようとして言いました。「公が話しかけられても応じないとは、楊戯が上の者を侮ることは甚だしいではありませんか。」蒋琬は言いました。「人の心が同じでないのは、顔がそれぞれ違うのと同じだ。面前では従っておいて背後で悪く言うことこそ、古人が戒めたことである。楊戯が私に賛成して正しいと言おうとすれば、それは彼の本心ではない。私の言葉に反対しようとすれば、私の誤りをあらわにしてしまう。だから黙っているのだ。これこそ楊戯のさっぱりした人柄である。」
解説

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