群書治要 / 『群書治要』後漢書・上の奢りは下を映す
上之化下、猶風之靡草、今上無去奢之儉、下有縱欲之獘、至使禽獸食民之甘、木土衣民之帛。昔師曠諫晉平公曰:樑柱衣繡、民無褐衣、池有弃酒、士有渴死、廏馬秣粟、民有飢色、近臣不敢諫、遠臣不得暢、此之謂也。
新字:上之化下、猶風之靡草、今上無去奢之倹、下有縦欲之獘、至使禽獣食民之甘、木土衣民之帛。昔師曠諫晋平公曰:梁柱衣繍、民無褐衣、池有弃酒、士有渇死、廏馬秣粟、民有飢色、近臣不敢諫、遠臣不得暢、此之謂也。
書き下し
上の下を化するは、猶お風の草を靡かすがごとし。今、上は奢を去るの倹無く、下は欲を縦にするの獘有り、禽獣をして民の甘きを食らい、木土をして民の帛を衣せしむるに至る。昔、師曠、晋の平公を諫めて曰く、梁柱は繡を衣て、民に褐衣無く、池に棄酒有りて、士に渇死する有り、厩馬は粟を秣いて、民に飢色有り。近臣敢えて諫めず、遠臣暢ぶるを得ず、とは、此の謂いなり。
現代語訳
上の者が下の者を感化するのは、風が草をなびかせるようなものです。ところが今、上には奢りを捨てる倹約がなく、下には欲望をほしいままにする弊害があります。その結果、禽獣が民の美味を食らい、木や土が民の絹を着るような有様になっています。昔、師曠が晋の平公を諫めて言いました。「宮殿の梁や柱は刺繍の布で飾られているのに、民には粗末な衣もなく、池には捨てられた酒があるのに、渇いて死ぬ者がおり、厩の馬は穀物を食べているのに、民は飢えた顔をしています。近くの臣はあえて諫めず、遠くの臣は思いを述べることができません」と。これはこのことを言うのです。
解説
呂強は後漢の霊帝のころの宦官ですが、清廉で忠義の人として伝えられ、この上疏で、宦官や外戚の奢侈が世を乱すことを諫めました。風が草をなびかせるという言葉は、上の振る舞いが下の標準になる、という『論語』にも通じる考え方です。贅沢をする上の姿を見て、下は自分も許されると受け取ります。経営者や管理職が接待や経費の使い方を緩めれば、現場の規律も同じように緩みます。逆に、自ら控えめに振る舞う姿は、言葉の訓示より強く伝わります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
風と草奢侈倹約師曠上行下効呂強
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