群書治要 / 『群書治要』說苑・酔いの失態を咎めぬ度量
楚莊王賜羣臣酒、日暮酒酣、華燭滅、乃有引美人衣者、美人援絕其冠纓。告王曰:今燭滅、有引妾衣者、援得其纓、待之矣。促上火視絕纓者。王曰:賜人酒、使醉失禮、奈何欲顯婦人節而辱士乎。乃命左右、今與寡人飲、不絕冠纓者不歡、羣臣皆絕纓而上火、盡歡而罷、居二年、晉與楚戰、有一臣常在前、五合五獲首而却敵、卒得勝之、莊王怪而問之。對曰:臣往者醉失禮、王隱忍不暴而誅、常願肝腦塗地、用頸血湔敵久矣。臣乃夜絕纓者也。
新字:楚荘王賜羣臣酒、日暮酒酣、華燭滅、乃有引美人衣者、美人援絶其冠纓。告王曰:今燭滅、有引妾衣者、援得其纓、待之矣。促上火視絶纓者。王曰:賜人酒、使酔失礼、奈何欲顕婦人節而辱士乎。乃命左右、今与寡人飲、不絶冠纓者不歓、羣臣皆絶纓而上火、尽歓而罷、居二年、晋与楚戦、有一臣常在前、五合五獲首而却敵、卒得勝之、荘王怪而問之。対曰:臣往者酔失礼、王隠忍不暴而誅、常願肝脳塗地、用頸血湔敵久矣。臣乃夜絶纓者也。
書き下し
楚の荘王、群臣に酒を賜い、日暮れて酒酣にして、華燭滅ゆ。乃ち美人の衣を引く者有り。美人援きて其の冠纓を絶ち、王に告げて曰く、今燭滅えて、妾の衣を引く者有り。援きて其の纓を得たり。之を待てり、促して火を上げて纓を絶ちし者を視たまえと。王曰く、人に酒を賜い、酔いて礼を失わしむ。奈何ぞ婦人の節を顕さんと欲して士を辱めんや。乃ち左右に命ず、今寡人と飲みて、冠纓を絶たざる者は歓ばずと。群臣皆な纓を絶ちて火を上げ、歓を尽くして罷む。居ること二年、晋と楚と戦い、一臣有り常に前に在り、五合して五たび首を獲て敵を却け、卒に之に勝つことを得たり。荘王怪しみて之を問う。対えて曰く、臣は往者酔いて礼を失うも、王隠忍して暴かず誅せず。常に肝脳地に塗れ、頸血を用って敵に湔ぐを願うこと久し。臣は乃ち夜纓を絶ちし者なり。
現代語訳
楚の荘王が家臣たちに酒を振る舞い、日が暮れて酒がまわったころ、灯りが消えました。すると、ある者が美人の衣を引きました。美人はその者の冠のひもを引きちぎり、王に告げました。いま灯りが消えて、私の衣を引く者がありました。私はその冠のひもを引きちぎって持っております。急いで灯りをつけ、ひもの切れた者をお調べください。王は言いました。人に酒を振る舞って、酔わせて礼を失わせたのだ。婦人の節操を表すために、士を辱めてよいものか。そして左右に命じました。今日は私と飲んで、冠のひもを切らない者は楽しくないものとする。家臣たちは皆、冠のひもを切って灯りをつけ、存分に楽しんで終わりました。二年が過ぎ、晋と楚が戦いました。いつも先頭に立つ一人の家臣がいて、五度交戦して五度とも首を取り、敵を退け、ついに勝利を得ました。荘王は不思議に思って尋ねました。家臣は答えました。私は以前酒に酔って礼を失いましたが、王は耐え忍んで暴かず、罰もなさいませんでした。いつか肝脳を地にまみれさせ、頸の血で敵を洗うほど尽くしたいと、長く願っておりました。私こそ、あの夜に冠のひもを切った者です。
解説

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説苑・復恩楚の荘王群臣に酒を賜ふ、日暮れて酒酣にして、燈燭滅す、乃ち人の美人の衣を引く者有り、美人其の冠纓を援絶して、王に告げて曰く、「今者燭滅え、妾の衣を引く者有り、妾其の冠纓を援け得て之を持てり、趣かに火を来して上げしめ、纓を絶ちし者を視られよ」と。王曰く、「人に酒を賜ひ、酔ひて礼を失はしめしに、奈何ぞ婦人の節を顕して士を辱めんと欲せんや」と。乃ち左右に命じて曰く、「今日寡人と飲みて、冠纓を絶たざる者は懽ならず」と。群臣百有余人皆其の冠纓を絶ち去りて火を上ぐ、卒に尽く懽びて罷む。居ること三年、晋楚と戦ふ、一臣常に前に在り、五合五たび奮ひ、首として敵を卻く、卒に之に勝つを得たり、荘王怪しみて問ひて曰く、「寡人徳薄く、又未だ嘗て子を異にせざるに、子何の故に死に出でて疑はざること是の如きか」と。対へて曰く、「臣当に死すべかりき、往者酔ひて礼を失ひしとき、王隠忍して誅を加へざりき、臣終に敢へて蔭蔽の徳を以て王に顕報せざらんや、常に肝脳を地に塗り、頸血を用ひて敵に湔がんことを願ふこと久し、臣乃ち夜纓を絶ちし者なり」と。遂に晋軍を敗り、楚以て強きを得たり、此れ陰徳有る者は必ず陽報有るなり。
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『智囊』見大・楚莊王・袁盎楚の荘王、群臣に宴し、美人に命じて酒を行らしむ。日暮れ酒酣にして燭滅ゆ。美人の衣を引く者有り。美人は援きて其の冠纓を絶ち、趣に火もて之を視んことを請う。王曰く、奈何ぞ婦人の節を顕わして、士を辱めんや、と。命じて曰く、今日、寡人と飲みて纓を絶たざる者は歓せず、と。群臣は尽く纓を絶ちて火し、歓を極めて罷む。鄭を囲むの役に及び、一臣有りて常に前に在り、五合にして五たび首を獲、敵を却け、卒に勝つを得たり。之を詢うに、則ち夜に纓を絶ちし者なり。盎は先に嘗て呉の相たりし時、盎の従史に私かに盎の侍児に通ずる者有り。盎は之を知るも泄らさず。人の言を以て従史を恐かす有り、従史は亡ぐ。盎は親ら追いて之を反し、竟に侍児を以て賜い、之を遇すること故の如し。景帝の時、盎は既に入りて太常と為り、復た呉に使いす。呉王は時に反を謀り、盎を殺さんと欲し、五百人を以て之を囲むも、盎は未だ覚らざるなり。会たま従史は適たま盎を守る校尉司馬と為り、乃ち醇醪二百石を置き、五百人を尽く飲ましめて醉臥せしむ。輒ち夜に盎を引き起こして曰く、君は去るべし。旦日、王は且に君を斬らんとす、と。盎曰く、公は何為る者ぞ、と。司馬曰く、故の従史の君の侍児を盗みし者なり、と。是に於いて盎は驚きて脱し去る。〔馮述評〕梁の葛周、宋の種世衡は、皆な此の術を用いて敵を克ち叛を討つ。張説の禍を免れしが若きは、転円の福と謂うべし。兀術の小卒の妻を殺さざるは、亦た胡虜の中の杰然たる者なり。葛周は嘗て寵する所の美姫と同飲す。侍卒の姫を目視して輟まず、周の問いに答えを失う者有り。既に自ら覚り、罪を懼る。周は並びに言わず。後に唐の師と戦い、利を失う。周は此の卒を呼びて奮勇して敵を破らしめ、竟に美姫を以て之に妻わす。
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