新序 / 雜事第五
楚人有善相人,所言無遺䇿,聞於國。莊王見而問於情,對曰:「臣非能相人,能觀人之交也。布衣也,其交皆孝悌,篤謹畏令,如此者其家必日益,身必日安,此所謂吉人也。官事君者也,其交皆誠信,有好善如此者,事君日益,官職日益,此所謂吉士也。主明臣賢,左右多忠,主有失皆敢分争正諫,如此者國日安,主日尊,天下日富,此之謂吉主也。臣非能相人,能觀人之交也。」莊王曰:「善。」於是乃招聘四方之士,夙夜不懈,遂得孫叔敖,將軍子重之屬,以備卿相,遂成霸功。詩曰:「濟濟多士,文王以寧。」此之謂也。
新字:楚人有善相人,所言無遺策,聞於国。荘王見而問於情,対曰:「臣非能相人,能観人之交也。布衣也,其交皆孝悌,篤謹畏令,如此者其家必日益,身必日安,此所謂吉人也。官事君者也,其交皆誠信,有好善如此者,事君日益,官職日益,此所謂吉士也。主明臣賢,左右多忠,主有失皆敢分争正諫,如此者国日安,主日尊,天下日富,此之謂吉主也。臣非能相人,能観人之交也。」荘王曰:「善。」於是乃招聘四方之士,夙夜不懈,遂得孫叔敖,将軍子重之属,以備卿相,遂成覇功。詩曰:「済済多士,文王以寧。」此之謂也。
書き下し
楚人に善く人を相する有り。言う所遺策無し。國に聞こゆ。莊王見て情を問う。對えて曰く、臣は能く人を相するに非ず。能く人の交わりを觀るなり。布衣なるは、其の交わり皆な孝悌にして、篤謹に令を畏る。此くの如き者は其の家必ず日ミ益し、身必ず日ミ安し。此れ所謂吉人なり。官もて君に事うる者は、其の交わり皆な誠信にして、善を好む有り。此くの如き者は、君に事うること日ミ益し、官職日ミ益す。此れ所謂吉士なり。主明らかに臣賢く、左右に忠多く、主に失有れば皆な敢えて分かち爭いて正諫す。此くの如き者は國日ミ安く、主日ミ尊く、天下日ミ富む。此れ之を吉主と謂う。臣は能く人を相するに非ず。能く人の交わりを觀るなり、と。莊王曰く、善し、と。是に於いて乃ち四方の士を招聘し、夙夜懈らず。遂に孫叔敖、將軍子重の屬を得て、以て卿相に備え、遂に霸功を成す。詩に曰く、濟濟たる多士、文王以て寧し、と。此の謂いなり。
現代語訳
楚の人によく人相を見る者がいた。言うことに外れがなかった。国じゅうに知られていた。荘王が会ってその実情を問うた。答えた。「臣は人相を見ることができるのではありません。その人の交わりを見ることができるのです。庶民であれば、その交わる相手がみな孝悌で、篤実で慎み深く法令を畏れている。このような者は、その家が必ず日ごとに豊かになり、身は必ず日ごとに安らかになります。これがいわゆる吉なる人です。官職で君に仕える者であれば、その交わる相手がみな誠実で信があり、善を好むところがある。このような者は、君に仕えることが日ごとに進み、官職も日ごとに上がります。これがいわゆる吉なる士です。主が明らかで臣が賢く、側近に忠実な者が多く、主に過ちがあればみなあえて分かれて争い正しく諫める。このような場合は、国が日ごとに安らかになり、主は日ごとに尊くなり、天下は日ごとに富みます。これを吉なる主と申します。臣は人相を見ることができるのではありません。その人の交わりを見ることができるのです」。荘王は言った。「もっともだ」。そこで四方の士を招き、朝晩怠らなかった。ついに孫叔敖や将軍の子重らを得て、卿や宰相に据え、ついに覇業を成した。『詩経』に「多くの立派な士がいて、文王はそれで安らかであった」とある。これのことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・修身・入る所を慎み、接する所を慎む廟に入れば敬を期せずして自ら敬し、朝に入れば肅を期せずして自ら肅たり。是を以て君子は入る所を慎むなり。嚴師を見れば則ち收斂し、狎友を見れば則ち放恣なり。是を以て君子は接する所を慎むなり。
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『墨子』所染子墨子、染絲する者を見て歎じて言いて曰く、「蒼に染むれば則ち蒼く、黄に染むれば則ち黄なり。入るる所の者變ずれば、其の色も亦た變ず。五たび入れて已に五色と為る。故に染は慎まざる可からざるなり」と。
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『講孟余話』滕文公下 第六章「一薛居州、独り宋王を如何せん」。此の章の義極めて明白、比喩極めて的切、而して到底又此の一句に帰す。然れども是れ独り人君の知るべきのみに非ず。卿大夫士に至るまで、争臣争友少なくては、善をなすこと甚だ難し。更に一転して思ふに、心の存する所、身の行ふ所、接する所の事、翫ぶ所の芸、皆善に非ざることなくば、何を以て不善の人たらんや。故に云ふ、「小人間居して不善をなす」と。不善の萌しは必ず無事による者なれば、是れを思ひて、身を孝悌文武の内に漸漬して、他念を生ずるに暇なくすべし。是れ亦荘嶽に置くの意なり。
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『呻吟語』外篇・品藻・至此不為君子、真小人なり君子事に當たれば、則ち小人も皆な君子と為る。此に至りて君子と為らざるは、真の小人なり。小人事に當たれば、則ち中人も皆な小人と為る。此に至りて小人と為らざるは、真の君子なり。
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『新書』保傅秦に及びて然らず、其の俗は固より辞譲を貴ぶに非ず、上ぶ所は告訏なり。固より礼義を貴ぶに非ず、上ぶ所は刑罰なり。趙高をして胡亥に傅きて之に獄を教えしめ、習う所は人を斬劓するに非ざれば、則ち人の三族を夷するなり。故に今日位に即き、明日人を射、忠諫する者は之を誹謗と謂い、深く之が為に計る者は之を妖言と謂い、其の人を殺すを視ること艾草菅の若く然り。豈に胡亥の性悪ならんや。其の之を集め道く所以の者、理に非ざる故なり。
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孟子・滕文公章句下孟子、戴不勝に謂いて曰く、「子は子の王の善ならんことを欲するか。我明らかに子に告げん。此に楚の大夫有らんに、其の子の齊語せんことを欲すれば、則ち齊人をして諸に傅たらしめんか。楚人をして諸に傅たらしめんか。」曰く、「齊人をして之に傅たらしめん。」曰く、「一齊人之に傅たるも、衆楚人之を咻せば、雖日に撻(むちうつ)ちて其の齊たらんことを求むと雖も、得可からず。引いて之を莊嶽の間に置くこと數年ならば、日に撻ちて其の楚たらんことを求むと雖も、亦た得可からず。子、薛居州を善士と謂い、之をして王の所に居らしむ。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州ならば、王は誰と與にか不善を為さん。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州に非ざれば、王は誰と與にか善を為さん。一薛居州、獨り宋王を如何せん。」 <語釈> ○「咻」、音はキュウ、義はかまびすしくすること。○「莊嶽」、顧炎武云う、莊は是れ街の名、嶽は是れ里の名。

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