五常訓 / 巻之五・智
一人を知れば、はじめて一たび會面しても、其人の賢を知りて、交深くなる。或は數千里をへだてゝも、其情を通はす。數千年の久しきといへど、其人を思ひしたふ。人を知らざれば、朝夕膝をならべて、白頭にいたるまで、久しく交りても知らず。人を知ると、知らざると、其大にかはれる事、かくの如し。故に士は知己の者のために死すといへる事、豈然らずや。
新字:一人を知れば、はじめて一たび会面しても、其人の賢を知りて、交深くなる。或は数千里をへだてゝも、其情を通はす。数千年の久しきといへど、其人を思ひしたふ。人を知らざれば、朝夕膝をならべて、白頭にいたるまで、久しく交りても知らず。人を知ると、知らざると、其大にかはれる事、かくの如し。故に士は知己の者のために死すといへる事、豈然らずや。
書き下し
一人を知れば、はじめて一たび会面しても、其人の賢を知りて、交深くなる。或は数千里をへだてても、其情を通はす。数千年の久しきといへど、其人を思ひしたふ。人を知らざれば、朝夕膝をならべて、白頭にいたるまで、久しく交りても知らず。人を知ると、知らざると、其大にかはれる事、かくの如し。故に士は知己の者のために死すといへる事、豈然らずや。
現代語訳
人を知っていれば、初めて一度会っただけでも、その人の賢さを知って交わりが深くなります。あるいは数千里を隔てても、その情を通わせます。数千年の久しい隔たりがあっても、その人を思い慕います。人を知らなければ、朝夕膝を並べ、白髪頭になるまで長く交わっても知りません。人を知ることと知らないことの違いが大きいことは、このようなものです。ですから「士は己を知る者のために死す」という言葉は、本当にそのとおりではありませんか。
解説
この章句が説くこと
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