五常訓 / 巻之五・智
一孔子の舜の大智なることを稱し給へり。舜は大智なりし故に、わが智を用ひ給はず、天下の人の智をあつめて、我が智とし給ふ。是大智なり。此故に人に問ふことを好み給ひて、淺く近き言を聞きても、其言の善惡を察して、惡しきをば匿して、人にかたり給はず、善をばあげ用ひて、其人の言なる由あらはし給ふ。かくありし故に、人善を舜に告げ申すことを好めり。さありて、人のいふ言の中にてえらびて、其中の過不及なき、道理の至極せるを取りて用ひ給ふ。是舜の大智なる所なり。古人は、詢于芻蕘とて、わが智を自滿せずして、草かり木こりなどの、いやしく愚なる者にも、知るべき事は問ひて、其言を用ふ。是諸人の知をあつめて、廣くとりて、我が知とするなり。
新字:一孔子の舜の大智なることを称し給へり。舜は大智なりし故に、わが智を用ひ給はず、天下の人の智をあつめて、我が智とし給ふ。是大智なり。此故に人に問ふことを好み給ひて、浅く近き言を聞きても、其言の善悪を察して、悪しきをば匿して、人にかたり給はず、善をばあげ用ひて、其人の言なる由あらはし給ふ。かくありし故に、人善を舜に告げ申すことを好めり。さありて、人のいふ言の中にてえらびて、其中の過不及なき、道理の至極せるを取りて用ひ給ふ。是舜の大智なる所なり。古人は、詢于芻蕘とて、わが智を自満せずして、草かり木こりなどの、いやしく愚なる者にも、知るべき事は問ひて、其言を用ふ。是諸人の知をあつめて、広くとりて、我が知とするなり。
書き下し
一孔子の舜の大智なることを称し給へり。舜は大智なりし故に、わが智を用ひ給はず、天下の人の智をあつめて、我が智とし給ふ。是大智なり。此故に人に問ふことを好み給ひて、浅く近き言を聞きても、其言の善悪を察して、悪しきをば匿して、人にかたり給はず、善をばあげ用ひて、其人の言なる由あらはし給ふ。かくありし故に、人善を舜に告げ申すことを好めり。さありて、人のいふ言の中にてえらびて、其中の過不及なき、道理の至極せるを取りて用ひ給ふ。是舜の大智なる所なり。古人は、詢于芻蕘とて、わが智を自満せずして、草かり木こりなどの、いやしく愚なる者にも、知るべき事は問ひて、其言を用ふ。是諸人の知をあつめて、広くとりて、我が知とするなり。
現代語訳
孔子は舜が大智であることを称えられました。舜は大智であったので、自分の智を用いず、天下の人の智を集めて自分の智とされました。これが大智です。それで人に問うことを好まれ、浅く身近な言葉を聞いても、その言葉の善悪を見極め、悪いものは隠して人に語らず、善いものは取り上げて用い、その人の言葉であることを明らかにされました。こうであったので、人々は善いことを舜に申し上げることを好みました。そうして人の言う言葉の中から選んで、過不及のない、道理の極まったものを取って用いられました。これが舜の大智であるところです。古人は「芻蕘(くさかり・きこり)にも詢る」と言って、自分の智に満足せず、草刈りや木こりのような身分が低く愚かな者にも、知るべきことは問うて、その言葉を用いました。これは多くの人の知を集め、広く取って自分の知とするのです。
解説
この章句が説くこと
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『十善法語』巻第五・不綺語戒総シテ王公大人ハ其威名日月ノ如ク。其言行泰山ノ雲ノ如ク。下民仰キ瞻ル。四海則ヲトル所シヤ。ソレ故其過モ日月ノ蝕ノ如ク。万国ノ見テ知トコロシヤ。美玉ノ瑕ノ如ク。好絹ノ汚ノ如ク。掩テ掩ハレヌシヤ。民庶ノ類ハ身微ニ事眇ナル故。戯謔ニ由テ身ヲ亡スニ至ルコト少ク。仮令身ヲ亡シ家ヲ敗ルモ。人ニ知ラレ世ニ数ヘラルルニ至ラヌシヤ。此ニ至テハ君タルコト誠ニ難ト云ヘキシヤ。
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『韓非子』難四第三十九衛の孫文子、魯に聘す。公登れば亦登る。叔孫穆子趨り進みて曰く、「諸侯の会に、寡君未だ嘗て衛君に後れず。今子は寡君に後るること一等ならず。寡君未だ過つ所を知らざるなり。子其れ少しく安んぜよ。」孫子辞無く、亦悛むる容無し。穆子退きて人に告げて曰く、「孫子必ず亡びん。亡臣にして君に後れず、過ちて悛めざるは、亡の本なり。」或ひと曰く、天子道を失へば、諸侯之を伐つ、故に湯・武有り。諸侯道を失へば、大夫之を伐つ、故に斉・晋有り。臣にして君を伐つ者必ず亡びば、則ち是れ湯・武は王たらず、晋・斉は立たざるなり。孫子は衛に君たり、而して後に魯に臣たらず、臣の君なり。君に失有り、故に臣に得有り。亡を失有るの君に命ぜずして、亡を得有るの臣に命ずるは、察せず。魯は衛の大夫を誅するを得ず、而して衛君の明は悛めざるの臣を知らず。孫子是の二つ有りと雖も、巨ぞ以て亡びん。其の亡ぶる所以を其れ失ふは、君を得る所以なり。或ひと曰く、臣主の施は、分なり。臣能く君を奪ふ者は、得を以て相踦すればなり。故に其の分に非ずして取る者は、衆の奪ふ所なり。其の分を辞して取る者は、民の予ふる所なり。是を以て桀は㟭山の女を索め、紂は比干の心を求めて、天下離る。湯は身名を易へ、武は身詈を受けて、海内服す。趙咺は山に走り、田氏は外に僕して、斉・晋従ふ。則ち湯・武の王たる所以、斉・晋の立つ所以は、必ずしも其の君を以てするに非ざるなり、彼之を得て而る後に君を以て之に処るなり。
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孫子・作戦篇故に兵は勝つを貴び、久しきを貴ばず。故に兵を知るの将は、民の司命、国家安危の主なり。
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『墨子』兼愛下然り而して天下の士の兼を非とする者の言、猶お未だ止まざるなり。曰く、「意うに以て士を擇ぶ可くして、以て君子を擇ぶ可からず」と。姑く嘗みに兩つながら之を進めん。誰か以て二君と為し、其の一君をして兼を執らしめ、其の一君をして别を執らしめん。是の故に别君の言に曰く、「吾れ惡くんぞ能く吾が萬民の身を為むること吾が身を為むるが若くせんや。此れ泰だ天下の情に非ざるなり。人の地上に生くるや㡬何も無きなり。之を譬うるに猶お駟を馳せて隙を過ぐるがごときなり」と。是の故に退きて其の萬民を睹るに、饑うるも即ち食わしめず、寒きも即ち衣せしめず、疾病あるも侍養せず、死喪あるも葬埋せず。别君の言は此くの若く、行いも此くの若し。
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『韓非子』難三第三十八且つ此れ亡王の俗、取・魯の民の自ら美とする所以にして、穆公独り之を貴ぶ、亦倒ならずや。文公出亡す。献公、寺人披をして之を蒲城に功めしむ。披、其の袪を斬る。文公、翟に奔る。恵公位に即き、又之を恵竇に功めしむるも、得ざるなり。文公国に反るに及び、披見えんことを求む。公曰く、「蒲城の役、君一宿を令するに、汝即ち至る。恵竇の難、君三宿を令するに、汝一宿す。何ぞ其れ速やかなるや。」披対へて曰く、「君令は二ならず。君の悪を除くには、惟だ堪へざるを恐る。蒲人・翟人、余に何か有らん。今公位に即く、其れ蒲・翟無からんや。且つ桓公は射鉤を置きて管仲を相とす。」君乃ち之に見ゆ。或ひと曰く、斉・晋の祀を絶つは、亦宜ならずや。
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孟子・公孫丑章句上孟子曰く、「伯夷は其の君に非ざれば事えず。其の友に非ざれば友とせず。惡人の朝に立たず。惡人と言(ものいう)わず。惡人の朝に立ち、惡人と言うは、朝衣朝冠を以て塗炭に坐するが如し。惡を惡むの心を推すに、鄉人と立ちて、其の冠正しからざれば、望望然として之を去り、將に浼(けがす)されんとするが若く思う。是の故に諸侯其の辭命を善くして至る者有りと雖も、受けざるなり。受けざる者は、是れも亦た就くを屑しとせざるのみ。柳下惠は汙君を羞ぢず、小官を卑しとせず。進んで賢を隱さず、必ず其の道を以てす。遺佚せられて怨みず、阨窮して憫えず。故に曰く、『爾は爾為り、我は我為り。我が側に袒裼裸裎すと雖も、爾焉くんぞ能く我を浼さんや。』故に由由然として之と偕にして自ら失わず。援(ひく)いて之を止むれば止まる。援いて之を止むれば止まる者は、是れ亦た去るを屑しとせざるのみ。」孟子曰く、「伯夷は隘なり。柳下惠は不恭なり。隘と不恭とは、君子由らざるなり。」
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