導師導古典を学びたいすべての人に

五常訓 / 巻之五・智

豈まことならずや。熟思審處は、智者のする事にして、後悔なき道なり。かねて其事あるべきと知りたる事は、先其事を行ふべきやうを思ひはかりて、きはめ置くべし。事にのぞみて、とやせんかくやせんと計るは、おそくして、事に及ばず。すべて思慮は、かねてより定むべし。又かねて計らざる不慮に出來たる事も、亦多し。此時にのぞみても、つくづくと思ひ、審にはかるべし。或は智ある人、其事を知れる人に問ふべし。あわてゝ、わが心ひとつにて、にはかに其事を決定すれば、必過多し。後悔すとも益なし。いそがはしく決定すれば、必あやまる。古人の言に、凡事唯怕待、待者詳處之謂也と云へるが如し。待とは、急に決定せずして、つまびらかに思案して行ふなり。

新字:豈まことならずや。熟思審処は、智者のする事にして、後悔なき道なり。かねて其事あるべきと知りたる事は、先其事を行ふべきやうを思ひはかりて、きはめ置くべし。事にのぞみて、とやせんかくやせんと計るは、おそくして、事に及ばず。すべて思慮は、かねてより定むべし。又かねて計らざる不慮に出来たる事も、亦多し。此時にのぞみても、つくづくと思ひ、審にはかるべし。或は智ある人、其事を知れる人に問ふべし。あわてゝ、わが心ひとつにて、にはかに其事を決定すれば、必過多し。後悔すとも益なし。いそがはしく決定すれば、必あやまる。古人の言に、凡事唯怕待、待者詳処之謂也と云へるが如し。待とは、急に決定せずして、つまびらかに思案して行ふなり。

書き下し

豈まことならずや。熟思審処は、智者のする事にして、後悔なき道なり。かねて其事あるべきと知りたる事は、先其事を行ふべきやうを思ひはかりて、きはめ置くべし。事にのぞみて、とやせんかくやせんと計るは、おそくして、事に及ばず。すべて思慮は、かねてより定むべし。又かねて計らざる不慮に出来たる事も、亦多し。此時にのぞみても、つくづくと思ひ、審にはかるべし。或は智ある人、其事を知れる人に問ふべし。あわてて、わが心ひとつにて、にはかに其事を決定すれば、必過多し。後悔すとも益なし。いそがはしく決定すれば、必あやまる。古人の言に、凡そ事は唯待つを怕る、待つとは詳らかに処するの謂なりと云へるが如し。待とは、急に決定せずして、つまびらかに思案して行ふなり。

現代語訳

熟思審処(よく思い、つまびらかに処置すること)は、智者のすることで、後悔のない道です。前もってその事があるはずだとわかっていることは、まずその事をどう行うかを考えはかって、決めておくべきです。事に臨んでああしようかこうしようかと考えるのは遅くて、間に合いません。すべて思慮は前もって定めておくべきです。また前もって予想しなかった不慮の事が起こることも多くあります。そのときに臨んでも、つくづくと思い、つまびらかにはかるべきです。あるいは智ある人や、その事を知っている人に問うべきです。あわてて自分の心一つでにわかにその事を決めれば、必ず過ちが多くなります。後悔しても益はありません。急いで決めれば必ず誤ります。古人の言葉に「およそ事はただ待つことを恐れる。待つとはつまびらかに処置することをいうのである」とあるとおりです。待つとは、急いで決めずに、つまびらかに思案して行うことです。

解説

よく考えて細かく処置する「熟思審処」を後悔のない道として勧めます。予想できることは前もって対応を決めておき、予想外のことが起きたときは、あわてずによく考え、知っている人に相談してから決めるべきだと言います。「待つとは詳らかに処するの謂なり」という古人の言葉を引き、待つことを先延ばしではなく丁寧に考える時間として位置づけているのが大事な点です。危機管理でいう事前の想定と、緊急時にまず落ち着いて情報を集める手順に、そのまま当てはまります。

この章句が説くこと

思慮判断智後悔相談

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る