五常訓 / 巻之五・智
又天地の元氣、冬の間しづまり息まざれば、來春大に發生して、功用をなしがたし。冬の内、天地の氣をさまりて、內にふくみ集るを以て、來春の陽氣、是より出づる故、發生の本とす。是一年の功の初を生すなり。故に冬は一年のをはりを成して、又一年のはじめを生す。人の身も、あしたよりゆふべに至りて、動働けども、夜にいたりて寢いりしづまる。是一日のをはりを成すなり。又夜中ねぶらざれば、明日力なし。夜中に、よく寢いり息めば、明日の働に力あり。是明日の初を生ずるなり。智の四德の初を生じ、終を成すも、亦かくの如し。禮はさかんにあらはる。智はかくれて見えず。禮と智とは、うらおもてなり。夏は萬物さかんに、陽氣あらはる。冬は萬物ひそまりて、陽氣かくる。冬と夏とは、うらおもてなるが如し。
新字:又天地の元気、冬の間しづまり息まざれば、来春大に発生して、功用をなしがたし。冬の内、天地の気をさまりて、内にふくみ集るを以て、来春の陽気、是より出づる故、発生の本とす。是一年の功の初を生すなり。故に冬は一年のをはりを成して、又一年のはじめを生す。人の身も、あしたよりゆふべに至りて、動働けども、夜にいたりて寝いりしづまる。是一日のをはりを成すなり。又夜中ねぶらざれば、明日力なし。夜中に、よく寝いり息めば、明日の働に力あり。是明日の初を生ずるなり。智の四徳の初を生じ、終を成すも、亦かくの如し。礼はさかんにあらはる。智はかくれて見えず。礼と智とは、うらおもてなり。夏は万物さかんに、陽気あらはる。冬は万物ひそまりて、陽気かくる。冬と夏とは、うらおもてなるが如し。
書き下し
又天地の元気、冬の間しづまり息まざれば、来春大に発生して、功用をなしがたし。冬の内、天地の気をさまりて、内にふくみ集るを以て、来春の陽気、是より出づる故、発生の本とす。是一年の功の初を生すなり。故に冬は一年のをはりを成して、又一年のはじめを生す。人の身も、あしたよりゆふべに至りて、動働けども、夜にいたりて寝いりしづまる。是一日のをはりを成すなり。又夜中ねぶらざれば、明日力なし。夜中に、よく寝いり息めば、明日の働に力あり。是明日の初を生ずるなり。智の四徳の初を生じ、終を成すも、亦かくの如し。礼はさかんにあらはる。智はかくれて見えず。礼と智とは、うらおもてなり。夏は万物さかんに、陽気あらはる。冬は万物ひそまりて、陽気かくる。冬と夏とは、うらおもてなるが如し。
現代語訳
また天地の元気が冬の間に静まり休まなければ、来春大いに発生して功用をなすことはできません。冬のうちに天地の気がおさまって内に含み集まるので、来春の陽気がここから出るのであり、発生の本とします。これは一年の功の始めを生むのです。ですから冬は一年の終わりを成して、また一年の始めを生むのです。人の身も、朝から夕方まで動き働いても、夜になると寝入って静まります。これは一日の終わりを成すのです。また夜中に眠らなければ、明日は力がありません。夜中によく寝入って休めば、明日の働きに力があります。これは明日の始めを生むのです。智が四徳の始めを生み、終わりを成すのも、またこのようなものです。礼は盛んに表に現れます。智は隠れて見えません。礼と智とは裏表です。夏は万物が盛んで陽気が現れます。冬は万物がひそまって陽気が隠れます。冬と夏とが裏表であるようなものです。
解説
この章句が説くこと
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