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五常訓 / 巻之五・智

一仁の、物をあはれみ、義の、悪をはぢ惡み、禮の、つゝしみ敬ふは、皆なせるわざあり。唯智のみ、心の明なるのみにて、しづかにして、何のしわざもなし。されども仁義禮も、智の明なるを以て、是非を知りわかつにあらざれは、其道行はれず。仁義禮これによりて行はれ、是によりて成就す。故に智は、四德の始をなし、終をなす。四德の末にあるは、終を成すなり。仁義禮を行ひ出すは、初を生すなり。たとへば一年の内、春は生じ、夏は長じ、秋はをさむ。此三時は、皆氣動きてなす事あり。唯冬は、四時の末にありて、しづかにして、何のしわざもなし。陽氣のかくれひそまれるのみ。されど一年の功、こゝにいたりて成就す。是冬は、一年の功の終を成すなり。

新字:一仁の、物をあはれみ、義の、悪をはぢ悪み、礼の、つゝしみ敬ふは、皆なせるわざあり。唯智のみ、心の明なるのみにて、しづかにして、何のしわざもなし。されども仁義礼も、智の明なるを以て、是非を知りわかつにあらざれは、其道行はれず。仁義礼これによりて行はれ、是によりて成就す。故に智は、四徳の始をなし、終をなす。四徳の末にあるは、終を成すなり。仁義礼を行ひ出すは、初を生すなり。たとへば一年の内、春は生じ、夏は長じ、秋はをさむ。此三時は、皆気動きてなす事あり。唯冬は、四時の末にありて、しづかにして、何のしわざもなし。陽気のかくれひそまれるのみ。されど一年の功、こゝにいたりて成就す。是冬は、一年の功の終を成すなり。

書き下し

一仁の、物をあはれみ、義の、悪をはぢ悪み、礼の、つつしみ敬ふは、皆なせるわざあり。唯智のみ、心の明なるのみにて、しづかにして、何のしわざもなし。されども仁義礼も、智の明なるを以て、是非を知りわかつにあらざれは、其道行はれず。仁義礼これによりて行はれ、是によりて成就す。故に智は、四徳の始をなし、終をなす。四徳の末にあるは、終を成すなり。仁義礼を行ひ出すは、初を生すなり。たとへば一年の内、春は生じ、夏は長じ、秋はをさむ。此三時は、皆気動きてなす事あり。唯冬は、四時の末にありて、しづかにして、何のしわざもなし。陽気のかくれひそまれるのみ。されど一年の功、ここにいたりて成就す。是冬は、一年の功の終を成すなり。

現代語訳

仁が物をあわれみ、義が悪を恥じ憎み、礼が慎み敬うのは、皆なすはたらきがあります。ただ智だけは、心が明らかであるだけで静かで、何のはたらきもありません。けれども仁義礼も、智の明らかさによって是非を知り分けなければ、その道は行われません。仁義礼はこれによって行われ、これによって成就します。ですから智は四徳の始めをなし、終わりをなすのです。四徳の最後にあるのは、終わりを成すためです。仁義礼を行い出すのは、始めを生むことです。たとえば一年のうち、春は生じ、夏は長じ、秋は収めます。この三つの季節は、皆気が動いてなすことがあります。ただ冬だけは四季の最後にあって静かで、何のはたらきもありません。陽気が隠れひそんでいるだけです。けれども一年の功はここに至って成就します。これは冬が一年の功の終わりを成すのです。

解説

仁義礼にはそれぞれ目に見える働きがあるのに、智だけは心が明らかであるだけで静かです。それでも仁義礼は智の判断があってはじめて行われ成就するので、智は四徳の始めであり終わりだ、と益軒は言います。その説明に四季を用い、春夏秋に続いて静かな冬が一年の功を締めくくるとします。朱子学では仁義礼智を元亨利貞や春夏秋冬に配当するのが通例で、益軒はその枠組みを実感のある比喩として語り直しています。目立たない判断や準備が成果を決めるのは、仕事でもよくあることです。

この章句が説くこと

智四徳仁義礼四季冬

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