導師導古典を学びたいすべての人に

五常訓 / 巻之五・智

一智の字、又知の字となして通用す。故に四書には、多くは知の字を用ふ。唯四德五常には、智の字を用ふべし。一人の身に、一の大寶あり。これを名づけて智と云ふ。心の光明なるは、萬の善惡是非邪正をわきまへ知るのかゞみなり。若人の身に智なければ、天地に日月なく、人に耳目なく、暗夜に燈なきが如く、又家に主なく、軍に大將なきが如し。いかに生れつきたる力量あり、忠信あれども、心くらく智なければ、行ふべき道を知らずして、みだりに行へば、道にかなはず、ひが事多し。萬につきて、善き惡しきを辨へざれば、我が身ひとつをだに修むる事あたはず。況や民をなつけ、土地を治めん事は、いと難き事なるべし。故に人身の大寶は知なり。其大寶をもとむるの道あり。

新字:一智の字、又知の字となして通用す。故に四書には、多くは知の字を用ふ。唯四徳五常には、智の字を用ふべし。一人の身に、一の大宝あり。これを名づけて智と云ふ。心の光明なるは、万の善悪是非邪正をわきまへ知るのかゞみなり。若人の身に智なければ、天地に日月なく、人に耳目なく、暗夜に灯なきが如く、又家に主なく、軍に大将なきが如し。いかに生れつきたる力量あり、忠信あれども、心くらく智なければ、行ふべき道を知らずして、みだりに行へば、道にかなはず、ひが事多し。万につきて、善き悪しきを弁へざれば、我が身ひとつをだに修むる事あたはず。況や民をなつけ、土地を治めん事は、いと難き事なるべし。故に人身の大宝は知なり。其大宝をもとむるの道あり。

書き下し

一智の字、又知の字となして通用す。故に四書には、多くは知の字を用ふ。唯四徳五常には、智の字を用ふべし。一人の身に、一の大宝あり。これを名づけて智と云ふ。心の光明なるは、万の善悪是非邪正をわきまへ知るのかがみなり。若人の身に智なければ、天地に日月なく、人に耳目なく、暗夜に灯なきが如く、又家に主なく、軍に大将なきが如し。いかに生れつきたる力量あり、忠信あれども、心くらく智なければ、行ふべき道を知らずして、みだりに行へば、道にかなはず、ひが事多し。万につきて、善き悪しきを弁へざれば、我が身ひとつをだに修むる事あたはず。況や民をなつけ、土地を治めん事は、いと難き事なるべし。故に人身の大宝は知なり。其大宝をもとむるの道あり。

現代語訳

智の字は、知の字としても通用します。それで四書では多く知の字を用いています。ただし四徳・五常には智の字を用いるべきです。人の身には一つの大きな宝があります。これを名づけて智といいます。心が光り明るいことは、万の善悪・是非・邪正をわきまえ知るための鏡です。もし人の身に智がなければ、天地に日月がなく、人に耳目がなく、暗い夜に灯火がないようなもので、また家に主人がなく、軍に大将がいないようなものです。どれほど生まれつきの力量があり、忠信があっても、心が暗く智がなければ、行うべき道を知らずにむやみに行うので、道にかなわず、ひがごとが多くなります。万事について善し悪しをわきまえなければ、自分の身一つさえ修めることはできません。まして民をなつけ、土地を治めることは、たいへん難しいことでしょう。ですから人の身の大きな宝は知なのです。その大きな宝を求める道があります。

解説

智と知の字の使い分けを述べたあと、益軒は智を「人の身の大宝」と呼びます。智のない人を、日月のない天地、耳目のない人、灯のない夜、主人のいない家、大将のいない軍にたとえ、どんなに才能や誠実さがあっても判断の光がなければ身一つも治まらないと言います。君子訓などで為政者に向けて書いてきた益軒らしく、話は民を治める者の心得へつながります。地位が上がるほど判断を誤ったときの影響は大きくなるので、組織の長ほど智を磨く必要があるということです。

この章句が説くこと

智宝心鏡治める

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る