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五常訓 / 巻之五・智

宰萬物とは、萬物をつかさどりて、善惡を裁判するを云ふ。是致知の知を說きて、四德の智を說き給へるにはあらずといへども、知の體用をよく說けること分明なり。此外に、智の註を求むべからず。愚ひそかに、朱子の兩說に本づきて、知を說きて曰、智者心之明、事之別也。心の明とは、くらからざるを云ふ。燈火明かにして、物をてらすが如し。是智の體なり。事の別とは、事にのぞみて、是非をわかつを云ふ。是智の用なり。其事にのぞみて、是非をわかつは何ぞや。内に明あるを以てなり。此說、いまだ當否を知らず。しばらくこゝに記して、識者の是正をまつのみ。

新字:宰万物とは、万物をつかさどりて、善悪を裁判するを云ふ。是致知の知を説きて、四徳の智を説き給へるにはあらずといへども、知の体用をよく説けること分明なり。此外に、智の註を求むべからず。愚ひそかに、朱子の両説に本づきて、知を説きて曰、智者心之明、事之別也。心の明とは、くらからざるを云ふ。灯火明かにして、物をてらすが如し。是智の体なり。事の別とは、事にのぞみて、是非をわかつを云ふ。是智の用なり。其事にのぞみて、是非をわかつは何ぞや。内に明あるを以てなり。此説、いまだ当否を知らず。しばらくこゝに記して、識者の是正をまつのみ。

書き下し

宰万物とは、万物をつかさどりて、善悪を裁判するを云ふ。是致知の知を説きて、四徳の智を説き給へるにはあらずといへども、知の体用をよく説けること分明なり。此外に、智の註を求むべからず。愚ひそかに、朱子の両説に本づきて、知を説きて曰く、智は心の明、事の別なり。心の明とは、くらからざるを云ふ。灯火明かにして、物をてらすが如し。是智の体なり。事の別とは、事にのぞみて、是非をわかつを云ふ。是智の用なり。其事にのぞみて、是非をわかつは何ぞや。内に明あるを以てなり。此説、いまだ当否を知らず。しばらくここに記して、識者の是正をまつのみ。

現代語訳

宰万物とは、万物をつかさどって善悪を裁くことをいいます。これは致知の知を説いたもので、四徳の智を説かれたものではありませんが、知の本体と働きをよく説いていることは明らかです。これ以外に智の注を求めるべきではありません。私はひそかに朱子の二つの説にもとづいて、知を説いて「智とは心の明であり、事の別である」と言います。心の明とは、暗くないことをいいます。灯火が明るく物を照らすようなものです。これが智の本体です。事の別とは、事に臨んで是非を分けることをいいます。これが智の働きです。事に臨んで是非を分けられるのはなぜでしょうか。内に明らかさがあるからです。この説が当たっているかどうかはまだわかりません。ひとまずここに記して、識者の是正を待つばかりです。

解説

朱子の二つの説を踏まえ、益軒は自分の言葉で「智は心の明、事の別なり」と定義を立てます。心が澄んで暗くないことが智の本体で、事に臨んで是非を分けることがその働きだという整理です。そのうえで「此説いまだ当否を知らず、識者の是正をまつ」と書き添えます。八十歳を過ぎた大学者が自説を仮説として差し出す姿勢は、学問に対する誠実さそのものです。自分の考えを出しつつ批判を歓迎する態度は、会議や研究の場でも手本になります。

この章句が説くこと

智心体用朱子学問

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