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五常訓 / 巻之四・礼

一飮食は、身を養ふものなり。然るに、飮食を恣にして、かへりて、身をそこなふは、禮なければなり。飮食のつゝしみは、禮を以て慾を制するにあり。飮食の禮多し。中について、放飯流歠をいましむべし。放飯とは、ほしいまゝに、飯を多くくらふなり。飯にかぎらず、一切の食を多くくらふは、放にして非禮なり。ことに飯を多くくらふは、見ぐるしく、膓胃をそこなふ。流歠とは、ながるゝが如くに、あつもの、酒など、多く飮むを云ふ。此二は、とりわき戒むべし。凡禮のはじめは、飮食にはじまると、禮記にいへり。禮なければ、飮食を放にして、見ぐるしく、禽獸の行に近し。こゝを以て、飮食の節をつゝしむは、禮の始なり。孟子にも、飮食の人は、則人これをいやしむ。其小を養ひて、以て大を失ふが爲なりといへり。

新字:一飲食は、身を養ふものなり。然るに、飲食を恣にして、かへりて、身をそこなふは、礼なければなり。飲食のつゝしみは、礼を以て慾を制するにあり。飲食の礼多し。中について、放飯流歠をいましむべし。放飯とは、ほしいまゝに、飯を多くくらふなり。飯にかぎらず、一切の食を多くくらふは、放にして非礼なり。ことに飯を多くくらふは、見ぐるしく、膓胃をそこなふ。流歠とは、ながるゝが如くに、あつもの、酒など、多く飲むを云ふ。此二は、とりわき戒むべし。凡礼のはじめは、飲食にはじまると、礼記にいへり。礼なければ、飲食を放にして、見ぐるしく、禽獣の行に近し。こゝを以て、飲食の節をつゝしむは、礼の始なり。孟子にも、飲食の人は、則人これをいやしむ。其小を養ひて、以て大を失ふが為なりといへり。

書き下し

一飲食は、身を養ふものなり。然るに、飲食を恣にして、かへりて、身をそこなふは、礼なければなり。飲食のつつしみは、礼を以て慾を制するにあり。飲食の礼多し。中について、放飯流歠をいましむべし。放飯とは、ほしいままに、飯を多くくらふなり。飯にかぎらず、一切の食を多くくらふは、放にして非礼なり。ことに飯を多くくらふは、見ぐるしく、膓胃をそこなふ。流歠とは、ながるるが如くに、あつもの、酒など、多く飲むを云ふ。此二は、とりわき戒むべし。凡礼のはじめは、飲食にはじまると、礼記にいへり。礼なければ、飲食を放にして、見ぐるしく、禽獣の行に近し。ここを以て、飲食の節をつつしむは、礼の始なり。孟子にも、飲食の人は、則人これをいやしむ。其小を養ひて、以て大を失ふが為なりといへり。

現代語訳

飲食は身を養うものです。それなのに、飲食をほしいままにして、かえって身をそこなうのは、礼がないからです。飲食の慎みは、礼によって欲を制することにあります。飲食の礼は多くあります。その中でも、放飯・流歠を戒めるべきです。放飯とは、ほしいままに飯を多く食べることです。飯に限らず、一切の食べ物を多く食べるのは、放であって非礼です。ことに飯を多く食べるのは、見苦しく、腸や胃をそこないます。流歠とは、流れるように、吸い物や酒などを多く飲むことをいいます。この二つは、とりわけ戒めるべきです。およそ礼の始めは飲食に始まると、『礼記』にいいます。礼がなければ、飲食をほしいままにして見苦しく、禽獣の行いに近いのです。それゆえ、飲食の節度を慎むのが礼の始めです。孟子にも「飲食ばかりの人は、人がこれを卑しむ。その小さいものを養って、大きいものを失うからである」とあります。

解説

飲食は身を養うものなのに、節度がなければかえって身をそこなうとして、『礼記』曲礼上の「放飯すること毋かれ、流歠すること毋かれ」を取り上げています。大食いや汁物・酒のがぶ飲みを戒めるのは、礼であると同時に胃腸を守る養生でもあります。『礼記』礼運篇の「礼の初めは諸を飲食に始む」、『孟子』告子上の「飲食の人は人之を賤しむ」も引かれます。のちの『養生訓』で腹八分目を説いた益軒の食養生の原点がここにあり、食育の教えとしても今に通じます。

この章句が説くこと

飲食礼養生礼記節度

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