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五常訓 / 巻之四・礼

卽是天地の禮なり。聖人これに法とりて、禮を作り給へり。禮は序を以て主とすればなり。序あれば、上下、貴賤、親疎、長幼の位正しくして亂れず。樂の本源をいはば、天地の間、陰陽五行の氣、古今四時にめぐり行はれて、しばらく止まず。其氣和合して、萬物化生す。是卽天地の樂なり。聖人これに法とりて、樂を作り給ふ。樂は和を主とす。和けば、人我一同にしてそむかず。道理にしたがひて萬事行はる。是禮樂の根源なり。凡聖人のをしへは、皆是天地の道を本とし、これを法として示し給ふ。天理の外に、別の敎なし。こゝを以て、程子も、儒者は天に本づくといへり。聖人の道は、卽天地の道なり。聖人の敎は、卽天地の敎なり。

新字:即是天地の礼なり。聖人これに法とりて、礼を作り給へり。礼は序を以て主とすればなり。序あれば、上下、貴賤、親疎、長幼の位正しくして乱れず。楽の本源をいはば、天地の間、陰陽五行の気、古今四時にめぐり行はれて、しばらく止まず。其気和合して、万物化生す。是即天地の楽なり。聖人これに法とりて、楽を作り給ふ。楽は和を主とす。和けば、人我一同にしてそむかず。道理にしたがひて万事行はる。是礼楽の根源なり。凡聖人のをしへは、皆是天地の道を本とし、これを法として示し給ふ。天理の外に、別の教なし。こゝを以て、程子も、儒者は天に本づくといへり。聖人の道は、即天地の道なり。聖人の教は、即天地の教なり。

書き下し

即是天地の礼なり。聖人これに法とりて、礼を作り給へり。礼は序を以て主とすればなり。序あれば、上下、貴賤、親疎、長幼の位正しくして乱れず。楽の本源をいはば、天地の間、陰陽五行の気、古今四時にめぐり行はれて、しばらく止まず。其気和合して、万物化生す。是即天地の楽なり。聖人これに法とりて、楽を作り給ふ。楽は和を主とす。和けば、人我一同にしてそむかず。道理にしたがひて万事行はる。是礼楽の根源なり。凡聖人のをしへは、皆是天地の道を本とし、これを法として示し給ふ。天理の外に、別の教なし。ここを以て、程子も、儒者は天に本づくといへり。聖人の道は、即天地の道なり。聖人の教は、即天地の教なり。

現代語訳

すなわちこれが天地の礼です。聖人はこれにのっとって礼を作られました。礼は秩序を主とするからです。秩序があれば、上下・貴賤・親疎・長幼の位が正しくて乱れません。楽の本源をいえば、天地の間で陰陽五行の気が、昔も今も四季にめぐり行われて、しばらくもやみません。その気が和合して、万物が化生します。これがすなわち天地の楽です。聖人はこれにのっとって楽を作られました。楽は和を主とします。和らげば、人と自分が一つになって背きません。道理にしたがってあらゆる事が行われます。これが礼楽の根源です。およそ聖人の教えは、みな天地の道を本とし、これを法として示されたものです。天理のほかに別の教えはありません。それゆえ程子も「儒者は天にもとづく」といいました。聖人の道は、すなわち天地の道です。聖人の教えは、すなわち天地の教えです。

解説

天地の秩序にのっとって礼が作られ、陰陽五行の気がめぐり和合して万物を生むことにのっとって楽が作られたと説き、聖人の教えはすべて天地の道を手本にしたものだと結んでいます。程頤の「聖人は天に本づき、釈氏は心に本づく」という言葉を踏まえ、儒学は天理にもとづく学だと強調します。人の作った決まりが自然の理にかなっているとき、それは無理なく守られ長続きするという考えは、制度やルールをつくるときの一つの指針になります。

この章句が説くこと

礼楽天地程子聖人

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