五常訓 / 巻之四・礼
一威儀を正しくすとは、身の形儀をつゝしむなり。是禮のおもんずる處なり。外の形儀みだりなれば、内心も共に不敬になる。敬は心にあるのみならず、內外ともに正しくすべし。坐する時、立時、行時、臥時、皆禮ありて怠るべからず。耳をかたぶけて、人の密事をきく事なかれ。ながしめに人を見る事なかれ。甚勞するにあらずんば、我が家にありても、怠りてみだりに臥す事なかれ。立にかたし立すべからず。坐して兩足をのぶべからず。かたぬぐ事なかれ。人の密事をうかゞはず。たはぶれの顏色をすべからず。
新字:一威儀を正しくすとは、身の形儀をつゝしむなり。是礼のおもんずる処なり。外の形儀みだりなれば、内心も共に不敬になる。敬は心にあるのみならず、内外ともに正しくすべし。坐する時、立時、行時、臥時、皆礼ありて怠るべからず。耳をかたぶけて、人の密事をきく事なかれ。ながしめに人を見る事なかれ。甚労するにあらずんば、我が家にありても、怠りてみだりに臥す事なかれ。立にかたし立すべからず。坐して両足をのぶべからず。かたぬぐ事なかれ。人の密事をうかゞはず。たはぶれの顔色をすべからず。
書き下し
一威儀を正しくすとは、身の形儀をつつしむなり。是礼のおもんずる処なり。外の形儀みだりなれば、内心も共に不敬になる。敬は心にあるのみならず、内外ともに正しくすべし。坐する時、立つ時、行く時、臥す時、皆礼ありて怠るべからず。耳をかたぶけて、人の密事をきく事なかれ。ながしめに人を見る事なかれ。甚労するにあらずんば、我が家にありても、怠りてみだりに臥す事なかれ。立にかたし立すべからず。坐して両足をのぶべからず。かたぬぐ事なかれ。人の密事をうかがはず。たはぶれの顔色をすべからず。
現代語訳
威儀を正しくするとは、身の立ち居振る舞いを慎むことです。これは礼の重んずるところです。外の立ち居振る舞いが乱れれば、内の心もともに不敬になります。敬は心にあるだけでなく、内も外もともに正しくすべきです。座るとき、立つとき、歩くとき、寝るとき、みな礼があって怠ってはなりません。耳をそばだてて人の内緒話を聞いてはなりません。流し目で人を見てはなりません。ひどく疲れているのでなければ、自分の家にいても、怠けてみだりに横になってはなりません。片足で立ってはなりません。座って両足を伸ばしてはなりません。肌脱ぎをしてはなりません。人の内緒事をうかがいません。ふざけた顔つきをしてはなりません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『五常訓』巻之四・礼一曲礼曰く、敬せざること毋かれ。凡人事の視聴言動より出づる処、万事敬しまざる事なかるべし。敬とは、心に道に違はん事をおそれて、恣ならざるを云ふ。是心をたもち、身ををさめ、事を行ふ則なり。是礼の本なり。古より、聖人賢人の心法は、敬を以て要とし給ふ。凡身の行儀作法なく、道を失ひ、禍おこるも、皆敬まざるによれり。古語にも敬めば、禍にかつといへり。つつしめば禍なし。白楽天が言に、福と禍とは慎むと慎まざるとに在りといへり。
-
『五常訓』巻之四・礼一君子は天地をおそれうやまふ。故に大風、大雨、迅雷などの時は、容をあらためて、夜はおきて衣服を著て坐す。是天のいかりを敬ふ礼なり。是亦天につかうまつるの道の一端なり。一少儀曰、虚を執れども盈をとるが如く、虚に入れども人あるが如くにす。いふ意は、内に物なき器をとるにも、盈ちてこぼれやすき器をとるが如く、おそれつつしむべし。人の居らざる家に入るにも、人あるが如くつつしむべし。是は敬の心常にあるを云ふ。礼の本なり。
-
『五常訓』巻之四・礼一礼は心につつしみありて、人をうやまふを本とし、万事を行ふに、則にしたがひて、正しく理あるを文とす。則とは作法なり。孝経に、礼は敬のみ。云ふ意は、礼は敬を専らとす。而已とは、此外には無しと云ふ詞なり。朱子曰く、礼の本は人を敬ふに在り。人をうやまふは、心のつつしみより起る。人を敬ふも、其人をあはれむ心より出づる故朱子も、礼は仁のあらはれたる也といへり。礼記曰、礼は理也。周子曰く、理を礼と曰ふ、理はすぢめなり。すぢめとは、万事を行ふに、各正しき則ありて、其則にちがはざるは、即理なり。理にしたがへば、万事正しくしてをさまる。理にしたがはざれば、万事邪にして、みだれて行はれず。朱子曰、礼は天理の節文、人事の儀則なり。
-
『春秋左氏伝』成公十三年 礼は身の幹十三年春、晉侯郤錡をして來りて師を乞はしむ。事を將ふに敬せず。孟獻子曰く、「郤氏其れ亡びんか。禮は身の幹なり。敬は身の基なり。郤子基無し。且つ先君の嗣卿なり。命を受けて以って師を求む、將に社稷を是れ衛らんとするなり。而るに惰りて君命を棄つ。亡びずして何をか為さん」と。
-
『春秋左氏伝』僖公十一年 礼は国の幹十一年春、晉侯使ひして丕鄭の亂を以て來り告げしむ。天王召の武公・內史過をして晉侯に命を賜はしむ。玉を受くること惰る。過歸りて王に告げて曰く、「晉侯其れ後無からんか。王之に命を賜ひて、瑞を受くるに惰る、先づ自ら棄つるのみ、其れ何の繼ぐこと之れ有らん。禮は、國の幹なり。敬は、禮の輿なり。敬せずんば則ち禮行はれず、禮行はれずんば則ち上下昏し、何を以てか世に長からん」と。夏、揚・拒・泉・皋・伊雒の戎同じく京師を伐ち、王城に入り、東門を焚く、王子帶之を召けばなり。秦・晉戎を伐ちて以て周を救ふ。秋、晉侯戎を王に平らぐ。黃人楚に貢を歸さず。冬、楚人黃を伐つ。
-
『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る