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五常訓 / 巻之四・義

義は秋冬の氣の、ひやゝかに、はげしくして、物を枯し凋むるが如し。中庸に、義者宜也、尊賢爲大とは、上に仁者人也、親親爲大といへるに對せり。仁はあまねく人を愛する理なり。義は愛すべき人を、各其品にしたがひて愛し、又敬ふべき人を敬ふ理なり。其中につきて、賢人を尊ぶは、尤義の大なるなり。如何となれば、多くの人の內にて、人をえらびわきまへて、賢人を尊ぶは、其人に相應したる事なり。是宜なり。賢をたつとびて、大賢は師とし、小賢は友とすれば、其敎いさめをうけ、我が智ひらけ、萬の道理明かになり、わが身のわざ、道理にかなふ故に、賢を尊ぶほど、大に宜しきことは無きなり。孟子も、仁は人の心なり、義は人の路なりとのたまへり。

新字:義は秋冬の気の、ひやゝかに、はげしくして、物を枯し凋むるが如し。中庸に、義者宜也、尊賢為大とは、上に仁者人也、親親為大といへるに対せり。仁はあまねく人を愛する理なり。義は愛すべき人を、各其品にしたがひて愛し、又敬ふべき人を敬ふ理なり。其中につきて、賢人を尊ぶは、尤義の大なるなり。如何となれば、多くの人の内にて、人をえらびわきまへて、賢人を尊ぶは、其人に相応したる事なり。是宜なり。賢をたつとびて、大賢は師とし、小賢は友とすれば、其教いさめをうけ、我が智ひらけ、万の道理明かになり、わが身のわざ、道理にかなふ故に、賢を尊ぶほど、大に宜しきことは無きなり。孟子も、仁は人の心なり、義は人の路なりとのたまへり。

書き下し

義は秋冬の気の、ひややかに、はげしくして、物を枯し凋むるが如し。中庸に、義は宜なり、賢を尊ぶを大なりと為すとは、上に仁は人なり、親を親しむを大なりと為すといへるに対せり。仁はあまねく人を愛する理なり。義は愛すべき人を、各其品にしたがひて愛し、又敬ふべき人を敬ふ理なり。其中につきて、賢人を尊ぶは、尤義の大なるなり。如何となれば、多くの人の内にて、人をえらびわきまへて、賢人を尊ぶは、其人に相応したる事なり。是宜なり。賢をたつとびて、大賢は師とし、小賢は友とすれば、其教いさめをうけ、我が智ひらけ、万の道理明かになり、わが身のわざ、道理にかなふ故に、賢を尊ぶほど、大に宜しきことは無きなり。孟子も、仁は人の心なり、義は人の路なりとのたまへり。

現代語訳

義は秋冬の気がひややかで厳しく、物を枯らしてしぼませるようなものです。『中庸』に「義とは宜しいことである。賢者を尊ぶことを大事とする」とあるのは、その前に「仁とは人である。親を親しむことを大事とする」といっているのに対応しています。仁はあまねく人を愛する理です。義は、愛すべき人をそれぞれの等級にしたがって愛し、また敬うべき人を敬う理です。その中でも、賢人を尊ぶことは、最も義の大きなものです。なぜなら、多くの人の中から人を選びわきまえて賢人を尊ぶのは、その人にふさわしいことだからです。これが宜しいことです。賢者を尊んで、大賢者は師とし、小賢者は友とすれば、その教えや諫めを受けて、自分の知恵が開け、あらゆる道理が明らかになり、自分の身の行いが道理にかなうので、賢者を尊ぶほど大いに宜しいことはないのです。孟子も「仁は人の心である。義は人の路である」とおっしゃいました。

解説

『中庸』で仁と義が「親を親しむ」「賢を尊ぶ」と対になっていることを説明し、賢人を尊ぶことが義の最も大きなものだと述べています。大賢を師とし小賢を友とすれば、その教えや諫めによって自分の知恵が開けるからだという理由は実際的です。『孟子』告子上の「仁は人の心なり、義は人の路なり」も引かれます。自分より優れた人を認めて学ぶことは、嫉妬や競争心を超えた成熟した態度であり、組織が人材を生かせるかどうかもここにかかっています。

この章句が説くこと

義尊賢中庸孟子師友

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