五常訓 / 巻之三・仁之下
一同じ事を、重てしばしばいふ事、老のくりことのやうにて、見きく人、厭ひきらひ給ふべけれど、仁の理、いたりて大なれば、我が愚にして、一たびに、たやすく理のきこゆる程說きがたければ、如何にもして、此書を見る人に、古人のいたれる言をさとらしめんために、愚忠をつくして、かへすがへすいふのみ
新字:一同じ事を、重てしばしばいふ事、老のくりことのやうにて、見きく人、厭ひきらひ給ふべけれど、仁の理、いたりて大なれば、我が愚にして、一たびに、たやすく理のきこゆる程説きがたければ、如何にもして、此書を見る人に、古人のいたれる言をさとらしめんために、愚忠をつくして、かへすがへすいふのみ
書き下し
一同じ事を、重てしばしばいふ事、老のくりことのやうにて、見きく人、厭ひきらひ給ふべけれど、仁の理、いたりて大なれば、我が愚にして、一たびに、たやすく理のきこゆる程説きがたければ、如何にもして、此書を見る人に、古人のいたれる言をさとらしめんために、愚忠をつくして、かへすがへすいふのみ
現代語訳
同じことを重ねてしばしば言うことは、老人の繰り言のようで、読み聞く人は嫌われるでしょうが、仁の理はきわめて大きいので、私は愚かであって、一度でたやすく理がわかるほどには説きがたいので、なんとかしてこの書を見る人に、古人の至れる言葉を悟らせようと、愚かな真心を尽くして、繰り返し繰り返し言うのです。
解説
仁についての二巻を終えるにあたり、同じことを何度も言うのは老人の繰り言のようで嫌がられるだろうが、仁の理は大きく一度では説き尽くせないので、真心を込めて繰り返したのだと述べています。82歳の益軒の謙虚で温かい人柄が伝わる結びです。大切なことは一度言えば伝わるものではなく、角度を変えて何度も伝える必要があるという姿勢は、親が子に、上司が部下に大切な価値観を伝えるときの心構えとしても参考になります。
この章句が説くこと
仁教育老い真心繰り返し
関連する章句
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『五常訓』巻之三・仁之下又曰く、脈を切するは最も仁を観るべし。此意は、人の脈の、常に発して止まざるは、生意のつねに止まざるなり。又曰く、満腔子是れ惻隠の心。言ふ意は、人の胸中にみちみちたる者は、惻隠の心なり。中にみちみちてある故に、物にふるれば、即仁心おこる。子思孟子の、仁は人なりとのたまふも、此意なり。人の身に、仁の理みちみちてこれあるゆゑ、仁は人なりといへり。たとへば人の身には、生気みちみちてある故、針にて刺しても、いたむが如し。人の心に、仁愛の理みちみちてあるゆゑ、孺子の井に入らんとするを見て、たちまち惻隠の心生ずるは、此故なり。是れを真心と云ふ。人の本心なり。人欲の私より出づる心は、真心にあらず、本心をとり失へる也。程子又曰く、天地の物を生ずる理は観るべくして、言ふべからず、之を識る者は便ち道を知るなり。
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論語・学而篇子曰く、「巧言令色、鮮なし仁。」
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『玉勝間』四の巻 兼好法師が詞のあげつらひ人の心は、うれしき事は、さしも深くは覚えぬものにて、ただ心にかなわぬ事ぞ、深く身にしみては覚ゆるわざなれば、すべてうれしきを詠める歌には、心深きは少なくて、心にかなわぬすじを、悲しみ憂えたるに、哀れなるは多きぞかし。然りとて、わびしく悲しきを、みやびたりとてねがわむは、人のまことの情ならめや。また同じ法師の、人はよそじに足らで死なむこそ、めやすかるべけれと云えるなどは、中ごろよりこなたの人の、みな歌にも詠み、常にも云うすじにて、命長からん事をねがうをば、心ぎたなき事とし、早く死ぬるを、めやすき事に云い、この世をいとい捨つるを、いさぎよき事とするは、これみな仏の道にへつらえるものにて、多くはいつわりなり。言にこそさも云え、心のうちには、誰かはさは思わむ。たとい、まれまれには、まことに然か思う人の有らんも、もとよりの真心には有らず、仏の教えにまどえるなり。人のまごころは、いかにわびしき身も、早く死なばやとは思わず、命惜しまぬ者は無し。されば万葉などの頃までの歌には、ただ長く生きたらん事をこそねがいたれ、中頃よりこなたの歌とは、その心うらうえなり。
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