五常訓 / 巻之三・仁之下
一人もし富貴にして、いたづらに財を貯へ、人に施さざらんは、富貴なる益もなく、思出も無きことなるべし。古人これを守錢虜と云ふ。親戚、朋友、又わが家に出入する者、釆地の農人、わが門にくる乞丐など、貧窮にくるしめる者あらば、我が力に隨ひて救ふべし。是富貴なるかひありて、樂とすべき事なり。
新字:一人もし富貴にして、いたづらに財を貯へ、人に施さざらんは、富貴なる益もなく、思出も無きことなるべし。古人これを守銭虜と云ふ。親戚、朋友、又わが家に出入する者、釆地の農人、わが門にくる乞丐など、貧窮にくるしめる者あらば、我が力に随ひて救ふべし。是富貴なるかひありて、楽とすべき事なり。
書き下し
一人もし富貴にして、いたづらに財を貯へ、人に施さざらんは、富貴なる益もなく、思出も無きことなるべし。古人これを守銭虜と云ふ。親戚、朋友、又わが家に出入する者、釆地の農人、わが門にくる乞丐など、貧窮にくるしめる者あらば、我が力に随ひて救ふべし。是富貴なるかひありて、楽とすべき事なり。
現代語訳
人がもし富貴であって、むやみに財を蓄え、人に施さないならば、富貴である益もなく、思い出もないことでしょう。古人はこれを守銭虜(守銭奴)といいました。親戚や朋友、また自分の家に出入りする者、領地の農民、自分の門に来る物乞いなど、貧窮に苦しんでいる者があれば、自分の力に応じて救うべきです。これが富貴であるかいのあることで、楽しみとすべきことです。
解説
財を貯めるだけで施さない富者は、富貴の益も思い出もないと述べ、古人がこれを「守銭虜」と呼んだと紹介しています。守銭虜は『後漢書』馬援伝に見える言葉で、財を人に分かち与えない者をあざけったものです。身近な親戚や出入りの者、領民、物乞いまで、力に応じて救うことこそ富貴であるかいであり楽しみだという考えは、晩年に『楽訓』を書いた益軒らしい視点です。お金は使い方次第で人生の喜びにもなるという教えです。
この章句が説くこと
財施し守銭奴楽しみ仁
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