五常訓 / 巻之三・仁之下
一禽獸蟲魚は知なし。草木は情なしといへども。人と同じく、天地の氣をうけて生ず。禽獸蟲魚の命ををしみ、草木の其生をとげんとする理は、人と同じ。如何ぞみだりにこれを殺し、からをきり、根をたつべき。されど五穀をさまたげ、人に害あるをば、殺しきるべき道理なれば、是非に及ばず。又俸養のため、人の利益となり、民用を助くれば、やむことを得ずして、これを用ふ。是義なり。然らずして、人間に妨なくば、其生育をとげしむべし。是物を愛するの仁なり。不仁なる人は、わが身の外は、すべて心をかよはさずして、情なく、物のあはれを知らず、物を苦めいたましめ、命を斷つ事をこのむ。あさまし。
新字:一禽獣虫魚は知なし。草木は情なしといへども。人と同じく、天地の気をうけて生ず。禽獣虫魚の命ををしみ、草木の其生をとげんとする理は、人と同じ。如何ぞみだりにこれを殺し、からをきり、根をたつべき。されど五穀をさまたげ、人に害あるをば、殺しきるべき道理なれば、是非に及ばず。又俸養のため、人の利益となり、民用を助くれば、やむことを得ずして、これを用ふ。是義なり。然らずして、人間に妨なくば、其生育をとげしむべし。是物を愛するの仁なり。不仁なる人は、わが身の外は、すべて心をかよはさずして、情なく、物のあはれを知らず、物を苦めいたましめ、命を断つ事をこのむ。あさまし。
書き下し
一禽獣虫魚は知なし。草木は情なしといへども。人と同じく、天地の気をうけて生ず。禽獣虫魚の命ををしみ、草木の其生をとげんとする理は、人と同じ。如何ぞみだりにこれを殺し、からをきり、根をたつべき。されど五穀をさまたげ、人に害あるをば、殺しきるべき道理なれば、是非に及ばず。又俸養のため、人の利益となり、民用を助くれば、やむことを得ずして、これを用ふ。是義なり。然らずして、人間に妨なくば、其生育をとげしむべし。是物を愛するの仁なり。不仁なる人は、わが身の外は、すべて心をかよはさずして、情なく、物のあはれを知らず、物を苦めいたましめ、命を断つ事をこのむ。あさまし。
現代語訳
禽獣や虫魚には知恵がありません。草木には情がないといっても、人と同じく天地の気を受けて生まれます。禽獣や虫魚が命を惜しみ、草木がその生を遂げようとする理は、人と同じです。どうしてみだりにこれを殺し、枝を切り、根を断ってよいでしょうか。けれども五穀の生育を妨げ、人に害のあるものは、殺し切るべき道理なので、やむを得ません。また暮らしを養うため、人の利益となり、民の用を助けるものは、やむを得ずこれを用います。これは義です。そうでなく、人の世に妨げがなければ、その生育を遂げさせるべきです。これが物を愛する仁です。不仁な人は、自分の身のほかにはすべて心を通わせず、情けがなく、物のあわれを知らず、物を苦しめ痛めつけて、命を断つことを好みます。嘆かわしいことです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『童子問』卷下問ふ、老氏の虚無と、釈氏の寂滅と、亦異なる所有りや。曰く、浅深有るがごとしと雖も、然れども其の帰は則ち一なり。老氏は天地万物を以て皆虚無と為し、釈氏は天地万物を以て総べて寂滅と為す。後漢書に云ふ、其の道虚無を以て宗と為すと。是れのみ。其の他種種奇特神通を説くは、皆方便の説のみ。老氏に至つては反つて之無し。仏は慈悲済度を以て主と為す。禅に至つては、則ち一向に棄て去る。理を説くこと至つて高ければ、必ず此に到らざることを得ず。其の慈悲済度を主とするは、仁に似たり。然れども義を知らざるは、則ち一なり。殊に知らず、義は天下の大路にして、一日も離るべからざることを。老氏も亦然り。
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『五常訓』巻之四・義一尚書に、礼を以て心を制し、義を以て事を制すといへり。礼は敬のみ。敬して心の私曲を制するなり。義を以て事を制すとは、万事を行ふに、其事に宜しく制するなり。制すとは、たとへば長きを断ちてよき程にし、多きをへらしてよき程にするが如し。物を裁判してよきやうにするを云ふ。是仁をたすくるなり。一年の功も、春夏生長するは仁なり。秋冬収蔵するは義なり。収蔵とは、草木零落し、生気をさまりて、根にかへるを云ふ。仁ありて、義なければ、たとへば春夏の生長するばかりにて、秋冬の収蔵なければ、万物成就せざるが如し。子を育つる一事を以ていはば、子を愛するは仁なり。子の悪を戒むるは義なり。愛せざれば、恩なくして他人の如し。愛のみにて戒めざれば、其子不義にながれ、悪におち入りて、わざはひとなる故、姑息して愛するが、かへりてあたとなりて、真の愛にあらず。
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司馬法・嚴位故に心は仁に中(あた)り、行いは義に中る、物に堪うるは智なり、大に堪うるは勇なり、久しきに堪うるは信なり。
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『武士道』第五章 仁・愛不忍の心・義に過ぐれば固くなる而して又たここに予の、更に此問題に就きて一引証を加ふることを許せ。されば近時独逸皇帝の、コブレンツに於てせる演説の一句を挙げんか。曰く、『神恩によつて王たるものは、之に伴ふ重大なる責任あり。而してひとり、造物主に対して甚大なる責務を有し、人も大臣も国会も、君王をして能く此れより免れしむること能はず』と。仁は温和なる徳なり、母の心なり。端正なる節義、厳厲なる公正を以て男性的なりとせば、仁愛の柔和にして人を服するは、即ち女性的なりと云ふを得べきか。されど仁愛に加ふるに正義を以てせずして、漫に之に流るるは、人の深く戒むべき所にして、伊達政宗の言にも是れあり、『義に過ぐれば固くなる。仁に過ぐれば弱くなる』と。仁は美はしくて又た遍し。
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