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五常訓 / 巻之三・仁之下

一鳥獸蟲魚を、すべて物と云ふ。物を生す事をこのみ、殺す事をきらふは、人の本心なり。されども、口腹の欲を以て、物をころす事を好むは、本心を失へるなり。命ををしみ、死をおそるゝ事、物も人と同じ。ころさるゝ時、いたみくるしむ事、物も人と同じ。子を愛する事も、物も人と同じ。たゞ物は、智なく力なく物いはず。是人とかはれり。こゝを以て、人に殺されて食はる。肉食をこのむ者は、小鳥は、一食におほきこと十にいたる。はまぐり小えび小魚の類は、一食に數十百にいたる。或は生ながら、やき煮てくらひ、或は生ながら、きりわりて食ふ。不仁なりと云ひつべし。仁に志あらん人は、物のかなしみをかへり見て、あはれむべし。ころす事を好むべからず。

新字:一鳥獣虫魚を、すべて物と云ふ。物を生す事をこのみ、殺す事をきらふは、人の本心なり。されども、口腹の欲を以て、物をころす事を好むは、本心を失へるなり。命ををしみ、死をおそるゝ事、物も人と同じ。ころさるゝ時、いたみくるしむ事、物も人と同じ。子を愛する事も、物も人と同じ。たゞ物は、智なく力なく物いはず。是人とかはれり。こゝを以て、人に殺されて食はる。肉食をこのむ者は、小鳥は、一食におほきこと十にいたる。はまぐり小えび小魚の類は、一食に数十百にいたる。或は生ながら、やき煮てくらひ、或は生ながら、きりわりて食ふ。不仁なりと云ひつべし。仁に志あらん人は、物のかなしみをかへり見て、あはれむべし。ころす事を好むべからず。

書き下し

一鳥獣虫魚を、すべて物と云ふ。物を生す事をこのみ、殺す事をきらふは、人の本心なり。されども、口腹の欲を以て、物をころす事を好むは、本心を失へるなり。命ををしみ、死をおそるる事、物も人と同じ。ころさるる時、いたみくるしむ事、物も人と同じ。子を愛する事も、物も人と同じ。ただ物は、智なく力なく物いはず。是人とかはれり。ここを以て、人に殺されて食はる。肉食をこのむ者は、小鳥は、一食におほきこと十にいたる。はまぐり小えび小魚の類は、一食に数十百にいたる。或は生ながら、やき煮てくらひ、或は生ながら、きりわりて食ふ。不仁なりと云ひつべし。仁に志あらん人は、物のかなしみをかへり見て、あはれむべし。ころす事を好むべからず。

現代語訳

鳥獣や虫魚を、すべて物といいます。物を生かすことを好み、殺すことを嫌うのは、人の本心です。けれども口や腹の欲のために、物を殺すことを好むのは、本心を失ったものです。命を惜しみ、死を恐れることは、物も人と同じです。殺されるとき痛み苦しむことは、物も人と同じです。子を愛することも、物も人と同じです。ただ物は、知恵もなく力もなく物を言いません。これが人と異なるところです。それゆえ人に殺されて食べられるのです。肉食を好む者は、小鳥なら一度の食事に多いときは十羽にもなります。はまぐりや小えびや小魚の類は、一度の食事に数十、百にもなります。あるいは生きたまま焼いたり煮たりして食べ、あるいは生きたまま切り割って食べます。不仁というべきです。仁に志のある人は、物の悲しみを顧みて、あわれむべきです。殺すことを好んではなりません。

解説

生き物も命を惜しみ、死を恐れ、子を愛する点は人と同じで、ただ言葉を持たないだけだと述べ、食欲のために多くの命を奪うことを戒めています。一食で小鳥十羽、小魚を百も食べることや、生きたまま焼いたり切ったりする食べ方への批判は具体的です。益軒は『養生訓』でも肉食を控えめにすることを勧めました。食べ物への感謝を忘れず、必要以上に命を奪わないという姿勢は、食品ロスや動物福祉を考える現代の食育にもつながります。

この章句が説くこと

仁生き物食あわれみ本心

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