五常訓 / 巻之三・仁之下
一虞書に好生之德と云ひ、安民則惠といへるも、皆仁なれども、未だ仁の名なし。仁の字、聖經に見ゆることは、尙書の仲虺之誥にはじめて出づ。曰、克寬に克仁にといへり。其次に伊尹の語に、民罔常懷、懷于有仁といへり。孔子に至りて、專らに仁の一字を以て敎とし給ふ。孟子も亦孔子の敎を發明して、專ら仁を說き、又仁義を說き給へり。凡仁を專らとして敎へ、仁義をそなへて說き給へるは、是孔孟の家法なり。
新字:一虞書に好生之徳と云ひ、安民則恵といへるも、皆仁なれども、未だ仁の名なし。仁の字、聖経に見ゆることは、尚書の仲虺之誥にはじめて出づ。曰、克寛に克仁にといへり。其次に伊尹の語に、民罔常懐、懐于有仁といへり。孔子に至りて、専らに仁の一字を以て教とし給ふ。孟子も亦孔子の教を発明して、専ら仁を説き、又仁義を説き給へり。凡仁を専らとして教へ、仁義をそなへて説き給へるは、是孔孟の家法なり。
書き下し
一虞書に好生之徳と云ひ、安民則恵といへるも、皆仁なれども、未だ仁の名なし。仁の字、聖経に見ゆることは、尚書の仲虺之誥にはじめて出づ。曰、克寛に克仁にといへり。其次に伊尹の語に、民常に懐くこと罔し、仁有るに懐くといへり。孔子に至りて、専らに仁の一字を以て教とし給ふ。孟子も亦孔子の教を発明して、専ら仁を説き、又仁義を説き給へり。凡仁を専らとして教へ、仁義をそなへて説き給へるは、是孔孟の家法なり。
現代語訳
『虞書』に「生を好む徳」といい、「民を安んずれば恵みとなる」というのも、みな仁ですが、まだ仁という名はありません。仁の字が聖経に見えるのは、『書経』の「仲虺之誥」に初めて出ます。そこでは「よく寛くよく仁に」といっています。その次に伊尹の言葉に「民は常に懐くことはない。仁ある者に懐く」といっています。孔子に至って、もっぱら仁の一字をもって教えとされました。孟子もまた孔子の教えを明らかにして、もっぱら仁を説き、また仁義を説かれました。およそ仁をもっぱらとして教え、仁義をそろえて説かれたのは、孔子・孟子の家法です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・雍也篇宰我問いて曰く、「仁者は之に告げて『井に仁有り』と曰うと雖も、其れ之に従わんか。」子曰く、「何為れぞ其れ然らんや。君子は逝かしむ可きも、陥る可からず。欺く可きも、罔う可からず。」
-
論語・八佾篇子曰く、人にして仁ならずんば、礼を如(いかん)せん;人にして仁ならずんば、楽を如せん。
-
論語・憲問篇「克・伐・怨・欲、行われずんば、以て仁と為す可きか。」子曰く、「以て難しと為す可し。仁は則ち吾知らざるなり。」
-
論語・里仁篇子曰わく、不仁者は久しく約に処るべからず、長く楽に処るべからず。仁者は仁に安んじ、知者は仁を利とす。
-
論語・里仁篇子曰わく、ただ仁者のみよく人を好み、よく人を悪む。
-
論語・微子篇微子これを去り、箕子これに為に奴となり、比干諫めて死す。孔子曰わく、殷に三仁有り。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る