五常訓 / 巻之三・仁之下
一天地の、萬物を生ずるめぐみの心を、わが身に體認して心とし、其善心の、はじめておこる所を養ひそだて、これを害する所の私欲を去りて、火のはじめてもえ出づるを吹きおこすが如く、泉のはじめて流れ出づるを導きて流すがごとくにせば、一念の惻隱をおしひろめて、萬民をすくふべし。一念の羞惡をおしひろめて、萬民を正すべし。是をおしひろめ充つれば、四海ををさむ。おしひろめざれば、まぢかき父母に事ふるに足らず。
新字:一天地の、万物を生ずるめぐみの心を、わが身に体認して心とし、其善心の、はじめておこる所を養ひそだて、これを害する所の私欲を去りて、火のはじめてもえ出づるを吹きおこすが如く、泉のはじめて流れ出づるを導きて流すがごとくにせば、一念の惻隠をおしひろめて、万民をすくふべし。一念の羞悪をおしひろめて、万民を正すべし。是をおしひろめ充つれば、四海ををさむ。おしひろめざれば、まぢかき父母に事ふるに足らず。
書き下し
一天地の、万物を生ずるめぐみの心を、わが身に体認して心とし、其善心の、はじめておこる所を養ひそだて、これを害する所の私欲を去りて、火のはじめてもえ出づるを吹きおこすが如く、泉のはじめて流れ出づるを導きて流すがごとくにせば、一念の惻隠をおしひろめて、万民をすくふべし。一念の羞悪をおしひろめて、万民を正すべし。是をおしひろめ充つれば、四海ををさむ。おしひろめざれば、まぢかき父母に事ふるに足らず。
現代語訳
天地が万物を生ずる恵みの心を、自分の身に体得して心とし、その善い心の初めて起こるところを養い育て、これを害する私欲を去って、火が初めて燃え出たのを吹きおこすように、泉が初めて流れ出たのを導いて流すようにすれば、一念の惻隠を押し広めて万民を救うことができます。一念の羞悪を押し広めて万民を正すことができます。これを押し広めて満たせば、四海を治めます。押し広めなければ、身近な父母に仕えることもできません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之一・総論猶もせちなる事をいはば、孟子の書に見えしごとく、唯今三四歳なる小児が、井のはたにあたりて、智なくして、たちまち井の内におち入らんとするを見ては、如何なる至愚極悪の人も、おどろき悲みて、救はざるは無し。是其子の父母に親あるにあらず、人の子を救ひたるとて、誉を求むるにあらず。又見捨てたりと、人にいはるる悪名をおそるるにもあらず。唯天性にむまれつきたる仁愛のまことの心より出づるなり。これによりて見れば、人皆此善心むまれつきて、心にそなはれる事を知るべし。君子の道を行ふ工夫は、わが心の内にある四端の善心の、少し萌したるを養ひそだてて、外におしひろめ、十分に行ふにあり。たとへば火のはじめてもえ出でたるを打消さずして、ふきおこし熾ならしむれば、ひろき原、大なる山をも焼くが如し。
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孟子・公孫丑章句上孟子曰く、「人皆人に忍びざるの心有り。先王、人に忍びざるの心有り、斯に人に忍びざるの政有り。人に忍びざるの心を以て、人に忍びざるの政を行わば、天下を治むること、之を掌上に運らす可し。人皆人に忍びざるの心有りと謂う所以の者は、今、人乍(たちまち)ち孺子の將に井に入らんとするを見れば、皆怵惕惻隱の心有り。交わりを孺子の父母に内るる所以に非ざるなり。譽を鄉黨朋友に要むる所以に非ざるなり。其の聲を惡んで然るに非ざるなり。是に由りて之を觀れば、惻隱の心無きは、人に非ざるなり。羞惡の心無きは、人に非ざるなり。辭讓の心無きは、人に非ざるなり。是非の心無きは、人に非ざるなり。惻隱の心は、仁の端なり。羞惡の心は、義の端なり。辭讓の心は、禮の端なり。是非の心は、智の端なり。人の是の四端有るや、猶ほ其の四體有るがごときなり。是の四端有りて、而して自ら能わざると謂う者は、自ら賊う者なり。其の君能わずと謂う者は、其の君を賊う者なり。凡そ我に四端有る者は、皆擴して之を充たすことを知る。火の始めて然え、泉の始めて達するが若し。苟くも能く之を充たさば、以て四海を保んずるに足る。苟くも之を充たさざれば、以て父母に事うるに足らず。」
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『大和俗訓』巻之三・心術上一およそ人の心、必仁義礼智の性あるゆるに、良心時におこる。其良心をむなしくせずして、擴充つべし。おしひろめみつとは、善心の僅におこるをそこなはずして、そだて養ひ、さかんならしめ、其分量を十分にみてて、いづくにも行きわたらしむるを云ふ。たとへば水のはじめて流れ出づるを、せき止めずして流し、火のはじめてもえ出づるを打消さずして、さかんにおこらしむるが如くすべし。此良心をおしひろめば、遠き四海ををさめて余あり。おしひろめざれば、近き父母に事ふるだにも足らず。これ孟子の説、殊に親切なるるなり。学者必服膺して、つとめ行ふべし。
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『五常訓』巻之二・仁之上天地の万物をうみ給へる内に、取わき人倫を尤あつくし給ふは、人は万物の霊なれば、禽獣草木に同じからず。天地の性、人を貴しとす。ここを以て、天地の御心をうけて、まづ専人倫をあつくあはれみ、次には鳥獣草木をも愛すべし。君子の道は、唯一すぢに天地の御心にしたがひて、背かざるにあり。是天に事へて孝を行ふなり。是を仁と云ふ。もし人倫を愛せずして不仁なるは、天地の不孝の子なり。孟子に、親を親みて民を仁し、民を仁して物を愛すといへり。君子の仁愛を行ふ、其次第かくの如くなるは、其品にしたがひて、心を用ふるに厚薄あり。是自然の理にしたがへり。まづ父母兄弟を親み、次に親戚を親むは、皆是親親也。次に民を仁す。民とは万民なり。
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『五常訓』巻之二・仁之上一仁は、天地の、物を生ずるを以て心とし給へる理を、わが身にうけて心とする徳なり。故に仁は、万善を統べて其中にあれど、唯ひとへに、人をあはれみ、物をめぐむを以て仁とす。天地の、人物をうみ育てめぐみ給へる御心にしたがひて、天地のうみ出し慈み給ふ人と万物を、我よりも又天の御心をうけて、あはれみ恵む。是すなはち仁の心にして、天地につかへ奉る道なりと知るべし。此仁心より、百行万善は行はれ出づるなり。天地を父母として、わが身は天地の子なり。天下の民は、我と同じく、天地の子なるゆゑに、即是わが兄弟なり。其内に、王公大人あり。是わが兄弟の内にて、位高き人なり。鰥寡孤独、病者、かたわ、乞食、貧人あるは、皆わが兄弟の内にて、不幸なる人なり。
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『五常訓』巻之二・仁之上一天地の恵は、至て大にして、人と万物をうみて、又やしなひ生し給ふ。此故に、尚書に、天地は万物の父母といへり。天地の理、生々て止まざる故に、其生々たる徳を以て、よく万物を生じ給ふ。易に天地の大徳を生と云ふ、是なり。夫天地に別につかさどりなし。物を生ずるを以てつかさどりとす。程子の曰く、天は唯是れ生を以て道と為す。朱子曰く、天地は物を生ずるを以て心と為す。人は天地の物を生じ給ふ心をうけて心とす。是仁なり。故に仁の理の根本は天より出づ。天の生理、人の仁、同じ理なり。
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